天に昇る龍
【前回までのあらすじ】
池袋に迫る巨大なる黒球……【滅びの落日】。憎しみが生んだこの悪魔の炎を止めるため、一致団結して立ち向かう灯夜たち。
己自身の体で黒球を受け止めんとするミイナと、それを支える樹希と愛音。三人が時間を稼いでいる間に、灯夜は池袋の街で術に必要な風を集めていた。
あと足りないのは、風の勢いを殺さずに上空まで運ぶ方法。思索する彼の脳裏に電光のように秘策が浮かぶ。
「これなら、いけるかもしれない!」
彼の身を案じる静流の声を背に受け、風と共に駆ける灯夜。目指すはあの……因縁の六十階建てビルだった。
はたして灯夜は、無事に術を完成することができるのだろうか――――!?
「よーしいくよ! 風たちよ、あのビルに……集え!」
ぼくの号令と共に、今まで後ろをついてきた風の波が一斉に速度を増して巨大なビルへ突っ込んでいく。ちょうどぼくを追い越す形で駆け抜けていく流れの勢いは、いまや台風さえも余裕で超えるほどだ。
『ハイそこで、ぐるぐるー!』
ビルに到着すると、風の流れは変わる。しるふの脳天気な掛け声の通りに、地上六十階を誇るその周囲を一周、二周……あっという間に数え切れないほどの周回を繰り返し、さらにその勢いを増していく。
……巨大な黒球を押し上げるための手助けとして、ぼくがこのビルを選んだ理由のひとつがこれだった。
集まった風を一点に集中させ、竜巻として安定させるための“芯”――――何もないところを周回させるよりは、何か中心となる物があったほうがいいのは自明の理。
限りある霊力を少しでも温存できるなら、それに越したことはないのだ。
ビルを芯とした竜巻は、さらに周囲の風を取り込んで成長する。濃密な空気の流れ、限界まで高まった回転のエネルギー。それは瞬く間にビルを包み、頂上へと渦を巻き上昇していく……ビル全体を覆いつくすまで、そう時間はかからないだろう。
「威力は充分、あとは――――」
理由のもうひとつ。より重要なそれは……竜巻のコントロール。いかに強力な竜巻を作り出せても、それが目標に届かなければ意味はない。
ぼくの風を操る能力は確かに上達している。けれどこの威力の竜巻をそのまま上空に送り込み、黒球を乗せさらなる高みへと押し上げられるのかと言えば……残念ながらそこまでの自信はない。そもそもこんな量の風を制御すること自体、ぼくにとっては初めての経験なのだ。
せめて練習する時間があれば、とも思ったけど後の祭り。何もかも準備万端となるには、ぼくの術者歴はあまりにも浅すぎた……正味二ヶ月に満たない程度なのだ。どうか察してほしい。
けれど現実が残酷な以上、できませんと言うわけにもいかない。となれば考える事はひとつ……足りない実力をいかにしておぎなうかだ。ぶっちゃけた話、ゲームの裏技みたいなグレーな手段を見つけてそれに頼るしかないのである。
『とーや、竜巻がフルパワーになるヨ!』
見れば竜巻の勢いはすでにビル本体が見えなくなるほど強まっていた。高速回転する暴風の渦には何かキラキラした輝きが混ざっている……きっと風圧に耐え切れず割れた窓ガラスの破片だったりするのだろう。
この作戦を考えた時点で、ビルへの損害はある程度仕方ないと思っていた。蒼衣お姉ちゃんに避難状況を確かめたのも、万が一にも人的被害を出さないためだったわけだけど……まあ後で頭を下げる時間はたっぷりあるはずだ。
「これで決めるよ! まっすぐ、正確に狙いを定めて……」
そう、このビルは発射台なのだ。極限まで練り上げた竜巻を黒球の下に打ち上げるための発射台――――何もない所から上昇させるより、ずっと正確に目標を目指すことができる即興の切り札。
これなら進行方向のコントロールに割く霊力を温存しつつ、最大威力の竜巻を黒球にぶつけることができるはず!
「さあ駆け昇れ! 風よ、嵐よ! 竜巻となって天高く!」
耳をつんざく轟音が池袋を震わせる。ところどころ穴の開いたビルの悲鳴のような唸り声の中、ごうごうと渦巻く竜巻がゆっくりと……しかし何者にも止め得ない力強さのままに上昇していく。
すぐに六十階の頂点を越え、とぐろを巻き灰色一色の空へと舞い上がるその姿は、まさに竜――――天に昇る龍のごとく、神々しく輝いて見えた。
「悪魔の火なんて、空の果てまでふっとばせ――――!!」
池袋中の風が竜となり、そこに住む人たちの明日のために翔ぶ。目指すは【滅びの落日】……ミイナ先輩の傷ついた魂が生み出してしまった悪意のかたまり。
けれど、ぼくにはみんながいる。樹希ちゃんに愛音ちゃん、紅の竜姫に……ミイナ先輩も。みんなが力を合わせて、この絶望に立ち向かっている。
だからもう、不安はなかった。
『とーや!』
「うん、ぼく達も行こう!」
ぼくの仕事はまだ終わりじゃない。あの竜巻を最後までコントロールするという使命が残っている。そこまで駆け抜けなければ……全力を出し尽くしたとは言えないんだ。
「ここからが……全力の見せ所だよっ!」
竜巻を追って高度を上げたぼくの視界いっぱいに、さらに重苦しい圧力を増した黒球の姿が広がる。けれどぼくが離れていた時間を考えれば、その落下速度は明らかに落ちている。
「足止めは成功している! それなら――――」
今度はぼくが役目を果たす番だ。即席の発射台のおかげでまっすぐ上昇してきた竜巻の軌道を微妙に、慎重に操作して黒球の真下へと誘導する。
ぼくの霊力が風に乗って浸透していくと、竜巻は待っていましたとばかりに向きを変え、黒球に向かって突進していった。
「行っけ――――!!」
そして激突! どおん、という衝撃の波に打たれ、吹き飛ばされそうになりながらも……ぼくはその結果を確かめなければという一心で黒球を凝視し続けた。
――――果たして、ぼくの竜巻は通用するのか?
『……止まった! とーや、太陽が止まってるよ!』
「やった……できたんだ。風は、竜巻は【滅びの落日】を止めている!」
黒球が――――止まった。渦巻く竜巻の圧力が、黒い太陽の落下を確かに食い止めているのだ!
「待ってたぜトーヤ!」
「来るとはわかっていたけど、待ちかねたわ!」
吹き荒れる暴風の中、樹希ちゃんと愛音ちゃんが近づいてくる。勢いのままに竜巻を激突させたけれど、巻き込まれたりしていなかったようで安心した。
けれど……彼女たちに両側から支えられているミイナ先輩の姿に、ぼくは愕然とする。
「み、ミイナ先輩!?」
がっくりと力なくうなだれた彼女。炎のように輝いていたその霊装は、今や見る影もなく色あせぼろぼろになっていた。そして、何より痛々しいのは……両肩から二の腕にかけて広がる赤黒い火傷の跡。
「センパイはな……その背中でアレを支えていたのさ。燃え盛る黒い太陽を、自分自身の背中でな」
「そ、そんな……!」
止める以外ならやり様はある――――先輩はそう言っていた。そのやり方がまさか、自分の身体を犠牲にすることだったなんて……
「身から出た錆とはいえ、あんな覚悟を見せられたら黙るしかないわ……惜しい術者を亡くしたものね」
「え……」
樹希ちゃんの言葉に、一瞬でぼくの背筋が凍る。それじゃあ先輩はもう――――
「勝手に……殺すな」
ぼくの最悪の想像は、他ならぬミイナ先輩本人の言葉で否定された。良かった……大怪我はしているけど、彼女はちゃんと生きている。
「フッ、お前のお陰でまた死に損なっちまったな。だが……あたしに出来るのはここまでだ。ここから先は――――」
「トウヤ、お主と……そしてわらわの力を見せる時ぞ!」
――――紅の竜姫。いつの間にか背後にたたずんでいた彼女の声で、ぼくの背筋に再び緊張が戻る。
「止めたところで終わりではなかろう? あれをもっと高きへ運ぶまでがお主の仕事よ」
そうだ、まだ終わりじゃあない。落下を止めただけでは、黒球の脅威が去ったことにはならないのだから。
「さすれば、後はわらわが止めをくれてやる。わらわの……竜の全力をもっての!」
いよいよ大詰め! クライマックスは近いのです!
年末年始に向けてがんばるのですよ~(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾




