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想い繋ぐ一閃

【前回までのあらすじ】


 六十階ビルの壁面に陣取った巨大な妖――――【大怪蟹】。それを打倒すべく、少女たちは反撃の火蓋を切った。ルルガ・ルゥが、そして愛音が矢継ぎ早にその巨大な脚を叩き落とす。

 片側四本の脚をすべて落とし、バランスを崩したところをビルから引き剥がす……その作戦の達成まで、残るはあと一本。


 しかし【大怪蟹】とて容易い敵ではない。最後の脚に向かう樹希を阻もうとその巨体が牙を剥く!


「いくわよ【大怪蟹】。この四方院樹希が引導を渡してあげる!」

 ――――眼前に迫る巨大なはさみ。それを紙一重でかわしつつ、わたしは奴の脚……【大怪蟹だいかいかい】の右側最後の脚への攻撃ルートを瞬時に算出する。


「近づくだけならこのまま背後からが最善。けれど――――」


 鋏が巻き起こす風がごう、と頬を打つ。正面から行けばこの一対の鋏による妨害は避けられない。だが、それを避けて背後から仕掛けるとなると問題がひとつある。


「けれど、それでは王虎おうこが使えない……霊力が残っていれば雷術だけで落とせるものを!」


 現状【大怪蟹】は頭をビルの上側に向けている。そこに背後から近づくとなるとビルの下から登っていくか、飛んで行くかの二択になる。

 本来ならば飛ぶの一択なのだが、それには獣身通・虎鶫とらつぐみが必須……そう、わたしが一度に使える獣身通は一種のみ。虎鶫で飛行している間は打撃力強化の王虎は使えないのだ。


 かと言って、歩いて登るのにも無理がある。ビルクライミングを楽しみながらのんびり狙いを定めるような時間的余裕はすでにない。三本の脚を落としたといっても、それが再生するまでの時間はわずか……わたしに許されるのは、最速で最大の一撃をもって事を成すことのみだ。


『また"あれ"をやるのですね、お嬢様』


「ええ。苦しまぎれの策をまるで定番のように使うのは……しゃくだけれど!」


 くるりと方向転換して、ビルの壁面を這うように急上昇する。そして六十階に到達した時点で再び下へ。位置エネルギーも利用して最大級の加速をかける!


『一応言っておきますが危険な賭けです。ウンディーネの時とは違い、今回は攻撃目標に正確に当てる必要があります。威力と精度、どちらが欠けても不発。それを疲弊し切っている今両立させるのは――――』


 ぐんぐんと、毒々しく赤い甲羅が迫る。この速度でも奴は迎撃してくるだろうが……


「わかっているでしょう雷華。わたしは四方院――――わたし以外の誰に、それが出来てッ!」


 最高スピードに達したわたしの眼前に巨大な蟹が大写しになる。振り上げられた両の鋏の位置とその予測進路を確認し……最後の制動!


「獣身通・虎鶫――――改め王虎!」


『了!』


 背中に生えた黒翼が瞬時に霧散し、抜け落ちた羽根がわたしの両腕を包み込み異形のそれへと変化させる。

 獣身通・王虎――――魔獣の巨腕を顕現けんげんさせる【ぬえ】の妖術だ。


 空中でふたつの獣身通を切り替える戦術……それはかつて巨大ウンディーネとの戦いの際に編み出したギリギリの奇策。


「――――――――!!!」


 咆哮ほうこうと共に突き出される【大怪蟹】の鋏。巨体と言えどその動きは緩慢かんまんとはほど遠い。むしろこの大質量をこれほどの速度で動かせるのは脅威と言う他ない。


「――――それでもッ!」


 王虎の両腕を振って重心を移動させ、すんでの所でそれを避ける。そしてかわしたばかりの鋏を蹴ってもう一方の鋏の可動域から身体を逃がす。


 後は、落下の途中で最後の脚に一撃を叩き込めば――――


『お嬢様!!』


 雷華の念話が危険を告げるのと、衝撃がわたしの体を打ち据えるのは同時だった。


「ぐ……はッ!?」


 攻撃の主は――――脚。【大怪蟹】は今まさに標的となっている脚を使って、鋏を掻い潜ってきたわたしを迎撃したのだ!


 その代償としてバランスを崩した巨体がぐらりと傾ぐも、効果は絶大。脚の半ばによる中途半端な打撃では大したダメージにならないとは言え、奴はそれによってわたしを攻撃圏内から追い出す事に成功したのだ。


 こちらが再攻撃のため近づく頃には、落とされた三本の脚の再生が終わってしまう。そうなっては最早、攻撃を繋ぐ意味がない――――


「おっと、そうは問屋が卸さんぞ?」


 唐突に身体の加速が止まる。足首が引っ張られる痛みに顔を上げたわたしが見たのは……


「不知火ミイナ!」


「フッ、後詰めの為と潜んでいたのが役に立ったな」


 【大怪蟹】の巨体がビルに落とした影……そこから生えたミイナの腕がわたしの足首を掴んでいた。間一髪のところで、わたしは彼女に救われていたのだ。


「まあ九割はウチのお陰やけどなぁ。感謝すんならコッチにも頼むで?」


 そして灰戸一葉の顔も。影に潜む術……まさかここに来てあの女の術が役に立とうとは。屈辱ではあるが、感謝せざるを得ない。


「そら、休んでいる暇は無いぞ。お前にはまだ仕事が残っているんだからな!」


 わたしを巨大な蟹の甲羅めがけて投げ飛ばすと、ミイナは影の中から【大怪蟹】の正面へと躍り出る。


「ウチはそろそろおいとまさせてもらうで。働く分は働いたんでな~」


 そう言い残してひょいと首を引っ込める灰戸。彼女が消えた影の上を殺意をまとった鋏が通り抜けていく。


「残念だがあたしにはもう脚を折ってやるだけの余力はない。その代わり……」


 容赦なく襲い来る両の鋏。それをミイナは……両の腕でがっしりと受け止めた。 


「こいつの鋏は引き受けてやる! 長くは持たんが、その間に決めろ!」


「……恩に着るわ、不知火ミイナ」


 甲羅に足をかけ、わたしは走る……再び、目標の脚へと。


「フッ、先輩をいちいちフルネームで呼び捨てにするんじゃない……」


 鋏はミイナが抑えている。そして甲羅の側は残りの脚からも死角だ。ここからならば……


「四方院の名にいて!」


 残った霊力のありったけを右掌に集中させる。上空からの加速の勢いを失った以上、もはや全霊力を振り絞って臨むしかない!


『お嬢様、奴の眼が!』


 飛び出した蟹の眼のひとつが甲羅の上のわたしを睨む。禍々しい妖力の流れがその瞳孔に集中していくのがハッキリと視えた。


『妖術が来ます!!』


「今からなら悪くても相打ち! 相打ちならこちらの勝ちよ!!」


 ここで攻撃を止めるわけにはいかない。ルウが、愛音が……そしてミイナたちが繋いでくれた好機。もう次なんてありはしないのだから!


『お嬢様――――!!』


【大怪蟹】の眼の中心が赤く輝き、殺意の光条が放たれる――――だがその刹那、それは唐突に弾け飛んだ。何処からともなく飛来した骨灰色の槍に刺し貫かれ、集められた妖力と共に四散したのだ。


「!?」 


 思わず振り返ったわたしが見たのは、遠い向かいのビル……その砕けた窓の中でニヤリと微笑わらう、ひとりの男の姿。

 さらしを巻いた上半身裸の――――忘れもしない土気色の顔。


 その口元が何か言葉を紡ぐ……当然、この距離で聞こえるはずもない。けれどわたしには、奴がここで何を言うかの見当がついていた。


「借りは返したとでも言いたいの……我捨がしゃ!」


『お嬢様、今は!』


 そうだ、今は奴に構っている時ではない。あの妖の男が何を思いどう動こうと……わたしが成すべき事は変わらないのだから!


 最後の脚に向けて、跳躍。あとは撃ち貫くだけ……今のわたしの全力をもって!


響震ひびけ――――“鳴雷(なるみかづち)”!!!」


 閃光と共に甲殻の脚を打つ王虎の掌。純粋に物理的な衝撃でその表面に無数の亀裂が走る。続いて雷速の電撃が疾走はしり、その内部を瞬時に高圧電流で焼き尽くす。

 そして最後に……音速の衝撃波がすべてを砕く。


 四方院に伝わる雷術【八雷やつみかずち】――――その中でも最大の対装甲貫徹力を誇るのが鳴雷だ。それを獣身通・王虎の腕で打ち込むのが現状、わたしが放てる最高の一撃……霊力の残量から最大威力とは言えないが、完全に入ればそれで充分。


 【大怪蟹】の脚は真ん中から爆ぜ、折れた枯れ枝のごとく破片をまき散らす。そして弾けた先端は勢いのまま向かいのビルまで飛び、その腹に深々と突き刺さった。



「――――――――!?」


 そして巨大な蟹が……揺らぐ。片側四本の脚を失った巨体が、その身を支えきれなくなる時がついに訪れたのだ。


「きっちり繋げたわよ灯夜……最後は、あなた達で決めなさい!」

 何故か一人だけ苦労が絶えない樹希ちゃん……

 けれど頑張ってる子はみんなが助けてくれるのです٩( 'ω' )و

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