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燃え尽きぬ野望

【前回までのあらすじ】


 【滅びの落日】を打ち破り、池袋の街を救った灯夜たち。しかしそこで力を使い果たした紅の竜姫は、今まさに死の淵へと立たされていた。


 何とか彼女を救いたいと思案する灯夜だったが、妖が霊力を得るには人の命と引き換えにしなければならないという悲しい現実の前には打つ手がない。

 刻一刻と迫る別れの時。だがそんな一行の想いとは裏腹に、災厄の残滓にして元凶……冨向入道が再びその姿を現すのだった――――!

 ――――それは焼け焦げてぼろぼろの僧衣をまとった、老齢に差し掛かるくらいの歳の男だった。その禿頭はいまや無惨に焼けただれ、炭化して黒ずんだ皮と溶け落ちた真っ赤な肉の中でぎらぎらと燃える双眸そうぼうだけが異様な光を放っている。


「くく、儂がまだ生きておるのが不思議といった顔よのう。確かに散々な目に遭うたが……儂とて齢数百を数えるあやかし。そう簡単にくたばると思うてか!」


 そう、そいつは人間ではない。背中に背負った巨大な甲羅と幾本か欠け落ちた蟹のような脚、そして何よりおぞましい顔に浮かんだ悪意に満ちた表情こそが……そいつが人類の敵、邪悪なる妖であるということを雄弁に物語っていた。


「な、何だコイツ? 妖なのはまあ分かるけど……」


「見た限りでは、もう戦えるような状態には見えないわね。灯夜、あなたの知り合いなの?」


 愛音ちゃんと樹希ちゃんにとっては初見の相手だ。けれど二人とも、警戒はすれど脅威とまでは感じていない。確かにこの有り様では、襲ってきたところでまともな戦いにはならないだろう。


「あいつは"冨向入道(ふうこうにゅうどう)"。ぼく達をこのビルに閉じ込めていた妖だよ! たしか火だるまになって屋上から落ちて……」


「そういえば、うっすらと何かの妖をひっかけた覚えがあるな……今の今まで気にも留めなかったが」


 ミイナ先輩と紅の竜姫が対峙した時、冨向は半ばとばっちりのような形で退場したものと思っていた。それがまさか生きて……またぼくの目の前に現れるなんて。


「冨向……お主、何故!?」


 "お姫様"が苦痛に顔をしかめながら身を起こす。そう、何故――――何故なのだ。 


 死にはしないまでも、冨向入道はそれに近いダメージを受けているはず。それが何故今、再びこの屋上に現れたのか?

 もはや戦う力のない彼が、どうしてぼく達術者の前にのこのこと姿を見せたのか。いくら消耗しているといっても、ぼく達は霊装術者。冨向がダメージのない素の状態であったとしても、真正面から挑んで勝ち目のある相手じゃないはずだ。


「……儂を、見下しておるな? こんな老いぼれに今更何が出来ようと……くくく、まあ良い。竜の姫君がこの有り様という事は……時は満ちたという事に他ならぬのだからな」


 ずるり、ずるり……ちぎれた僧衣を引きずりながら、冨向がのろのろと歩き始める。目指しているのは、屋上のちょうど中央。何もない開けた空間だ。


「この時を……永らく待った。この塔が竜巻に呑まれた時は、流石にもう駄目かとも思うたが……くく、どうやら天は儂に味方したようだ」


 目的地に着いたのか、冨向がぴたりと立ち止まる。振り返ったそのかおは――――狂気にも似た歓喜に満ちていた。


「ついに……儂はついに辿り着いたぞ! 長き屈従の日々は終わった! 我が最高最後究極の魔道具が今ここに完成を見たのだからな!」


 何もない屋上の真ん中で、諸手を挙げて高らかに宣言する冨向入道……けれど、彼の言うような物がそこにあるとはどう見ても思えない。


「……おい、あのじいさんボケちまってんじゃねーのか」


「とりあえず倒しておく? あれに何かできるとは思えないけれど……」


 冷淡な反応を見せる愛音ちゃん達……けれど、冨向を凝視する"お姫様"の表情には微塵の余裕もない。弱っているから当然と言えば当然なのだが……


「気をつけいトウヤ。あ奴から、目を離すな……」


 ――――冨向入道には目的があった。それは紅の竜姫から霊力を奪い、自分の物とする事……たしか"器"とか何だかに奪い取った霊力をため込んでいるとかいう話だったはず。


 けれど、よくよく考えればぼくはその"器"を見ていない。【竜種】の巨大な霊力を収めるほどの器が冨向のふところに入っているとは思えないし、あったとすれば彼の性格上、あの六十階での長い講釈の際これ見よがしに見せびらかしていたに違いない。


 それをしなかったのは、できなかったから……件の器は冨向の手元ではなく、どこか別の場所――――おそらくはこの六十階ビルのどこかに隠してあったからだろう。けれど……


「いったい何があるっていうの? そんな魔道具があったら、ビルのどこにあってもあふれ出す霊力でそれと分かるはずなのに!?」


 そう、どこにもない。このビルのどこにも、竜の霊力をため込んだ器なんて存在しない――――はずなのに。


「くくく、では見せてやろう……これぞ我が宝具――――」


 冨向入道が後ろ手に手を伸ばし、何もない空間を……掴んだ。


「【吸邪還魂の器】よ!!」


 ばさり、と音を立て――――空中にブルーシートが翻った。今まで、この瞬間まで存在しなかったはずのそれは屋上の強風を受け、あっという間に空の彼方へと消え去っていく。


「――――なにい!?」


 それと同時に何もなかったはずの空間に突然、吐き気がするほどの恐ろしく巨大な霊力……いや、妖力が吹き荒れた。


「ゲエー! 何なんだコイツは――――ッ!?」


 そのすさまじい勢いは、ただ立っていることさえ難しいほどに激しく――――


「何て……何ておぞましい妖気なの!?」


 ――――どす黒い、悪意に満ち溢れていた。


「ふは! ふはは! 驚いたか木っ端術者ども! これこそは貴様らが生涯掛けても辿り着けぬ魔道の極地! 儂の総てを注ぎ込んで完成に至った究極至高の魔道具なのだからなぁ――――!」


「隠して……いたのか!? 今の今までッ!」


 姿を現した"器"――――高さは三メートル、幅はその半分くらいか。しかしその形状は……いったい何と形容すればよいのだろう?


 どくどくと脈打つ、毒々しいピンク色の肉塊――――心臓のようだけど、どこに血を送るでもなくただ異様な蠢動しゅんどうを続けるだけの不気味なオブジェが……そこに"居た"。

 その内部をうごめいているのは竜姫から奪った霊力……のはずだけれど、伝わってくる波動は明らかに違う。それはとてつもなく、どうしようもなく邪悪な意志に満ちていて……見ているだけでどんどん気分が悪くなってくる。


 普通の人間なら、誇張でなく数分もたずに昏倒してしまうことだろう。


「冨向よ……きさま、こんな物を……こんな物のためにわらわを――――」


「そう、その通りよ! この"器"は貴様から霊力を抜き取るだけでなく、それを儂の妖力に馴染むよう調整する機能も有しておる! 本来不可能な筈の妖同士の妖力の受け渡しがこれで可能となるのだ……儂のような矮小な妖が【竜種】の強大な妖力を操り、より偉大なる妖へと進化する。まさに稀代の発明にして偉業の極み!」


 大きく胸を張り、誇らしげに語る冨向入道。今まで多くの人々を苦しめ、"お姫様"を死の淵に追いやってまでしたかった事がこれだというのか!?


「さあ開け"器"よ! 溜め込んだ妖力を儂に寄越よこすのだ!」


 冨向の呼びかけに応じたのか、肉塊に縦に亀裂が走り……どくどくと蠢く内臓があらわになる。そこからはぬらぬらと濡れた触手が何本も這い出してきて……


「ついに……ついに力を! 儂が究極の力を――――」


 それらは一斉に鋭く伸び、冨向の身体をざっくりと刺し貫いた。


「ぐふっ!?」


「な……冨向入道!?」


 何本もの触手に貫かれたまま、冨向の体は蠢く肉の内側へと運ばれていく。無数の触手がさらに絡まりながら押し寄せて、その姿はあっという間に見えなくなってしまった。


「ふ……ふひひ、これで儂は……八岐大蛇や白面九尾と並ぶ最強の妖として生まれ変わるのだ……最早あのみずちも、妖大将でさえも……この儂を止める事は――――出来ぬ!」


 亀裂が閉じるのに合わせて、どくんと大きく鳴動する肉塊。その姿は脈打つごとに膨れ上がり、屋上を埋め尽くさんと広がっていく!


「――――まずい! 離れるわよ!」


「なんかやべえ! 逃げるぞ……おいトーヤ!」


 おぞましい光景に固まっていたぼくは、二人の叫びにようやく我に返った。


「"お姫様"、つかまって!」


 お姫様を抱えたまま、ぼくは愛音ちゃんと一緒に彼女のほうきにまたがった。眠っているしるふを拾い上げるのももちろん忘れない。

 隣では樹希ちゃんが負傷したミイナ先輩を担ぎ上げている。


「総員、戦略的撤退――――!」


 箒がふわりと浮き上がるのと、肉塊が破裂するのは同時だった。予想していた血しぶきの代わりに白く濁った泡が溢れかえり、屋上の柵を越えてこぼれ落ちていく。


「自爆……じゃないわね。奴の妖力は少しも衰えていない!」


「見ろ! 泡の中になんかいるぞ!」


 ビルの外壁を垂れ下がっていく泡のかたまり……その中で何かが動いた。巨大な棘が泡を突き破って現れ、まだ残っていたビルの窓ガラスをぐさりと突き刺す。

 関節を有するその棘は二本、三本と増え……最後には八本。加えて人を丸呑みできるほど大きな一対のはさみまでが現れた。


「あれって、まさか……」



 ――――それは、巨大なる怪物。血のように赤い甲羅に身を固めた、あり得ない大きさの甲殻類……【蟹坊主】冨向入道が竜の妖力を得て変化した――――狂気の大妖怪。


「か、蟹だ――――ッ!!!」


 それは……蟹。悪夢の中から這い出たような巨大な蟹が、六十階ビルの壁面にへばりついていたのだ――――!!

 ゲエーここで巨大ボス出現か――――!?

 灯夜君たちの運命やいかにっφ(ºωº;」)

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