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闇穿つ煌炎の息吹

【前回までのあらすじ】


 池袋に迫る巨大なる黒球……【滅びの落日】。憎しみが生んだこの悪魔の炎を止めるため、一致団結して立ち向かう灯夜たち。

 六十階建てビルを芯として、ついに完成する竜のごとき大竜巻。灯夜の命じるままに舞い上がったそれは、見事【滅びの落日】を受け止めるのだった。


 残るはあと二手。灯夜が黒球をこのまま上空まで運び……

 「後はわらわが止めをくれてやる。わらわの……竜の全力をもっての!」

 池袋の危機を救うため、灯夜と紅の竜姫の全力が炸裂する――――!!

 ――――黒い太陽が、昇っていく。


 地表も間近、高層ビルに今にも接触せんばかりだった黒球。池袋中心に向け落下し続けていた悪しき炎のかたまり。


 それが停止し、再び上昇に転じたのだ。真下から押し上げる竜巻の勢いに負け、最初はじわじわと……次第に速度を上げながら天に昇っていく。


「そうだ、昇れ……昇っていけ! はるか遠く、空の彼方まで――――」


 魔法で制御した風で【滅びの落日】の落下を止められるのか? それが最後の気がかりだった。操られた風が生半可な術とみなされて吸収されるか、逆に強力と判断されその場で大爆発するのではないか……そんな可能性もあるにはあったのだから。


 それでも、決行するしかなかった。試す余裕も気の利いた代案も……何より、時間がなかった。どんな名案があろうとも、間に合わなければそこで終わりだ。


「しるふ、霊力は大丈夫?」


『まだまだ、全然ダイジョーブだよっ!』


 幸い、ぼくの竜巻は吸収されることも過干渉で爆発することもなく黒球を受け止めていた。風に伝わらせた霊力が黒球に触れた部分から霧散しているのは感じるけど、竜巻全体の勢いを大きく削ぐほどの影響はないようだ。


 そして受け止められたのなら、さらに押し上げるのは難しくない。空を覆うその巨大さと重苦しい圧力に反して、あの黒球自体にはほとんど重量はないのだから。


 ――――考えてみればすぐに分かることだ。炎に、重さなんてない。霊力によって生み出されたとはいえ炎は炎……いくら大きくなろうと、それで重さが増えることなんてありはしないはずだ。

 厳密にはいくらかの重さがあるとしても、それが空気より重いということはないだろう。


 その黒球が落下していたのは当然自重のせいではなく、重力方向へ移動する術式が組み込まれているからだ。その速度の遅さから見るに、移動のために割かれている霊力は黒球全体の百分の一よりもさらにわずか……ミイナ先輩の全力の術といっても、その百分の一程度ならぼくの全力でも超えられる。


 爆発の威力を重視したためか? でも、それならどうしてもっと地表近くに出現させなかったのだろうか。術者であるミイナ先輩自身が避難する時間を考えても、この落下速度はどう考えても遅すぎる。


 ――――思うに、この【滅びの落日】は最初から敵を倒すための術ではなかったのかもしれない。絶大な威力を持ちつつも、それから逃れるための時間をあえて与えている……あくまで威嚇のための術。

 倒すためではなく、歯向かう心を折るための術なのだ。ミイナ先輩は怒りと憎しみからこの術を生み出したと言っていたけれど……それでも彼女は、人殺しのためだけの術を作らなかった。


 不知火ミイナは闇に墜ちてもなお、悪に墜ちてはいなかったのだ。


「……すげえ、本当に昇っていくぞ! あのどでかい太陽が!」


 竜巻の上昇が落下の勢いを上回っていれば、黒球はそれだけ押し上げられることになる。こうなればもうしめたものだ。


「あたしがあれ程苦労して受け止めていたあれをこうも鮮やかに……月代め、案外正面からっても苦戦していたかもな」


 あれほど巨大に見えた黒球が、今はもうはるか遠くにある。ここまで離れれば、さすがの【滅びの落日】と言えど地上に影響を及ぼすことはないだろう。

 距離が離れたせいで竜巻の制御はほとんど効かなくなっているけど、問題はない。上昇が止まってもまたさっきまでのようにじわじわと落ちてくるだけだ。


 次の手を打つには、充分すぎる時間がある。


「あとは落下前にあれを破裂させるだけね。そして、この距離からそんな強力な術を放てるのは――――」


 ――――紅の竜姫。彼女の真の力だけがそれを可能にするのだ。


「"お姫様"っ!」


「言われるまでもない! この時、この瞬間を……どれだけ待ちわびた事か!」


 振り返ったぼくの目の前、そこにいたはずの竜姫の姿は……いつのまにか深紅に輝く大きな卵に変わっていた。


「見せてやろう……今こそ、わらわの真の力を! そして、この災厄に華々しい止めをくれてやろうぞ!」


 紅の卵に亀裂が走ると、そこからさらに紅い閃光があふれ出る。みるみるうちにヒビは増え光は増し、そして――――


 一瞬で弾けた光の中には、一頭の巨大な竜の姿があった。


「これが……彼女の真の姿だというの!?」


「そういやイツキは初見だったか。そうさ……アイツは正真正銘、マジモンのドラゴンなんだぜ!」


 竜が、大きく息を吸い込んだ。かっと開かれたあぎとにごうごうと空気が流れ込むのと同時に、その巨体にすさまじい霊力が圧縮されていく。


 ――――ついに、出るのだ。先ほどは未遂で終わった、竜の最大最強の技。ひと吹きで都市ひとつを焼き尽くすという……恐ろしい炎の息吹ブレスが。


『遠からん者は音に聞け!  近からんものは目にも見よ――――!!』


竜の……竜と化した"お姫様"の念話が、大気を震わせ高らかに響き渡った。


『竜を知らぬ者たちよ、竜を忘れし灰色の世界よ! お前たちは思い出すだろう……忘却の彼方に眠りし恐怖を、真に力ある存在が何者であるかを!』


 裂けんばかりに大きく開いた口内に、赤よりも紅く煌めく炎が満ちていく。


『これが、これが――――』


 そして、閃光が――――弾けた。


『【竜】の力ぞ!!!』


 ――――轟! まるで音速を超えたような衝撃波と共に、ぼくの視界が真っ白に染まる。まばゆい光の中目をこらすと、紅に輝く炎が……天空に向かってまっすぐのびていくのが見えた。


「竜の息吹! これが――――!?」


「息吹って何だよ! ビームだろこれ!?」


 そう、それはもう火炎放射とかそういう次元のものではなかった。そんなありふれたものであるはずも……なかった。


「フッ、こんな物を吐く化け物を、相手にしていたとはな……」


 ぼくが今まで見たどんな炎より、それはまぶしく、紅く……そして美しい炎。


「これが、竜の力……」


 ぐんぐんとのびる煌めく炎。その行き先はひとつ――――天に開いた空洞のごとき【滅びの落日】。


 遠く遠く、針の先ほどになった紅の光が……その一点を音もなく貫いた。


「やっ、た……?」


 紅の閃光が駆け抜け、そのすべてが黒球の中に消えた刹那。豆粒ほどになった暗闇の穴の中心に、さらに穴が穿うがたれているのを……ぼくはたしかに見た。


 直後、空の彼方で起こる黒い爆発。けれど、その色は広がるにつれ紅く変わり……やがて薄れて空の蒼の中へと消えていく。


『やったよとーや! やったやったー!』


「やった……本当にやったんだ!」


 ミイナ先輩の悲しい心の闇が生んだ災厄……【滅びの落日】。破壊の炎で街を焼き尽くさんとしていたそれは――――はるか天空に砕けて散ったのだ。


「池袋は――――救われたんだ!」


 やっと、終わった……長い、本当に長い一日だった。けれどこれで脅威は去った。もう誰とも戦う必要はない……平和なゴールデンウイークに戻れるんだ!


「やったね、"お姫様"――――"お姫様"?」


 けれど振り向いたそこに、いたはずの竜がいない。紅の竜姫の姿も……ない。


『とーや、あそこ!』


 しるふが指し示した方向を見た瞬間、ぼくの頭の中から喜びと安堵あんどは吹き飛んでいた。




 ――――落ちている。まるでスローモーションのように。

 竜でも竜姫でもなく、小さな"お姫様"が力なく落下していく姿を、ぼくは見てしまったのだ――――――――。

 ドラゴンはほのおをはいた!

 ○○はしんでしまった×4……('、3_ヽ)_

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