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ふれられないもの  作者: 柳
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確かな気持ちと見えない絆2

 

 屋上のドアが開く音がした。顔を向けると滝椿がこっちにやってくるのが見えて、俺は重い腰を上げた。


「お待たせしました」


 そう言って、滝椿は足早に駆け寄ってきた。


「委員会が予想以上に長引いてしまって。遅れると一言連絡すればよかったのに、すいません」


 申し訳なさそうな顔を浮かべて、滝椿は軽く頭を下げた。


「気にすることない。呼び出したのは俺の方なんだからさ」

「そうかもしれませんが、今日は特に気温が高くなってます」

「大丈夫だよ。このくらいなんてことない」


 ですが、と言って滝椿は気遣うような視線を俺に向けた。


「顔色が悪そうです。穂乃香さんのこともありますし、涼しい場所に移動した方がいいですよ。今の時間なら図書室が空いているはずです。話ならそこで――」


 滝椿の言葉を遮るように、俺は首を振った。


「ここでいい」

「しかし――」

「人に聞かせるような話でもないからな。多少の無理は仕方ないだろ?」

「そうかもしれませんけど……」


 滝椿は言い淀み、次の言葉を探しているのが表情から伝わってきた。俺の体調を気遣ってくれている。いつも、そうだった。


「俺が居ない間、大変だっただろ? 滝椿が気を使ってくれているって成瀬から聞いた。迷惑を掛けたよな」


 そんなことありません、と言うように滝椿は小さく首を振った。


「迷惑だなんて。託真君の気持ちも事情も知っていましたし、僕が言い出したことです。仕方のないこと思っています」


 ただ……と滝椿は続けた。


「寂しかったのも事実です。昼休みの楽しい会話が無くなって、みんな俯いていました。元気のない穂乃香さんに掛ける言葉を探していました。けれど、何を言っても穂乃香さんには響かなくて、その度に虚しさだけが濃くなっていくようでした」


 その時の光景を思い出しているのか、滝椿はそっと目を伏せた。


「穂乃香さんは一度も暗い顔を見せませんでしたよ。普段通りこの場所に来て、シートを広げて、自分の場所に座ってお弁当を食べてました。そういうのって、見ている側が一番辛いんですよね。僕たちに気遣ってくれて、無理をしているのが伝わってきてしまって。穂乃香さんもこの不安定な空気を変えようとしていました。でも、今日に至るまで誰も笑顔を浮かべることはなくて、僕に出来たことなんて無意味に会話を続けることぐらいです。そんなことしか出来ませんでした」


 滝椿は、自身の力不足を悔いるように唇を噛みしめていた。


「限界を感じていました。このままだと穂乃香さんの友人関係が壊れてしまいそうだと思えるほど、居心地が悪くなっています。僕の所為です。僕が助言し、託真君が行動を起こした。そうなれば亀裂が生まれると、ある程度は予想していたのに……皆さんの沈んだ顔を近くで見ているのが、辛かったです」


 でも、と言って滝椿は顔を上げた。


「でも! だからと言って僕の気持ちは変わりません。変えられないんです」


 まっすぐに向けられる強い眼差しを見れば伝わってくる。滝椿の意志は変わっていないのだと。あの日、修学旅行で言った時から何も。


「託真君が考えていることを、受け入れるわけにはいきません」


 滝椿は断言した。これから俺が何を言うのか、おおよその検討がついていたのだろう。だから先んじて自分の意志を伝えてきた。


 真面目だと感じた。まっすぐな性格をしているのだと改めて感じさせられた。偽りのない想いを言葉に出して言える滝椿は誠実とも思えた。学校にいる間はいつも一緒に居て、多くはないかもしれないけど言葉を交わしてきた。それでも、まだまだ俺の知らない魅力があるのだと。


 きっと、夕貴も、雪花も、成瀬も、穂乃香にだってあるのだろう。何事もなければ、もっとより良い関係が築けたかもしれない。


 これから伝える言葉は滝椿の意志と相反している。言い合いになるかもしれなくて、互いが納得できる決着はつかないかもしれない。最悪の場合、友人ではいられなくなる可能性もある。そう思えるくらい、滝椿も俺も変えられない意志がある。


 そうした可能性を見据えても、不思議と躊躇いはなかった。苦痛も、痛みも、反感もなく、素直に滝椿の言葉が受け止められた。今度は俺の気持ちを伝える番になる。嘘偽りなく、まっすぐに伝えられそうな気分だった。


「穂乃香から距離を置くようになってから、滝椿には苦労を掛け続けてたような気がする。昼休みも、帰りの時間も、告白の時も。俺の代わりに自分の時間を削ってまで穂乃香に付き添ってくれた。大変だったと思う」


 精神的にも、肉体的にも負担を掛けていたように思う。


「穂乃香だけじゃない。俺が悩んでいた時も、助けてほしいと思った時も、いつも手を差し伸べてくれた。今思えば、いつも俺を気に掛けてくれていたからなんだよな。そんなことも知らないで、俺は縋りっぱなしだった。ほんと、情けないよ」

「そんなことありません。僕の出来ることをしたまでです。気にしないください」

「甘えていたのは事実だよ。本来なら俺がちゃんと話さないといけなかったのに、雪花の怒りを滝椿に向けて逃げてた。悪かったと思ってる」


 言い終わって頭を下げると、滝椿はそっと俺の肩に手を置いて顔を上げさせた。気にしなくていい。そう言うように滝椿は一度だけ頷いた。


「改めて思いましたよ。佐藤さんは友達想いなんだと。自分のことで怒れる人はいますが、友人の為にあそこまで感情的になれる人は多くありません。佐藤さんは好感の持てる人です。嫌いになんてなりません」

「そう言ってもらえると助かるよ。雪花は素直だから、思ったことは口に出さずにはいられないことろがあってさ。悪気はないんだと思う」

「わかります。でも、僕のことが好きではないのも事実ですけどね」


 滝椿は困ったように苦笑いを浮かべた。あれだけの敵意と暴言をぶつけられても、その人の好さを言える人こそごく少数だと思う。滝椿は相も変わらず良い意味で底がしれない。

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