確かな気持ちと見えない絆
午後の授業とホームルームが終わり、他愛の無い話を交わしながら昇降口へと向かう同級生の姿を横目に見ていた。どの人も顔なじみになり、中には穂乃香に告白した人もいた。
既に半年も前になると、振られたことは過去の出来事になる。彼も、彼の友達も、当時の記憶は薄れているだろう。けど、俺は今も鮮明に覚えている。あの時の悲しそうな、今にも泣き出しそうな苦笑いが忘れられない。
多くの人を見てきた。
旧体育館の隣で行われる儀式のような簡素なやりとりで、多くの人の想いが断られていく瞬間を目にしてきた。無理を承知で告白した人が大半だとしても、その後のダメージはそれぞれだった。
意外とあっけらかんとしている人もいれば、しばらくの間、ショックを隠し切れず思いつめる人もいた。友人は腫物を扱うようにして慰めたり、同情したり、時には共感したりしていた。その傷も時が経つにつれて癒えて、何れは完治する。
告白という枠の中でも、人によって違いがあった。
緊張している人。決心したような面持ちの人。終始、目を合わせられず足元を見ている人。勢いのまま話す人。自身の気持ちを上手く言葉に出せない人。
その誰もが必ず〝好き〟だと言葉にしていた。
何度も交わされる同じような光景を眺めていると、ふと思うことがあった。仮に、目の前の彼ではなく、俺だったらどう思うのか、と。遠目から見ているだけで話したこともなく、所詮は他人事だと思っていても、どこかで共感してしまう瞬間があった。
きっと何日も、何日も。思い悩んで、戸惑って、躊躇って――。それでも気持ちを伝えようと手紙を書いた。
想いを伝える行為は勇気がいる。
それを知らぬまま、俺には関係ないと思い込み、彼らを軽んじていた。迷惑だとさえ思っていた。同じ立場ではないにしても、ようやく彼等の気持ちが理解できた気がする。
想いを伝えるのは怖い。それでも、伝えずにはいられない。
不思議だと思う。相反する感情を抱えつつも、どちらかを選んでいる。想いの大きさはあまり関係がなくて、悩み疲れたように、どこか吹っ切れたように勢いのまま歩き出している。今の俺も、そうなんだと思う。
一階へ降りて行く人の波から外れて階段を上る。一段一段ゆっくりと慎重に上っていけば声は遠くなり、それに比例して荒くなっていく呼吸音がよく聞こえてくる。数日前から感じていた体調の悪さがここに来て悪化している感覚が確かにあった。保健室の先生が言っていたように休んだ方がいいとは思う。けど、引き返そうとは思えなかった。
四階へ着き、ドアノブを回し鉄のドアを押し開けると西日が目に刺さった。少し前まで茜色に染まっていた空は明るく、太陽はまだ高い所にある。徐々に気温も高くなってきている。もうすぐそこまで夏が迫っているらしい。
この時間帯でも日差しの下は暑く、いつも食事をしている日陰へと避難してコンクリートの床に腰を下ろした。金網のフェンスに背を預け、正面の青い空へと視線を向けながらそっと息を吐いた。思っていたよりも体調は悪いらしく、立っているのも辛くなってきていた。それでも、滝椿が来るまで待たなければならない。伝えないといけないことがある。
それに、多少の無理は今に始まったことじゃない。そのほとんどが痛みや怪我ばかりだったけど、それ以上に穂乃香から離れていたこの数日の苦悩を思えばどうってこと無い。きっと、俺よりも穂乃香の方が辛かったに決まっている。弱音は吐けない。
ふと、隅の方に折りたたまれたビニールシートが目に入った。風に飛ばされないように重しの石が乗せられている。この屋上で昼休みを過ごすと決めた次の日に、制服が汚れないようと穂乃香が用意したシート。俺がここを離れている間に置いていくことにしたのかもしれない。
当たり前のことを思った。みんなは変わらずここで昼休みを過ごしていたのだろう、と。どんな会話が交わされていたのか。穂乃香は何を考えていたのか。少しだけ気になった。
ここは特別な場所だった。誰にも邪魔されないお気に入りの場所。冬の風は冷たくて、夏の日差しは暑くて、風の強い日もあれば雨の日もある。過ごしやすい環境とは言い難く、それ故に誰も寄り付かない。何処へ行っても誰かがいて、誰かの目や耳があるような場所では落ち着いて話も出来なかった。この学校でようやく見つけた落ち着ける場所だった。
それが今では近寄りがたい場所になっていた。穂乃香がいるから。みんなに合わせる顔がなかったから。そんな風に言い訳して、話せないから、話したくないから距離を置くことしか出来なかった。
単純に怖かったんだと思う。全てを話して、もし受け入れられてしまったら逃げ場がなかった。決意が揺らいでしまいそうだと感じていた。誰の為に、何の為に。結局、俺の決意なんてその程度のモノだった。俺は弱く、抗っていたいたように見せて逃げているだけ。
雪花や夕貴の言っていたことは間違いじゃない。だからこそ、受け入れられなかった。
最初から無理があった。自分の中にあっても感情は思い通りになってくれない。それに気付くまで時間が掛かった。ずいぶんと遠回りしてきた気がする。
ようやく答えを見つけた時にはズボンのベルトの穴が一つきつくなった。不規則な生活をしていれば体調も悪くもなる。自業自得なのだろう。
でも、遠回りしたおかげで、ずっと心の奥底にしまい込んで目を逸らしていた気持ちと正面から向き合うことが出来た。それだけで十分な成果だと今ならそう思える。
この数日の間、みんなには色々と心配を掛けてきた。謝らないといけない。話をしないといけない。明日にでも、そうしようと思った。




