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名前のない少女

【前回までのあらすじ】


 池袋を襲う新たな脅威、その名は【大怪蟹】。満身創痍の樹希たちによる決死の迎撃が続く中、紅の竜姫――――力を失った"お姫様"の命は静かに燃え尽きようとしていた。

 なすすべなく彼女を抱きしめるだけの灯夜。しかし"お姫様"は弱り切った身体に鞭打って立ち上がる……皆の為、残りわずかの命を投げ打とうというのだ。


 そんなことはさせられない。彼女の命を諦めたくない――――灯夜の切なる願いは、絶望の闇から一筋の光を……希望へと繋がるわずかな可能性をつかみ取るのだった。


 「"お姫様"……ぼくと【契約】するんだ!」

「【契約】……とな!?」


「うん……【契約】だ」


 【契約】――――それは人とあやかしを結びつける秘術。自身と波長の合う人間とそれを結ぶことで、妖は人の霊力を、人は妖の持つ異能をそれぞれ得ることができる。


 【憑依】もまたそのひとつの形態ではあるけれど、こちらは妖側の全部取り……人間側は霊力どころか身体の自由までも奪われてしまう。つまりは自分に極端に不利な契約を結ばされている状態になるわけだ。


 ぼくの言う【契約】とは人と妖双方がWinWinになる平等な条件によるもの。これを結ぶことができれば、"お姫様"はぼくの霊力を使って一命を取り留められるはずなのだが……


「しかしトウヤよ……お主はすでにその【契約】とやらを結んでおるのではないか? そこにおる"しるふ"とやらと」


 ぼくの傍らでぐっすりと熟睡する小さな妖精を指さす"お姫様"。


 ――――そう。それこそがぼくがこの可能性に気づけなかった理由のひとつだった。彼女の言う通りぼくはすでにしるふと契約している身。そのせいでこの上さらに別の妖と契約するという発想が出てこなかったのだ。


「わらわには【契約】のことなどわからぬ。だがそれはそうやすやすと結べるものではないはず……それも複数の相手と、となればどのような結果となるか想像もつかぬ」


 実際のところ、それはぼくにもわからない。なぜなら複数の妖と契約した……なんて話、ぼくは一度も聞いたことがないからだ。

 樹希ちゃんや蒼衣お姉ちゃんに聞けばわかるかもしれないけど、今までそんな話題が一度も出なかった事を考えると……おそらくは無理。少なくとも術者的な常識ではありえない行為なのだと推測できてしまう。


 なぜならもし、複数の妖と契約した霊装術者が実在するとしたら……その存在は話題になって然るべきだ。成功したなら並みの霊装術者より強くなるのは当然だし、誰もがそうなりたいと思うはず。

 もし失敗したとしても、その結末は悲惨な過ちの記録として語り継がれているだろう。ぼくが霊装術者になった後に渡された「これだけはやっちゃダメ」リストの中にもそういう記載があったはずなのだ。


 けれどそんな記載はどこにもなかった。もしかしたら、この話題自体が術者にとって不文律に近いものなのかもしれない……先だってのダメ出しの中でも樹希ちゃんは【憑依】については語っていたけど【契約】については一言も説明がなかった。少なくとも彼女にとっては「語るまでもない」話だったのだろう。


「それにそんなことをして、もしお主としるふとやらの絆にヒビでも入ろうものなら……」


「あ、それなら多分……大丈夫だと思う。契約は一度結んだらどんな方法でも解除されないっていうから」


 一度結ばれた契約は、一生解除されることはない――――これについては何度も聞かされている。もし他の妖と契約することで上書きできるなら、それはひとつの「手段」として知られていなけりゃおかしい。相性の問題はあるにしても、より強い妖に乗り換えようとする霊装術者は絶対に出てくるはず……そういった話を聞かない以上は、やっぱり契約は解除できないのだ。


「そうではなく、心情的な意味で……いや、お主がよいと言うのならよいのであろうな」


「よし。そうと決まればさっそく契約しよう! やり方はしるふの時のを大体覚えてるから!」


 ――――そう言いつつも、実際問題として成功率はかなり低いだろう。もしかしたら限りなくゼロに近い……いや、完全にゼロである可能性も否定できない。今からやる事はもしかしたら完全に無駄な事なのかもしれないのだ。


「【契約】にはいくつかの前提条件がある。それをクリアすれば実際に儀式をして、晴れて契約完了だ!」


 けれど、ぼくは誰にも無理だと言われていない。無理じゃないのなら……それは可能性があるって事だ。可能性があるのなら、やらないなんて選択肢はない!


「まずはふたりの"相性"だけど、これはOKだ。問題ない」


「そ、そうなのか……?」


「うん。ぼくらが初めて逢った時――――あのビルの噴水広場で目が合った時を思い出して」


 あの時、広場で踊っていた彼女とぼくは偶然目を合わせた。それはほんの数秒、実際にはもっと短い時間だったかもしれない。

 けれど……ぼくにとってその時間は息をするのも忘れるほど衝撃的なものだったのだ。


「ああ……覚えておるぞ。今思えば何かに引き寄せられるように、わらわはお主を見ていた。人間の中にもこの様に美しい者がおるのかとその時は思ったが……」


「ぼくも同じだよ。きみと目が合った時……ぼくは"ウンメイ"を感じたんだ」


 ――――ぼくと初めて会った時にしるふが言った「ウンメイの出会い」という言葉。あの時、ぼくはそれを実感していた。


「"お姫様"はどう? ぼくと出逢って何か感じなかった?」


「うむ、不思議な奴だと思った……できればもう一度会って確かめてみたいと」


「そう……そしてぼくらはもう一度出逢った。これはもう運命だよ! 互いに惹かれ合う何かがぼく達をめぐり合わせたんだ!」


 これで今さら相性が合わないなんて事は考えられない。ぼくと彼女は……きっと出逢うべくして出逢ったのだ。


「ふむ……相性はそれでよいとして、他にも条件があろう?」


「あとはぼくの霊力量だけど、これも今なら大丈夫のはず。"お姫様"が万全の状態だったら無理だったろうけど……」


 ぼくも霊力量は多い方らしいけど、伝説の【竜種】の膨大な力を受け止められるほどとは思えない……けれど。


「今の極限まで弱まった状態なら、ぼくでも充分受け止められると思うんだ。これで条件はクリアだよ!」


「おお、なるほど……」


 これならいける。まるで運命が後押ししてくれているようだ。あとは契約が成功さえしてくれれば――――


「あっ、忘れてた……もう一つ条件、っていうか知っておかなきゃならない事があったんだった!」


「もう一つ……何ぞ?」


「名前だよ! きみの名前……"お姫様"じゃなくて、本当の名前を教えてほしいんだ!」


 契約の儀の中には、互いの本名を呼び合うという過程があるのをぼくは思い出した。さすがに"お姫様"とか"紅の竜姫"じゃあ契約は成立できないだろう。


「ほら契約だし、本名じゃないと問題が……"お姫様"?」


「……」


 無言でうつむく"お姫様"。その肩は小刻みに震えていた。


「言いたく……ないの? そういえば何か言えない理由があったんだっけ……でも状況が状況だし、誰にも教えないって約束するから――――」


「そうでは……ない」


「えっ?」


 顔を上げた"お姫様"……そのまぶたからこぼれ落ちるのは――――涙。


「言いたくても……言えぬのだ。わらわは、わらわはそもそも己の"名前"を知らぬのだから」


「!?」


 自分の名前を――――知らない!?


「そ、それってどういう――――」


「何も、覚えておらぬのだ……ここに来る前のことは。どこに住んでおったのか、何をして暮らしていたのかも。そして……己の名前さえもな」


 そんな……名前を覚えてないなんて! これじゃあ契約できないじゃないか!?



「わらわが覚えておるのは、己が【竜種】である事とその力の使い方のみよ。すまぬのトウヤ……やはりわらわは駄目な主ぞ。お主の想いに応えてやることもできぬ」


 夕日に紅く染められた屋上の床に涙の染みが増えていくのを、ぼくは……ぼくはただ、呆然と見つめているしかなかったのだ――――。

 ある時はお姫様、そしてある時は紅の竜姫……はたしてその本名は!?

 作者の頭の中でも二転三転してたのは秘密です――――φ(ºωº;」)

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