奇跡の降臨! 最強の魔法少女!!
【前回までのあらすじ】
灯夜が紅の竜姫――――"お姫様"を救う為、契約の儀式を強行する一方で、樹希たちは【大怪蟹】が喚び出した化け蟹の大群に追い詰められていた。
ルルガ・ルゥと灰戸一葉が応援に駆けつけるも劣勢は変わらない。絶望的な状況の中、それでも必死に踏みとどまろうとする樹希の前にさらなる化け蟹の群れが押し寄せる。
「駄目なの、本当に……」
万事休す――――かと思われたその瞬間、舞い降りたまばゆい閃光が一行の窮地を救うのだった。
夕闇迫る空に浮かぶのは、救世主の姿。その名は――――
それは、とても奇妙な感覚だった。
見下ろしたぼくの視界の中には樹希ちゃんと愛音ちゃん、それにミイナ先輩の姿がある。三人とも疲れ切ってはいるがなんとか無事のようだ。ほっと胸をなでおろす……間もなくくるりと視線が回り、新たにルゥちゃんともう一人……たしかミイナ先輩と同じ高等部の人――――前に見た覚えがある……を捉えた。
「いくつか見知らぬ顔がおるの。あれもお主の知り合いか?」
『うん。きっと助けにきてくれたんだ!』
ぼくの言葉は音にはならず、念話として響いている。見ている光景も自分の意志でその向きを変えることはできない……顔の向いた方、目を向けた方が見えているだけだ。。不自由といえばまあ不自由ではある。
「まあよい。敵も増えておるようだし……味方が多いのは良きことぞな」
そして、ぼくの口から言葉を放っているのはぼくではなく……暁煌。お姫様改め暁煌である。どうしてこんな事になったのか? 思い当たるフシはまああるにはあるんだけど……
「さてトウヤよ。流れで一発かましてみたがなんとも実に悪くない。清々しいまでに力が満ちあふれておる……それこそ神でも斃せそうなほどに極上の気分ぞ」
そう。ぼくと暁煌は契約を果たし、一心同体の霊装状態になっている。姿もそれに応じて、今までとはまったく違う新たな魔法少女コスチュームへと変身をとげていたのだ。
――――その体を覆っているのは、あの紅の竜姫によく似たチャイナドレス風の衣装。最近はチーパオと言った方が通りが良いかもしれない。
けれどその色は深紅ではなく白だ。表面には細かく入ったラメが輝き、光の具合によっては銀色にも見える。前からこういった素材の服を一度作ってみたかった……というのが契約の際に反映されたのだろうか?
――――ちなみに超ミニだったりするのだが、下には良心とも言うべきショートスパッツを履いているので安心だ。
コスチューム以外にも色々と変わった部分がある……これも紅の竜姫に準じた羽根と尻尾の存在だ。とはいえ竜姫のそれと完全に同じものではなく、どちらも宝石のように紅く透き通った鱗状の板の集合体のようだ。
関節のある尻尾は鱗感が強いけど、羽根のほうはほとんど継ぎ目のない一枚板になっていてとても見栄えがいい。
そして――――髪。こっちは別に金髪になったりはしていないけど、銀色のままめっちゃ伸びている。腰までどころか太ももまであるような超長髪だ。
アニメやゲームなんかではわりと珍しくもないビジュアルではあるけど、まさか自分がそうなるとは……
「いやいやトウヤよ、今は見てくれを吟味しておる時ではなかろう?」
『でも見た目は大事……って、問題はそこじゃないよっ!』
そう、見た目には問題はない。ぶっちゃけこれはほぼベストと言っても過言ではないレベルでバッチリな姿になっていると断言できる。魔法少女として完璧に近いスタイルだ。
ぼくと暁煌のイメージが見事にシンクロした結果だろう……やはりぼく達は運命的に相性が良いに違いない。うん。
――――問題は、その体の主導権がぼくにないということなのだ。
普通、一心同体の霊装状態では人間側が体を操り妖側は意識だけの状態でサポートに徹するはずなのだけど……今のぼく達はその役割が逆転してしまっていた。
妖側の暁煌が体の方を支配してしまっているのである。
これじゃあ霊装状態と言うよりぼくが暁煌に【憑依】されているみたいではないか。おかしいなぁ……ぼくは確かに契約の儀式をしたはずなのに?
「どうやら思っていたほど上手くはいかなかったようだの……だが、心配するには及ばぬ」
ゆっくりと下降し、まるで重さなどないようにふわりと地面に降り立つ暁煌。そこは化け蟹たちの包囲の輪の中……みんなが死闘を繰り広げている戦場の真っ只中だ。
「なぜならばトウヤよ。この身の主がわらわであろうとお主であろうと……今成すべき事に変わりは無いからの!」
そして――――駆ける! ひと足飛びで目の前には化け蟹の群れ。ぼく達が今すべき事……それは!
「こ奴等は妖力で生み出された魂無き命……倒すのに遠慮も躊躇も要るまいて!」
髪をかきあげるような、何気なくも優雅な仕草。けれど飛びかかってきた化け蟹はその指先に軽々と吹き飛ばされていた。
蹴りでも突きでもなく……それは舞い。奔放に舞い踊る体の節々に触れただけで、化け蟹たちはバラバラに解体されてしまうのだ。
わずか数度軽いステップを踏んだだけで、ぶ厚い包囲の壁ががりがりと削られていく。
――――美しくも残酷な、闘争の舞い。化け蟹自体はたしかに大した強さの妖じゃないけれど、ここまで圧倒的な戦力差があってはもはや戦いにもならない。
そして何より驚くべきは……そのすさまじい力をふりまわしているのが他ならぬぼく自身の肉体だということだ。
身体は霊装で強化されているけれど、自ら巻き起こす破壊の嵐にぼくの感覚はまったくついていけていない。もし身体の主導権がぼくにあったとしたら、おそらく今の半分の実力も出せなかったろう……暁煌が主導権を得たのは結果的に正しかった。これは怪我の功名というべきか。
「オイオイ、なんかすげー奴が暴れてるんにゃが!?」
「強い……こいつは一体!?」
愛音ちゃん達の驚きの声。けれどそれを聴きながらもぼくは冷静に状況を分析する。身体を暁煌に任せている以上、頭脳労働はこっちの仕事だ。
たしかに、今のぼく達は強い。普通に戦っている限り化け蟹なんかに負ける事はないだろう。けれどそれは必ずしもこの場の勝利とイコールではないのだ。
目の前の敵をただ倒していくだけでは増殖を続ける化け蟹を殲滅し切るのは難しい。その上さらに化け蟹の親玉――――巨大な蟹となった冨向入道が後に控えているとなれば……
「ふん、心配はいらぬと言うたぞトウヤ。わらわとて……いつまでも肩慣らしを続けるつもりはないでな」
一心同体の身だ。ぼくの不安はすぐに伝わる。そして同時に、それに応える暁煌の圧倒的な自信がぼくにも伝わってきた。
「雑魚の相手にもそろそろ飽いてきたわ。ここらでひとつ派手なのを食らわせてやろうではないか」
暁煌が言い放つと共に、尻尾を構成する鱗が分離した。何枚もの鱗たちがそれぞれ意志を持つかのように四方へ飛び、ぼく達を包囲した化け蟹の群れへ向かっていく。
『暁煌、何を――――』
「まあ見ておれ……これがわらわとお主、ふたりの絆の力ぞ!」
暁煌が両手を天に向けて掲げた。大きく開かれた手のひらに向かって一気に霊力が集まっていく。
ぼくが今まで扱ったことのないほど膨大なそれは十本の指先で閃光に変わり、深紅に煌めく十条の光線となって解き放たれた。
『!?』
一見、化け蟹とは無関係にばらまかれたような光条。しかしそれは宙に浮かんだ鱗に当たると反射するように向きを変え、灼熱の雨のように群れに降り注いでいく!
「――――!!」
光条は一本一本が超高熱の熱線。それは化け蟹の甲羅を容易く貫いたばかりか、その体液を瞬時に沸騰させる。
急激に膨張する内圧に耐え切れず……無音の悲鳴と共に一匹、また一匹と爆散していく化け蟹たち。
そして灼熱の乱舞はそれだけでは終わらない。化け蟹を貫いた光条はまた別の鱗によって反射を繰り返し、次から次へと新たな獲物を屠り続けるのだ。
『す、凄い……!』
……時間にしてわずか数秒。ビル前の道路を埋め尽くさんと増殖していた化け蟹の群れは、その元である泡の塊共々きれいに焼失させられていた。
「なに、ちぃとばかし本気を出せば軽いものよ」
流石は伝説の【竜種】――――暁煌が強いのは理解していたつもりだったけど、まさかここまでとは。
とても先程まで瀕死だった少女の力とは思えない。ぼくと霊装することで充分な霊力を得た彼女は……もはや名実ともに最強の魔法少女と言っても過言ではないのではないか?
『――――――――!!!』
突如ビルの上方から、強烈な怒りの念をともなったうなり声が響く。顔を上げた暁煌の視線の先には、いつの間にか上下逆……頭部の側をこちらに向けて見下ろす巨大蟹の姿があった。
「怒り心頭といったところだの。だが……怒っておるのは我らも同じぞ!」
そうだ。池袋の街をめちゃくちゃにしただけでなく、暁煌の運命をもてあそび死に追いやろうとした冨向入道……この理不尽な巨悪を前に、怒らずになどいられるものか!
「ゆくぞトウヤ。あの外道に引導を渡してやろうぞ!」
『――――うん、暁煌!』




