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燃え尽きる命

【前回までのあらすじ】


 池袋に迫る破滅の黒球……【滅びの落日】。しかし一致団結した灯夜たちはついにその脅威を打ち払う事に成功した。

 灯夜の大竜巻に天空まで運ばれた黒き太陽を、深紅の【竜】がその息吹をもって打ち砕く。池袋を襲った災厄は、今ここに消え去ったのであった。


 しかし、それは手放しの大勝利ではない。何の犠牲もなしに得られた勝利では決してなかった。

 力なく墜ちていく竜の少女の姿を前に、灯夜はそのことを痛感していた――――

「――――"お姫様"! しっかりして"お姫様"!」


 六十階ビルの屋上に吹く冷たい風とともに、ぼくの必死の呼びかけが流れ去っていく。


 ぐったりとした、幼い少女のからだ。抱き上げてみると驚くほどに軽い。これがさっきまであれだけの威容を誇った巨大な【竜】と存在を同じくする者だとは――――事情を知らないとにわかには信じられないだろう。


 ……彼女の消耗は、ぼくが考えていたよりもずっと深刻だった。今思えばミイナ先輩に息吹を放とうとしていた時点で、すでにその力は限界を迎えていたのだろう。

 命を懸けて向かってくる相手に対し、彼女も自らの命をもって応じるつもりだったのだ。


 その時はぼくが止めたせいで命を長らえたけれど、結局は同じ結果をたどることになった……命と引き換えの息吹を、彼女は使ってしまったのだ。


 ――――この街を、守るために。


「灯夜……」


「チクショウ! せっかくあの太陽をやっつけたってのに、これじゃあ素直に喜べねえじゃねーかよ……」


 ぼくと"お姫様"のそばには樹希ちゃんと愛音ちゃん、重症のミイナ先輩もいる。そして……しるふも。


 そう。"お姫様"を助けて屋上に降り立った後、すぐにぼくの変身は解除されてしまったのだ。


「ごめんとーや……なんかもうイロイロとゲンカイっぽ……」


 しるふはそう言い残してぱったりと倒れると、すぐにすやすやと安らかな寝息を立てていた。思えば今日は本当に色々なことがあった……しるふにも、ずいぶんと無理をさせてしまったのだろう。 


『まだまだ、全然ダイジョーブだよっ!』


 口ではそう言っていたけれど、実際はそうじゃなかった。ぼくは竜巻に集中するあまり、しるふの限界を見誤っていたのだ。


 ――――"お姫様"のことだってそうだ。ぼくがもう少し冷静だったなら、彼女の力が尽きかけていることに気付けたかもしれないのに。


「ぼくの……せいだ。ぼくがもっと、彼女のことをよく見ていれば……」


「お前の所為せいではないさ、月代……誰かが、あれを撃たなければならなかった。そしてコイツ以外に、それが出来る奴は居なかったんだ……」


 そう語るミイナ先輩の表情は苦渋に満ちたものだった。自身の術が……【滅びの落日】が生んでしまった結末を、彼女は強く悔やんでいた。


「それでも……それでもぼくが――――」


 視界がゆらゆらと歪み、熱いものが頬を伝っていくのがわかる。今日出逢ったばかりとはいえ、"お姫様"はもうぼくの友達だ。かけがえのない大切な人なんだ。

 それを、出逢ったその日に失ってしまうことになるなんて……残酷すぎる。


「……う、うぅっ」


「"お姫様"っ!?」


 少女の口から弱々しいうめき声が漏れた。ぼくの涙の雫が、その熱が……消えかけていた彼女の意識を呼び戻したのか。


「すまぬ、の……やはり、泣かせてしもうたな……」


 こんな有り様になっているというのに、かさかさに乾いた唇から出るのは――――ぼくへの謝罪の言葉。


「なんで……どうして謝るのさ! 君に無理をさせて、その命を削り取ったのはぼく達じゃないか!」


「よい――――もうよいのだ。いずれにせよ、長くはない命。いまさら惜しんだりはせぬ……」


 真っ白に青ざめた顔で、それでも彼女は笑顔を浮かべようとしている。その痛々しさがぼくの心をきりきりと締め上げた。


「それにの……わらわは、満足しておるのだ。唯一にして最後の【竜】として、その力と恐怖をこの世界に焼き付けることができたのだからな」


 そう。この世界にはもう彼女以外の【竜】はいない。その彼女自身の命も、ここに燃え尽きようとしている。


 彼女は――――紅の竜姫は、残したかったのだ。己が生きた証を。【竜】という存在がただの幻想ではなく、この世界に確かに存在していたという証を。


「――――けれどっ!」


 ぼくは、そんな結末を認めたくない。小さな女の子が生きることを諦めて、それで終わりだなんて――――!


「【竜】としては満足でも、"お姫様"はどうなの!? せっかく友達になれたのに……これでお別れだなんて悲しすぎる!」


「トウヤ……」


 彼女が諦めたとしても、ぼくは諦めない。何か、何か手があるはずだ――――この絶望的な状況をくつがえす何かが!


「そうだ、霊力だ! 失った霊力を補給することさえできれば! みんな、死にかけたあやかしに霊力を分け与える方法はないの!?」


 ――――一縷いちるの望みをかけたぼくの問いかけに、しかし答える者はいなかった。樹希ちゃんも愛音ちゃんも、ミイナ先輩すらも……ぼくの視線をまっすぐ受け止めてはくれなかった。


「あのな、トーヤ……」


「愛音、わたしが話すわ」


 何か言おうとした愛音ちゃんを制して、樹希ちゃんがぼくの前に歩み出る。


「彼女には気の毒だけれど……妖が失った霊力を取り戻す、その手段は事実上ひとつしか存在しないの。そしてそれが何であるかは灯夜、あなた自身もすでに知っているはずよ」


 樹希ちゃんの言葉が氷のつぶてのように、ぼくの希望を凍てつかせていく。


「そんな……それって、まさか――――」


「……人間を"喰って"、その命ごと霊力を体内に取り込む。妖が生きるという事は、とどのつまりそういうことなのよ」


「――――――――っ!!」


 それは、絶望の最後通告。妖は人から霊力を奪って生きる存在……その現実は、ぼく一人が何を言っても変えようのない自然の摂理だ。


「勿論、そんな方法は論外よ。わたし達術者は仮にも妖から人間を守る立場にあるのだから。あなたが何を言おうと、曲げるわけにはいかないわ」


「うう……他に、他に何か方法は……」


「他と言われても、思いつかないわね……妖の種類によっては異なる捕食形態を持つ者も居はするけれど、結局犠牲者が出る事に変わりはない。これは術者と妖の戦いがそれこそ紀元前から続いている理由の大きなひとつ。わたし達がどうにかできる問題ではないのよ」


 どうしようも、ないのか……今まで多くの困難を乗り越えてきたぼく達でも、この世のルールの前には手も足も出ないというのか?


「……他に、何か――――」


「一応例外的な方法として"憑依"があるけど、そっちは更に難しいわ。何せ伝説の【竜種】……その憑依に耐えうる霊力を持った人間がそうそう見つかるものじゃあない。今から探したところで、間に合う可能性はゼロね」


 ぼくの血を吐くような問いに、樹希ちゃんは冷酷なほど静かに答え続けた。けれど、彼女があえて冷たく突き放すような言い方をしているのはぼくにも分かる。

 自分が悪役を演じてでも、ぼくを希望から……希望を捨てられない絶望から救おうとしてくれていることも。けれど……


「……ごめん。ごめん、なさい――――」


 目の前で命が消えていくというのに、ぼくには……月代灯夜には何もできない。少し強くなっていい気になった途端に現実の壁に打ちのめされる――――思えばその繰り返しじゃないか。


「ごめんね……"お姫様"。ぼくは、君を――――」


 できる事といえばせいぜい、か細い躰を泣きながら抱きしめてあげるくらい。本当に、そのくらいしかなかった。


「よい……トウヤよ。これ以上わらわを甘やかすでない……未練になるではないか」


 にっこりと、微笑む少女。その白い顔は今不思議な安らぎに満ちていた。まるで命の火と共に苦痛の影まで薄れているように。


「最後の、息吹……見ておったか? 格好良かったであろう――――誰ぞを傷つけるためでなく、救うためにあれを放てたのはお主のお陰よ。礼を言うぞ……」


「そんな、"お姫様"……もうお終いみたいに言わないでっ!」


 だけど、別れの時は刻一刻と迫っている。本当に終わりなのか? 本当にこれですべてが終わってしまうのか!?


「わらわはお主たちの役に立てた。それが救いよ……」


「――――そう、役に……くくく、貴様は実に役に立ってくれたわ……愚かな"姫君"よ!」



 不意に響く、しわがれたあざけりの声。それはここにいないはずの――――もういなくなったはずの者の声。


「お、お前は……」


「伝説の【竜種】ともあろう者が、何とも惨めな姿よのう。それでこそ……くくく、めてやった甲斐があるというものだ!」


冨向ふうこう……入道!?」

 ゲエー冨向こいつまだ生きてたのか――――!?

 しんみりした空気が台無しなのですっφ(ºωº;」)

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