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月下に踊る、白刃の宴

 目の前にあった刃が瞬時に跳ね上がり、瞬く間に頭の上から振り下ろされる。初撃――――右上段からの袈裟斬り!


 ぼくは身長差を活かし、切っ先が落ちてくる前に【廃れ神】の右手側に飛び込む。最速で軌道上から逃れたぼくの脇を、殺気に満ちた刀身が走り抜けていく。

 次に来るのは、左下段からの切り返し。そして最後の三太刀目が、最速にして必殺の横一文字だ。


 【廃れ神】の攻撃は、必ずこの三セットで行われている。剣術に関してど素人のぼくがどうにか回避できるのは、次に来る技が分かっているからに他ならない。


 土煙を上げながら、左からの斬撃が迫る。樹希ちゃんが食らわせた雷術が効いているのか、さっきまでよりわずかに剣速が鈍ってはいるけど……それでもぼくが最初に相対した時より数段速い。

 

 ここで、右手側に回り込んだのが活きる。左下からの切り上げがぼくの身体に到達する時、その軌道はもう肩の高さにまで上ってきているのだ。これを、身をかがめて避ける。


 普通に目で見てからでは反応しきれない速さの斬撃。それでもぼくにはしるふと一体になって得た素早さと、空気の流れを視る力がある。

 流石に余裕とまではいかないけど、こと回避にかけてだけは自信があるんだ。


 頭の上を通り過ぎた後も、【廃れ神】の刃は止まらない。そのまま上半身をぐいっとねじり、横一文字の準備動作に入る。そう、ここが最大の難関。


 身体を半身にして、限界まで刀身を後ろに伸ばす独特の構え。これによって、右手に握られた刀はぼくの視界から消える。さらにここから体当たり寸前まで踏み込むことで、横一文字の斬撃そのものが全く見えなくなるのだ。


 もはや目で追う事さえ許されない、死角からの最速斬撃……それがこの横一文字を必殺たらしめた理由。初見でこれを出されていたら、ぼくの反射神経ではとてもかわしきれなかっただろう。


 初めて対峙した時は、最初から接近戦を諦めて間合いを広く取ったのが幸いした。三撃目が来る前に距離を離していたおかげで、横一文字を出されずに済んでいたのだ。


 けれど、今同じ戦法を取る事は難しい。【廃れ神】の踏み込みの速度も上がっているし、あまり距離を開けすぎると樹希ちゃん達が襲われてしまう危険もある。

 ただ避ければ良いってわけじゃなく、相手の眼前で常に注意を引き続けなきゃいけないのだから。


 熱い空気の塊が押し寄せるのと同時に、【廃れ神】の顔が目前に迫る。燃えさかるような怒りの眼光が直近からぼくを射抜き、そして――――


 放たれる、最速の横一文字! しかしそれはぼくの足元をむなしくすり抜けていた。身をかがめた状態から、直前でジャンプしたのだ。そのままくるりと回転し、【廃れ神】の真後ろに降り立つ。


 これは、さっきまでの戦いで愛音ちゃんが取っていた動きを真似たものだ。あの時、ぼくは見ている事しかできなかったけど……そのおかげで、回避の動作をしっかり頭に焼き付けることができた。転んでもただでは起きないってやつだ。


 【廃れ神】がゆっくりと振り返り、再び上段の構えを取る。とりあえず一セットは回避できたけど、当然これで終わりじゃあない。

 応援の術者が来てくれるまで、この死の刃の中を生き抜かなきゃならないのだ。


 ……死後の世界って、あるのかな? あったとしたらどんな所だろう? 不穏な考えが頭をよぎる。


『来るよとーや! 集中シテ!』


 おっといけない。ぼくが斬られたらしるふも無事じゃ済まないんだ。死んだ後の事なんて、考えてるヒマはない!


 振り下ろされる、【廃れ神】の刀。さっきと同じように、ぼくは身体を回り込ませて躱す。途中で間合いの外に出ない限り、攻撃の順番は変わらない。

 愛音ちゃん達が戦っている時も、その法則に変化は無かった。


 しかし、パターンは同じでも切り込んでくる位置やタイミングはその都度変動する。その事を踏まえた上でも……この攻撃は予想外だった。


 上段からの袈裟斬りが、途中で左からの切り上げに変化したのだ! てっきり下まで振り下ろすものだと思っていたぼくは、完全に虚を突かれてしまった。


「なっ!」


 ごう、と唸る白刃が、目の前に迫る。避けるには間に合わない。右手に持った剣で咄嗟とっさに防ごうとして……それがもろい水晶製だという事を思い出したけど、後の祭り。


 がきぃん! という激しい衝撃音と共に、ぼくの体は弾き飛ばされていた。


「うわあぁ――――っ!!」


 地面に叩き付けられながら、ぼくはこの世に別れを告げていた。樹希ちゃん、愛音ちゃん、ごめん……やっぱり無理だったよ。ぼくの遺灰は、海が見える丘の下に埋めてください――――


『ちょっととーや、ナニ勝手に死んじゃってるノ! まだドコも斬られてないヨっ!』


「……えっ?」


 そう言われてみれば、体のどこにも傷はない。という事は……


 ぼくは右手に握ったままの剣を見て、驚いた。鋼の刃をもろに受けたというのに、水晶の剣は折れることなく健在だったのだ!


『……トーヤ、聞こえるかトーヤ』


 耳元から流れる、ささやくような声。それは、遠くで倒れている愛音ちゃんの声。そういえば、彼女とは連絡用に風の糸電話を繋いであったんだっけ。


「あ、愛音ちゃん!?」


『トーヤ、切り札にオレのソードを選ぶとはナイスな判断だぜ。今そいつにはオレとノイの全霊力を使って強化を掛けてある。あと一、二回程度ならアイツの攻撃にも耐えられるはずだ……』


 そ、そうだったのか……流石は愛音ちゃん。おかげで命拾いしたよっ!


『けど、オレ達ができるのはここまでだぜ……この後どうするかは、オマエに任せるぞ。逃げたって、文句は言わねえからよ……』


「そんな、愛音ちゃん!」


『……だから、必ず……生き残れ、よ……ぐふっ』


 ぐふっ、て……剣への霊力が途切れてないところを見ると、まだバッチリ意識はあるはずなのに。


「愛音ちゃん? 愛音ちゃんってば!」


『……ヘンジガナイ。タダノシカバネノヨウダ』


「…………」


 こんな時にまで、ギャグを入れなくてもいいのに……ま、まあとりあえず助力には感謝しよう。



 ――――【廃れ神】は再びぼくを間合いに収めるべく、一歩一歩近づいてくる。


『とーや、気づいてる?』


「うん。あいつの刀が空気を切る音……何か、変だった」


 さっき刀を切り返した時、ぼくの耳が捉えた……わずかな雑音。刃が空気を裂いて向かってくる音に、奇妙なノイズが含まれていたのだ。


「あの刀、どこかにキズがあるのかもしれない。多分、さっきまでの戦いの中で……鉄柱を斬ったりしてたから、その時かも」


 強大な霊力を持つ【廃れ神】。しかしその本体はあくまで刀だ。その霊力で生み出した鎧武者の身体は、愛音ちゃんの術に吹き飛ばされてもすぐに再生してしまったけど……


「――――中枢である刀身そのものは、修復できないのか!」


 だと……したら。ぼくは右手の剣を、ぎゅっと握りしめた。


「そのキズの場所に、この強化された剣をぶつければ――――」


 これは、危険な賭けだ。もし失敗すれば、ぼく達の命だけでは済まない。応援が来る前に再び【門】は開放され、取り返しのつかない状況になるのは目に見えている。

 けれど、もし成功すれば……みんなの命も、この学園も救われる。応援の術者さんが使うという、危険な広域破壊術によって周辺一帯が焼け野原になる事もない。


『やっちゃおとーや! ムズカシイ事はわかんないケド、みんなが助かるんならやるベキだよ!』


「でも、失敗したら……それに、そんなキズがあるかも確認してないし、あったとしても、そこに正確に剣を当てるなんて……」


『チャンスがあるならやってみよーヨ! それともとーや、アイツの攻撃を最後まで避け続ける自信、ある?』


 言われてみればそうだ。応援が来るまで、あの三セットを何度回避できることか。二回目ですでに危なかったから……うん。ちょっと考えたくないな。


「どっちにしろ危ないんだったら……避けるより立ち向かう方がいい、か。そうだね。そっちのほうが……ずっと魔法少女っぽいや!」


 たとえ悲惨な末路が待っているとしても、ぼくは最後まで魔法少女として勇敢に戦いたい。そして、戦うからには……


「希望は――――捨てない!!」


 間合いに踏み込んだ【廃れ神】が、上段からの一撃を放つ。夜の暗闇を切り裂いて迫る、研ぎ澄まされた輝く刃。


 だが、ぼくには視えた。刃に沿って断ち切られていく空気の流れに一筋、細い乱流が混じっているのを。


「ギリギリまで……引き付けるっ!」


 そして、見極める。強固な刀身に生じた一点の隙。その正確な位置を、ここで特定するんだ!


 極限の集中のせいか、それとも断末魔の走馬灯か。不気味な程ゆっくりと眼前に降り下る刃、その切っ先から少し下に……あった。

 幅一ミリあるかないかの、僅かな欠け。そこからは目の前で見てようやく解る程度の、極細の亀裂が伸びている!


『よけてっ、とーや!』


 引き付けすぎて、回避が間に合わない。ぼくは水晶の剣の背に手を添えて、今にも左肩に食い込もうしている【廃れ神】の刀身に横から叩き付けた。

 ぼくの力ではこの斬撃を受け止めることはできないけれど、受け流すくらいなら、なんとか……


 激しい衝撃と共に鳴り響く、がしゃん! という破砕音。致命の一撃を防ぐのと引き換えに、水晶の剣はその中ほどから砕け散っていた。


「え、えぇ――――!」


 ちょ、一回目でもう折れちゃうの!? 一、二回って言ったら普通二回のほうを期待するよね!?


 狼狽するぼくにお構いなしに、【廃れ神】は切り返しの二撃目を放ってくる。まずいっ!


 その時だ。突如として眩い閃光が弾け、ぼくと【廃れ神】の間に光り輝く壁が出現した。これは……樹希ちゃんの防御雷術かっ!

 振り向いて確認する余裕はないけれど、おそらく最後の力を振り絞っての援護射撃。後でいっぱいお礼を言わないとだ。


 雷壁が切り裂かれるまでの一秒弱ほどの間に、ぼくはすでに態勢を整え終わっていた。余裕をもって回避し、三撃目に備える。


 だが、ぼくの手にもう剣は無い。どうする? 逃げるか……いや、ダメだ。これはぼく達三人が全力でつかみ取った、文字通り最後のチャンス。これを逃したなら、最初から何もしないのと一緒じゃないか。


 何か、あの水晶の剣の代わりになる物――――【廃れ神】の刃に打ち込む事ができる武器があれば…………武器?


 ま……まてよ? ぼくは、自分の左腰に目をやった。そこには――――きらびやかな鞘に収まった短剣が据え付けてある。


 たしかこれは、この衣装の元になった王子様のコスチュームを作った際、王子要素を増すためにつけた言わば飾りの装備だ。

 当時はただのハリボテだったこの短剣。そのデザインを流用した魔法少女の衣装にも、同様に装備されている。


 今までただの衣装の一部として、気に留める事もなかったこの短剣。ぶっちゃけ一度も抜いたことは無い。

 これがハリボテじゃなく、ちゃんとした金属の刀身を有した武器だったとしたら……


 【廃れ神】が深々と踏み込み、必殺の横一文字の態勢に入る。もう、やるしかない。この一刀に……すべてを賭ける! 


「しるふっ!」


『ガッテン、承知――――!』


 一陣の突風が、ぼくの体をわずかに浮き上がらせる。態勢はそのままに、地面を滑るように後退することで……死角にあった横一文字の軌道が、ハッキリと見えた。


「そこだっ!」


 突風が向きを変え、今度はぼくの背中を押した。眼前に迫る、真横になった【廃れ神】の白刃……そして、そこに生じた一点の欠け。


 大丈夫だ、いける。いくら恐ろしい切れ味を誇る日本刀でも、あの一点……そこだけはもう、刃じゃない。

 薄くて細い、ただの鉄板にすぎないんだから!


 ぼくは腰の短剣をつかみ、慎重に狙いを定めると――――その刀身を抜きざまに叩き付けた!

今回は文字数多めでお送りしました! クライマックスのクライマックス部分。目一杯詰め込みましたが、やっぱり長くなっちゃいますね。


活動報告は、樹希ちゃんが鵺の力を借りて使う妖術、獣身通について。


次回更新日は1月28日、月曜日の予定です!


今回でキャラ紹介含めて通算100話に到達しました! ここまで続けてこれたのも読んで下さった皆様のおかげです。

重ね重ね、御礼申し上げます。


最近は主人公たちが追い詰められる展開が長かったせいか、ツイッターで宣伝を始めた当初のレベルまでPVが落ちましたが……

それでも、たまに増えるブクマを糧に細々と連載を続けられたらいいなと思っています。


もちろん感想やレビューを頂ければ嬉しいのですが、今の状況じゃ難しいでしょうね。

PVが減れば減るほど、ジリ貧になっていくシステムですから……

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