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ふれられないもの  作者: 柳
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確かな気持ちと見えない絆9

 


「戸籍上は家族になるので、今はまだ秘密にしていてもらいたいですけどね」


 その声と共に滝椿がやってくと、穂乃香とは反対側の椅子に座った。ちらりと見た左手首には簡易的な包帯が巻かれ、その上から右の手で押さえていた。


「驚きましたよ。まさか穂乃香さんが養子だったなんて想像できるはずがありません。事実を知っているのも穂乃香さん以外にはいないようですしね。穂乃香さんが黙ってしまえば、誰でもわからない。もちろん、僕を油断させる為の嘘という可能性も考えましたが、穂乃香さんが僕に気を遣うことは考えにくい。そもそも、調べればバレてしまうような嘘を吐くなんて穂乃香さんらしくありませんし、あまり現実的ではないですよね」


 そう言って滝椿は苦笑いを浮かべていた。手首の切り傷は大したことないのか、血が滲んでいる様子はない。ほっとしたのも束の間、穂乃香が険しい表情になっているのが気になった。


「あなたに嘘を吐く理由はありません」


 何処か他人行儀で冷たい口調は、滝椿に向けられていた。どんなに嫌なことがあっても胸の内に溜め込み、静かに怒るのが穂乃香の怒り方だが、個人に対しこうも攻撃的に怒りを向けるのは珍しい。


「あなたは善意で行動していたのかもしれませんけど、それは押し付けでしかありません。託の優しさを利用して、困らせるよなことばかりを言って、私たちの仲を乱そうとしていたのを許せるはずがありません。心底、あなたと言う人が最低だと思いました。手首を切りたいのならどうぞご自由にしてください」


 言葉が丁寧であるほど、それだけ穂乃香が怒っているのだと伝わってくる。聞いている俺までも居た堪れない気持ちにさせるほど今の穂乃香は恐ろしい。


「相変わらず、僕にだけは冷たいんですね」


 滝椿は怯む様子もなく、見た目上は普通に構えている。


「当たり前です。修学旅行の一件はまだ許してません」


 と穂乃香は言った。


「そうですよね。僕も許させることではないと思います。託真君にも謝らないといけないですね」


 二人の間に何があったのか。それを知るのはもう少し後のことになる。


「その話はまた後日にしましょう。そろそろ下校時刻です。昇降口が締まる前に帰らなければなりません。立てますか?」


 そっと滝椿が手を差し伸べてきた。悪いな、と告げてその手を握り体を起こして、上履きに足を入れた。勢いをつけて立ち上がると足元が僅かにふらついたが、歩けないことはなさそうだった。問題は、穂乃香と滝椿の見えない溝だが、割って入るだけの体力が俺になかった。


「後は私が何とかしますので、滝椿さんは先に帰ってもらっても構いません」


 淡々とした口調で穂乃香は言った。


「いえいえ、無理はしないでください。自分よりも大きい人を支えるのは体力と力が要ります。僕が支えたほうが安定しますよね?」


 滝椿の肩に手を回して体を密着させると足元が安定した。ほとんど体を預けるような形になる。


「ゆっくり歩きますね。もし途中で辛くなったらいつでも言ってください。体力には自信がありますし、痩せたあなたを背負う方が楽になるかもしれません」


 滝椿の言っていることは間違っていなく、頼りたい気持ちが大きかったが、ちらりと穂乃香を見ればわかりやすく不満そうな顔をしていた。


「あなたの助けはいりません」


 そう言いながら反対側で同じように俺を支えようとしていたが、非力な穂乃香では腕を乗せるだけで精一杯といった感じだった。それでも滝椿に頼りたくないらしい。攻撃的なのもそうだが、こういった張り合い方をする穂乃香も滅多に見ない。


「そもそもですよ。穂乃香さんが本当のことを言ってくれれば、僕だってここまですることはなかったんですよ? そこは反省してもらいたいですね」


 廊下を歩きながら滝椿が言うと、


「私が悪いのは知っています。託には沢山の迷惑を掛けました。けれど、それであなたが行ってきたことを許すことにはなりませんよね」


 負けじと穂乃香は言い返していた。


「僕は心配していただけなんです」

「心配はいりません」

「あなたはそうかもしれません。けれど託真君は何も知らなかった。友人として色々配慮するのは当然ではありませんか」

「あなたは行き過ぎる、と言っているんです」


 どちらが悪いのかの言い合いは、校舎を出てからも続いていた。会話がヒートアップしていくのと同じく、頭痛が強くなっていく感覚を感じながら、穂乃香と滝椿に支えられつつ家路へと着いた。

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