確かな気持ちと見えない絆3
「座りましょうか」
と言って滝椿は隣に腰を下ろした。正直、立っているのも辛くなり始めていたので、その誘いは有難く、フェンスにもたれ掛かるようにして座った。
「佐藤さんはきっと、僕の本質を見ていたんだと思います」
ぽつりと、正面の空を見つめながら滝椿は言った。
「託真君も薄々気付いていると思います。僕があなた達に近付いてのは仲良くなりたいからではありません。他に理由がありました」
「まあ、そうだろうな」
出会いから不自然だと感じていた。一ヶ月越しの接触。強引に輪に入ろうとする行動や言動の数々。かと思えば急に大人しくなったりと、ちぐはぐな行動が目に付いた。それを疎ましく思い、みんなの反応が悪いのも当然だと納得していた。そのうち離れて行くのだろうと思っていた滝椿は執拗に俺たちの側に居続けた。
何時からか、隣にいるのが嫌ではなくなっていた。それからまたしばらくが経ってから思うようになった。滝椿は人の感情を察することが出来る人なのだと。決して人の嫌がることはしなく、控えめに適度な距離感を保ち続けていると。
無理をしていたんだと思う。ただ、その無理が何を意味していたのか、そうまでして親交を深めようとした理由は何だったのか。時が経つにつれて考えなくなっていた。
「一年生の二学期になってすぐに、ある噂が広がり始めました」
そう滝椿は話し始めた。
「可愛い子が同級生に居るらしいという噂です。気になったクラスの男子はその日のうちにその子の顔を見に行くことに決まり、僕も半ば強引に誘われて教室まで行きました。もちろん穂乃香さんのことです。初めて穂乃香さんを見た時、噂に違わず可愛らしい人だと思いました。でも、それだけです。どれだけ容姿が整っていても、その人の中身がわかるわけじゃないですから、それほど興味は抱きませんでした。ただ、他の方は僕とは違った印象だったらしく、教室に帰ってからも穂乃香さんの話題は尽きませんでした。彼らの言葉には熱がありました。中には一目惚れした人もいました。告白するのだと言っていました」
「その時期が一番、騒がしかったな」
話を中断させようとは思っていなかったが、懐かしくてつい口に出していた。
「すいません」
「謝ることじゃないよ。遅かれ早かれそうなるとは思ってたよ」
煩わしく感じ続けた過去の出来事。入学式から数か月の間も慌ただしかった。男連中は穂乃香を見つければ目を離さず、呆けた顔で見惚れていた。話し掛ける隙を窺う人が日に日に増えて行った。その対処に慣れてきた頃に、また穂乃香を取り巻く環境が慌ただしくなった。丁度、二学期の初めの頃の話。
「穂乃香さんに好意を寄せる人は多く、そのうちの何名かは告白をしに行ったそうです。断られてしまったと言っていました。落ち込む彼等をみんなで慰めて、よくやく元気を取り戻した頃、一人だけまた挑戦するのだと言いました。諦めきれなかったそうです。結局は二度目も断れましたが、今回はあまり落ち込んではいなく、むしろ清々しいと言っていました」
同じような話をどこかで聞いたことがあった。想いと伝えることで溜まった気持ちを発散させる人もいる。悪いことではないかもしれないが、それ故に穂乃香に告白する人が絶えない。仕方ないと割り切れる人数ではなくなっていた。
「僕は応援だけしていました。お二人からすればいい迷惑なんだと思いますが、僕に止める理由はありません」
「そうだろうな」
「クラスの大半が告白に失敗してようやく落ち着き始めると、今度は女子の間で同じような噂が立ち始めました。託真君のことです。かっこいい人がいると」
「前にもそんなこと言ってたな」
「事実ですからね」
最初言われた時は媚でも売っているのかと邪推していたが、今ならそうなんだと受け入れられる。実感するような出来事は未だにないものの、滝椿の言っていることが嘘だとも思わない。
「その人は同学年の妹を守るようにいつも隣にいて、仲がとても良いらしいと。容姿はもちろんのこと、クラスの男子とは違う、大人びた雰囲気が魅力的だと言っていました」
「実際はそうでもないけどな」
「そんなことないと思いますよ。話す前と今では印象が違うこともありますが、託真君が魅力的な人なのは変わりません」
と、真面目な顔で滝椿は言った。
「託真君に好意を持っている人は少なくなかったです。けれど、あんな可愛い妹がいるなら、とみんな口を揃えるように言っていました。それほど、穂乃香さんの存在が大きかったのだと思います。もちろん、すべて好意的な人ばかりではありません。好意的ではなく……お二人を嫌う素振りの人も、いました。その人は――」
滝椿は躊躇うように間を置いた。
「仲が良すぎて気持ち悪い、と言っていました」
そう言った滝椿の横顔は苦虫を噛みしめたような表情をしていた。
一度か二度は耳にした言葉ではあった。衆目を集める穂乃香に向ける言葉は多く、容姿や性格を褒める類の言葉や事実無根な陰口など散々聞いてきた。傍に居る俺の話も当然ながらあった。兄妹仲がいい。それが不自然に感じる人もいるのだろう。その程度にしか捉えてなかった。悪口ではなく、その人がありのまま感じた〝嫌悪感〟なのだろう。
「その言葉を聞いてから、お二人が気になり始めました。彼女がどうしてそう思ったのか、どう感じたのか知りたかった。好奇心だったのかもしれません。僕とは違う彼女たちの視点を見てみたかった。その頃には校内でも有名でしたが、見かける機会は割と少なくて、しばらくして人目を避けるのだと知りました。それでも登校時や休み時間、放課後と、数人の目の先には穂乃香さんか託真君が居ました。お二人は何時見かけても一緒で、話している時も、笑う時も、一瞬の目配せなんかもとても親密そうだと感じました。もし、彼女の言葉を聞いていなければ仲の良い兄妹だと思っていたでしょうね。年子の兄妹はこういうものだと受け入れていたと思います」
それでも、良かったのかもしれません。と滝椿は囁くように呟いた。
「去年の二月の頃でしょうか、穂乃香さんが告白を受けているのを目にした時がありました。噂には聞いていたので、渡り廊下に託真君がいることも前もって知っていました。その時の託真君は……同じ顔をしていました。告白して、落ち込む彼と同じ表情で穂乃香さんを見ていました。日差しが強くて、表情なんてはっきりと見えなかったのに、何故だか託真君が切なそうな表情をしているとわかってしまったんです。胸が締め付けられるようでした。友人が落ち込んでしれば、励ましの言葉を何度だって言えました。言うのに躊躇いなんてあるはずがありません。でも、そこに居る託真君に掛ける言葉が見つからくて、何を言っていいのか、声を掛けていいのかどうかすら判断できませんでした。まるで、ふれてはいけないような、そんな気さえしました。それからです。託真君と穂乃香さんは兄妹であっても、想いあっているのではかと思うようになったのは」
滝椿の話を隣で聞いていくうちに、不自然に思えた行動の一つ一つに意味が付け加えられていくかのようだった。滝椿は俺に声を掛ける遥か以前から、俺と穂乃香を見続けていた。隠し続けていた俺の想いを感じ取りながらも、最後の最後まで誰にも言わなかった。




