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ふれられないもの  作者: 柳
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確かな気持ちと見えない絆7

 

 意識が途切れた瞬間を覚えている。徐々に暗く傾いてく世界の中で、眩しい日差しを受けながらゆっくりと落ちて行くカッターと、慌てた様子で駆け寄ってくる滝椿の姿を見ていた。


 数ヶ月前まで話したこともなく、すれ違ったとしても目に留めていなかった。当時はその程度の関係でしかない、ただの同級生という薄い繋がりでしかなかった。


 滝椿は人を通じて俺と穂乃香の存在を知り、そして、誰もが知りえなかった想いに気付いてしまった。放って置けなかったのかもしれない。自分とは何ら関係のない他人の事だというのに。


 俺と穂乃香が周囲からどう思われようと、滝椿には関係がなかったはずだった。見て見ぬ振りも出来たはずなのに、しなかった。


 嫌われる覚悟だったのかもしれない。穂乃香を守る為に、俺や雪花が厳しい目と態度で周囲の人を拒絶するようにしていた。だから、強引な方法をとるしかなかった


 そして今、俺と穂乃香が間違った道に進まないよう懸命に言葉を尽くしてくれた。その為なら自身を傷つけることも厭わないと目の前で示してくれた。迷惑だなんて思うはずがない。


 たくさん話をした。互いの主張は食い違い、決着はついていない。言い合いにもなった。それでも、言葉の節々から滝椿なりの心配や気遣いが感じられた。嫌厭していた滝椿だったが、今は知り合えて良かったと心から思えた。



 ――――。



 目を開けた時、白い天井が見えた。その天井にはコの字の銀のカーテンレールがあり、左端には束になった薄橙色のカーテンがあった。見覚えのある部屋だった。ただ、ここが何処なのか上手く思い出せなかった。


 ぼんやりと記憶の糸を手繰っていけば、最後に記憶しているのは屋上に居たこということ。そこで滝椿と話をしていた。いつ移動したのだろうか。覚えがない。


 時間もだいぶ経過しているらしく、窓の外の空と雲は茜色に染まっていた。遠くから聞こえてきていた生徒の声も聞こえない。とても静かで、それだけの変化が起きる間、俺は眠っていたのだろうか。


 未だ判然としないことばかりが山積しているように思えるが、ぼんやりとした思考に加え、心地の良い感覚に包まれているらしく、このまま目を閉じて眠ってしまいたかった。この微睡みに身を任せながら、もう少しだけ、と睡魔に抵抗するように何度か瞬きを繰り返していた。


「調子はどう?」


 ふと声が聞こえて視線を横に向けると、手を伸ばせば届く距離に穂乃香がいた。その事実に幾らか目が覚めて、いつものように、何の気なしに返事をしようとした瞬間、奇妙な感覚が脳裏を過った。どうして――。どうして穂乃香がいるのだろうか。


 よくよく状況を整理してみれば、どうやら俺は仰向けの姿勢でベットに横になっているらしく、後頭部には柔らかい枕の感触があった。周囲に目をやれば正面の壁には大きな棚があり、その横に書類の束とパソコンが置かれた職員用の机がある。そこから少し離れた場所に向かい合ったソファーがあって、ガラスのテーブルの上には何時か先生が好きだと言っていた黄色い花が飾られていた。穂乃香の後ろには同じ形のベットが二つ綺麗な状態で維持されていた。


 見覚えがあって当然だった。俺が寝ている場所は、穂乃香が寝ていたベットだった。


 先生の姿は見当たらないが、ソファーに滝椿の後姿を見つけた。本でも読んでいるのか、時折ページの捲れる音が聞こえてきた。


 あれからどうなったのか。どうして穂乃香がここにいるのか。それらの疑問を滝椿は知っているのだろうか。声を掛けたかったが、距離がある上に声を張るだけの気力もなかった。


「痛い所ある?」


 視線を戻すと、心配そうな穂乃香の顔があった。


「いや、ないよ」


 と、反射的に答えたものの、意識が明確になるにつれて痛み、と言うよりも体の不調を自覚されられる。断続的に続く頭痛や高い体温は相変わらず。起き上がれないことはないだろうけど、試してみないことにはわからない。それでも、気を失う前よりかは幾らかマシになっている、と思う。もしかしたら、熱の所為で正常な判断が出来ていないだけかもしれない。


「穂乃香こそ、大丈夫なのか?」


 自分のことよりも穂乃香の体調が気になった。夕日に照らされた穂乃香の顔は保健室で眠っている時のような青白い顔ではなかったが、それでも倒れたのに違いはなく、それだけ無理をしていたということ。


「たくさん寝たから平気だよ。大丈夫だって保健室の先生も言ってくれた。しばらくは安静にしてないといけないみたいだけど、病院に行くほどじゃないって」

「そっか……」


 軽い疲労だと思うけど、起きてみないことにはわからない。もし、起きて体調が悪ければその時は病院だと、不安を煽るように先生は言っていた。それも、先生が大丈夫だと言ってくれているのであれば、もう、心配はいらないのだろう。


「寝てる間、ずっと側にいてくれたんだってね」


 そう穂乃香は言った。


 放課後になって真っ先に様子を見に行くと、穂乃香はまだ眠っていた。いずれは起こさないといけないにしても、下校時刻まで待ってもらうように保健室の先生には頼んでおいた。


 滝椿との話し合いが終わればその足で向かいに行くつもりだったが、どうしてか立場が逆になってしまったらしい。


「心配だったからな」

「ごめんね。迷惑掛けて」

「迷惑なんて思わないよ。俺が穂乃香の傍に居たかったんだ。それだけだよ」


 顔色は悪くなく、受け答えもはっきりしている。体調の方は心配なさそうなのに、どうしてか、目を覚ました時から穂乃香は思い詰めたような表情をしている。


「託も倒れたんだね。熱も高いみたい」

「大したことはないよ。しばらく休んでれば良くなる」


 そう嘯いてみたものの、未だ体調が良くなる兆しもなく、額に貼られている冷却シートは氷の様に冷たい。


 吐き出した吐息は熱く、熱がどの程度高いのかはわからないが、気を失う程度には悪いのだろう。倒れた挙句に気を失い、体温が高いことを知っている穂乃香が俺を心配するのは当然だった。


「また、無理をしてたんだね」


 そう零した言葉が、とても悲しく聞こえた。


「いつもそうだったね。託は、体調が悪くても、怪我をしても、いつも平気だって言って……なんでもないように振る舞ってたよね。本当は辛いはずなのに、私に心配を掛けないように嘘を吐いてたんだよね」


 困ったような顔をして、少しだけ咎めるような声で穂乃香は言った。


「嘘じゃないよ。本当に大したことないんだ」


 気付かれているだろうとは思っていた。穂乃香は俺の嘘を見抜くのに長けているから。


 風邪の時も、頭が痛いときも、咳が止まらない時も。擦り傷や打撲に青あざになった時も。倒れて気を失っていたとしても、本人が平気だと、問題ない振りをしていれば、穂乃香が心配したり思い悩んむことはないだろうと思っていた。


 けれど――。


「託が嘘を吐く時はね。決まって私が絡んでいる時なんだよ」


 穂乃香がその演技をどう見ていたのかまでは知る由もない。

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