ひとつだけ、伝えたい言葉
【前回までのあらすじ】
池袋に迫る巨大なる黒球……【滅びの落日】。憎しみが生んだこの悪魔の炎を止めるため、一致団結して立ち向かう灯夜たち。
落着寸前の高度にある黒球を、ミイナは己自身の体をもって受け止める。
自らの罪を償うため命を懸ける決意の姿を前に、樹希と愛音もまた覚悟を決めるのだった。
その頃灯夜はひとり池袋の街へ飛んでいた。はたして彼は、仲間たちが持ちこたえている間に黒球を動かせるだけの風を集めることができるのだろうか――――!?
――――池袋の街は、ぼくが想像した以上に荒れ果てていた。
サラマンダーたちが暴れたことによる延焼に加え、ところどころに激しい戦いの痕跡が残されている。中でもすさまじいのは、百メートル以上も道路が一直線にえぐられ、真っ黒い土がむき出しになった一画だ。溶けたアスファルトがいまだ熱気を放つ様を見るに、恐ろしいほどの高熱にさらされたに違いない。
「ミイナ先輩か【竜姫】がやったんだろうけど……」
あらためて、あの二人と対峙していたという事実が寒気とともに押し寄せてくる。一歩間違えれば、ぼくもこのような無惨な最期を迎えていたのだと考えると……
『ダメだよとーや! 今は余計なコトは考えちゃダメダメ!』
「そ、そうだったね……今は!」
いまや空を覆いつくさんとする黒い太陽……あれを止めるのがぼくが第一に為さなきゃならない事だ。
今はミイナ先輩たちがなんとか足止めをしてくれているけど、それだっていつまで持つかはわからない。
術を吸収してしまうというあの黒球を押し上げられるのは、現状ぼくの使う風を操る術だけだ。直接的な術は吸収されてしまうけれど、操られた風の勢いまでは消せないはず……絶対とは言い切れないとしても、これが今ぼくらにできる最善の策。
それを実行するには、まず充分な風を集める必要がある。少なくとも小規模な竜巻を起こせるだけの風をだ。
上空でも風を集めることはできる。けれど、ぼくの能力では広範囲に影響を及ぼすにはまだ力不足……離れた場所の風に意志を伝えるのにはどうしても時間がかかってしまう。
だからこうして池袋の街を飛び回って、直接風に意志を伝えて回っているのだ。
「西側はそろそろいいかな。東側の風と合わせれば、それでもう充分な勢いになるはず!」
時短優先で大通りを中心に移動しながら周囲の風を集めているけれど、最初予想したよりも集まりは良好だ。意志の伝達スピードや影響範囲もウンディーネと戦った時とは雲泥の差――――ほんのひと月強でこれは結構な進歩と言えるんじゃないだろうか?
まあ、樹希ちゃんと愛音ちゃんの指導がそれだけ苛烈……適切だったということだろう。
『これならばっちりヨユーだねっ!』
「うん。風の量は問題ないよ。問題があるとしたら……」
問題があるとしたら、集めた風のコントロールだ。大量の風をその勢いを保ったまま上空に運び、巨大な黒球をさらに高くまで押し上げなければならないのだから。
前の時は、ほんの十メートルかそこらだけウンディーネを浮き上がらせれば良かった。その時はそれが限界……でも、それで充分だった。
けれど今回は前回とはスケールがまったく違う。ぼくの能力が上がった分、超えなきゃならないハードルもまた高さを増しているのだ。ただの力押しでどうにかなるほど甘い状況じゃない。
「風のコントロール……何か、使えるものがあればいいんだけど――――」
集めた風で竜巻を作る、そこまではいい。それをそのまま上空まで運ぶにはどうしたらいいか? 普通に移動させたのでは黒球にたどり着くまでにどうしても勢いが落ちてしまう。
落ちた分はぼく自身の霊力で補うとして……はるか空高く黒球を押し上げるまで、その霊力がもつかどうか――――
「空高く……昇る、上げる……」
空の彼方へと至るための手段、方法……一介の中学生の乏しい知識を総動員して、ぼくはひたすらに思索する。もちろん、風を集めて飛び続けながらだ。
時間は限られている。風が集まり切るまでに妙案が浮かばなければ、無理矢理無茶を押し通すしかない。
東池袋方面に移動してしばらく、集められる風の量も頭打ちになってきた。そろそろ決断しなければと焦るぼくの眼前に……例の六十階建て高層ビルが飛び込んできた。つい先ほどまで、ぼく達が妖に囚われていたあのビルだ。
「上げる……打ち上げる! それだ!」
電撃のような閃きの命じるままに、ぼくは懐からスマホを取り出した。
「これなら、いけるかもしれない!」
◇◇◇
「灯夜! ちょっと、そっちは一体どうなってるのよ!?」
――――今も降下を続ける巨大な黒球。それを遠巻きに周回するヘリコプターの姿があった。
「……ビルの周りの避難って、そんなの負傷者の搬送共々とっくに終わってるわ! あんな物が落ちてくるのよ? 池袋全域が今や緊急避難済みだってーの!」
その機内で耳にあてがったスマホに声を張り上げるのは月代蒼衣。警視庁特殊事案対策室第一分室――――通称妖対策室の暫定室長である。
「あーし? そりゃ避難したいのは山々だけど一応立場ってもんがあるからねぇ……何かあってもすぐ逃げられるようにヘリから様子を見てるんだけど、あんまり近くに寄れないからそっちの状況はサッパリわかんないのよ~」
市民の避難誘導を一般警察に任せ、彼女は現場指揮の為に四方院家所有のヘリで池袋に留まっていたのだ。
「なるほど、イツキとアイネが……ってミイナも!? それって本当に大丈夫?」
スマホから流れてくるのは、霊装術者にして彼女の甥でもある月代灯夜の声。三人が足止めをしている間に、彼が準備した大規模な風の術で黒球を押し上げる手筈らしい。
その実行には、件のビル周辺の安全確認がどうしても必要だというのだ。わざわざ蒼衣に連絡を取ってくる以上、それなりの被害を出すつもりなのだろう。
「もしかして灯夜……あんたまた“やらかす”つもりなの!?」
シルフとの契約を機に、灯夜は何かと無茶な行動を繰り返すようになっていた。こちらが状況を把握する頃にはすでにやらかした後という事態が続くにあたって、彼女はきつく釘をさしておいたつもりなのだが――――
「月代先生!」
不意に背後から声を掛けられ、灯夜を問い詰める機先を制されてしまう蒼衣。シート越しに振り返った先から、一対の視線がまっすぐに彼女を射抜く。
「月代君と……灯夜君と、話をさせてください」
上品ながらも派手過ぎない絶妙な塩梅の私服に身を包んだ少女が放つ、落ち着いた……それでいて有無を言わせぬ言葉。
――――綾乃浦静流。彼女は天海神楽学園で蒼衣が副担任として受け持つクラスの生徒であり、灯夜とは小学校以来の友人だという少女だ。
聞いた話によれば妖達の妨害をくぐり抜けて六十階のビルを登り切り、灯夜の危機を間一髪で救ったのだという……愛音の手助けがあったとは言え、術者でもない彼女が成し遂げたとはにわかに信じがたいほどの功績であった。
本来なら蒼衣は彼女の独断専行を叱るべきなのだが……灯夜の身を強く案じる静流の気持ちは、蒼衣自身が抱いているそれに通じるものでもある。
室長として、また教師としての立場から自由に動けない彼女の代わりに灯夜を助けに行ってくれた事には、内心感謝していた程だ。
そんな彼女に報いたい。それが危険が伴うヘリへの同乗を許した理由だった。
「……しゃあないわね、ほれ」
「っと、月代君、月代君!」
雑に放られたスマホを受け取り、夢中で呼び掛ける静流。ビルの最上階で彼と別れてからすでに小一時間ほどが経過していた……けれど、彼の戦いはまだ終わってはいない。
『し、静流ちゃん!? なんでいるのっ!?』
スマホの向こうから響く驚きの声。離れていたのはわずかな時間であるにもかかわらず、不思議な懐かしさを感じる声に安堵がこみ上げる。
「月代君、私……私ね」
話したい事はいくらでもあった。けれど、今が長話をするべき時でない事も彼女には痛い程分かっていた。
彼には……月代灯夜には、今やらねばならない使命があるのだから。
『静流ちゃん、何?』
――――頑張って、とは言えなかった。それを聞いてしまえば、彼は本当に頑張ってしまうから。己の身をかえりみず突き進んでしまうのが目に見えていたから。
「ううん、ただ……ひとつだけ約束して」
だから、一つだけ。一番伝えたい事だけを――――
「無事に、帰って来て。約束……なんだから!」
久しぶりに静流ちゃん登場なのです!
隙あらばヒロインポイントを稼ぎにいくのですよっ(੭ु´・ω・`)੭ु⁾⁾




