暁に煌めく
【前回までのあらすじ】
池袋を襲う【大怪蟹】。応戦する樹希たちだが、その再生能力と無限に湧き出す取り巻きに加え連戦による疲労とダメージもあり、圧倒的不利な状況に追い込まれていた。
一方、今にも燃え尽きようとする紅の竜姫――――"お姫様"の命をつなぎ留める為、灯夜は彼女と【契約】する事を決意する。
複数の妖との契約はまさに未知の領域への挑戦。しかし契約の条件である二人の相性と霊力量はクリアしたものの、儀式には二人が互いの真の名を呼び合う必要がある。"お姫様"に本当の名前を教えるように乞う灯夜であったが、彼女の答えは想定外のものであった。
「言いたくても言えぬのだ。わらわはそもそも己の"名前"を知らぬのだから」
沈みゆく夕日の紅い光の中、タイムリミットは刻一刻と迫っていた――――。
――――【契約】、それは人と妖を結びつける秘術。
だが秘術であるがゆえに、その行使には厳しい制限が課せられていた。契約する者同士の相性に加え、妖を受け入れるだけの霊力量を人間側が満たさなければならないのだ。
ぼくはその条件をなんとか満たせたものと思っていた。けれどいざ契約というところで思わぬ障害が立ちふさがったのである。
「名前がないなんて、そんなことが――――」
"契約の儀"には、契約する者同士がお互いの名前を呼び合うくだりがある。双方が相手の真の名を知り、唱えることによって魂の結びつきが生まれる……多分そういった意味があるのだろう。
だとすればそれは契約において欠くことのできない重要な要素であり、避けては通れない工程ということでもある。
「重ね重ね、すまぬの……わらわには、やはり資格がないのだ」
――――"お姫様"には、その名前がなかった。異界から召喚された彼女の名前を知る者は当然彼女自身だけ。けれど、その本人が自分の名前を覚えていないのでは……
「所詮わらわはこの世界に望まれぬ者。お主に救われる資格など、最初からなかったのだ……」
がっくりと肩を落とす、小さな女の子……その正体が【竜種】であろうと何であろうと、彼女の命の火が消えかけていることは事実。
望まずに喚ばれ、望まぬ争いに巻き込まれ……今その命まで失おうとしている少女に、ぼくは何もしてあげられない。
「ごめんね、"お姫様"……」
どうしようもない絶望の行き止まりから、ようやく希望の道を見つけ出したと思ったのに……
「トウヤ、おおトウヤよ。泣くでない……泣くではないぞ」
――――屋上の床に染みていく"お姫様"の涙。そこにはいつの間にか、ぼくの流した涙も混じっていた。
「安らかに逝きたいなどと贅沢は言わぬ。だがお主を泣かせたまま果てたのでは、さすがのわらわとて浮かばれぬぞ……」
涙でぐしゃぐしゃの顔で無理矢理に微笑む"お姫様"。今死にかけているのは自分だというのに、それでもぼくなんかの心配をしてくれるのか。
「――――"お姫様"、ごめんね」
視界を歪める涙を振り払って、ぼくは立ち上がる。できる事は全部やった……けれど人事を尽くしたところで天命は助けちゃくれない。
「ぼくは、ぼくは……」
都合のよい奇跡なんて起こらなかった。ならどうすればいい? 手は打ち尽くしたから、満足しておとなしく諦めろっていうのか!?
「ぼくは、それでも――――」
そんなの、嫌だ! たとえ諦めるのが正しい道だとしても……ぼくはそんな道を行きたくない! そんなのはまっぴらごめんだ!
「それでも君を、助けたいんだ――――!!」
できる事は全部やった。なら、次はできない事に挑戦するだけだ! 世の中やってみなけりゃわからない事があるって証明してやればいい!
誰かを助けることが間違いだなんて、そんな正しさをぼくは認めない! そうだ。ぼくが正しいと信じるものは――――
「我、ここに宣言す! 古よりの定めに従い、契約の儀を施行せん!!」
ぼくが、ぼく自身が――――全力で押し通す! 誰もが正しさに救われる世界を……ぼくは信じているから!
「ト、トウヤ何を!」
ぼくの宣言に応じるように、周りの風がざわめいた。それはゆっくりと、けれど確かにぼく達を中心に渦巻く流れへと変わっていく。
「輝ける風の下、我と汝の契約は成されん。我は……“灯夜”!」
そして風は淡い輝きをまとってしだいに勢いを増し、ぐんぐんと加速し始めた。
この輝きは……ぼくの霊力の輝き。わずかに青みがかった閃光が、風と共に宙を駆け巡る。
「何をしておると、言うて――――」
「君の番だよ"お姫様"! ぼくの名前を……呼んで!」
突然のことに目を白黒させる"お姫様"。それでも構わず、ぼくは彼女に願いを告げた。
「無理矢理にでも【契約】しようというのか!? 名乗る名すら持たぬこのわらわと!?」
「ぼくを信じて! 信じて名前を……ぼくの名前を呼んでっ!」
「ええい、もうどうなろうと知らぬぞ――――"トウヤ"!」
彼女の言葉と共に、風はさらに加速する。けれどその輝きは青いまま……すなわちぼくの色だけに染まっている。
そこに彼女の色を加えるには、彼女の真の名をぼくが呼ばなければならない。
「我、汝の名を唱えん。汝の名は――――」
けれど、彼女の名前をぼくは知らない。彼女自身も知らないのだ。ならばどうするか――――
「汝の名は――――"暁煌"!!」
「!?」
「今決めた! 暁に煌めくと書いて……"暁煌"だ! "お姫様"、それが君の名前……この世界で生まれ変わった君の新しい名前だよ!」
――――名前を、付ければいい。本当の名前を誰も……彼女自身さえも知らないんだったら、それはこの世に名前が存在しないのと同じこと。ならば、今この場で新しく付けてしまってもいいはずだ!
「あとは君が、この名前を気に入ってくれればいいんだけど……」
もちろん、彼女が嫌だと言えばこの奇策は成立しない。暁を見たいと言った"お姫様"にふさわしい名前を選んだつもりだけど……
「……ふん、是非もない!」
そんなぼくの一抹の不安を、金髪の少女は力強く一笑に付した。
「友に貰うた名前ぞ? 不満も不足もあるものか! 今日この時より我が名は"暁煌"! お主と共に……新たな暁を迎える者ぞ!!」
そう言い放った彼女の身体から、まばゆい光が――――深紅の輝きが爆発的にあふれ出す。それはまたたく間に広がって風に乗り、ぼくの青い輝きと混じり合う。
紅と青の奔流は荒れ狂い、ぼくと"お姫様"――――暁煌の身体を飲み込んでいく。
さああとは……この【契約】が成るか否か!
「行こう暁煌! これが、ぼく達の――――」
「――――新たなる門出! いざ、再誕の時ぞっ!!」
君の名は! ああ君の名は――――!
作者が二転三転させてたのを一瞬で決める灯夜君すげー流石主人公(;^_^A




