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ふれられないもの  作者: 柳
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決断ゆえに8

 

「偶然だね」


 一人、校舎を出て正門を通り過ぎると声を掛けられた。少し前から追いかけてくる人の足音には気付いていた。それを偶然とは言えない。指摘したところで意味はなく、振り返った先にいる成瀬に向かって、何か用かと尋ねた。


「付いてきて」


 言うが早いか、成瀬は俺の右手を取ると、帰り道とは違う方向へ歩みを進めた。


 穂乃香のこと頼んでいいか。放課後の教室で滝椿にそう告げた。滝椿は何も言わず快く了承し、俺は逃げるように教室を出た。また、穂乃香から逃げた。けれどそれは一時のことでしかなく、家に帰れば必ず顔を合わせることになる。後ろめたさもある。それでも、家に帰りたくなかった。


 成瀬の後ろを歩いてしばらく、たどり着いた先は古いゲームセンターだった。所々水色らしき外装が剥げており、看板に書かれているのだろう店の名前は読めなかった。


 成瀬の後に続いて店に入る。平日の夕方だからなのか、店内は閑散としていた。道の両サイドに置かれた魅力のない景品が入ったUFOキャッチャーを素通りして奥へと進んでいくと、ガラス扉を隔てた先にバッティングコーナーがあった。


「体動かせば気分もスッキリするから」


 備え付けのベンチにカバンを置いた成瀬は、百キロと書かれたケージの中へ入っていた。機械に百円玉を入れ、バットを構えてしばらく、正面からボールが飛んでくる。慣れているのだろう、構えもしっかりとしていてスイングも悪くなかった。けれど、ボールは前には飛ばず、音だけが響いていた。


「ほら、隣入りなよ」


 成瀬に促され隣のケージに入った。同じように百円玉を機械に入れ、備え付けのバットを手に取り、後はボールが来るのをバッターボックスで待つ。正面の赤いランプが点灯し、正面の小さな穴から発射されたボールがこちら目掛けて飛んでくる。タイミングを合わせバットを振れば、手に痺れる感覚と共にボールの当たる音が響いた。音は大きかったが芯を捉えきれていなかったらしく左に逸れていった。休む間もなく次に備え構える。


 隣で成瀬が何かを言っているようだったが、うまく聞き取れなかった。ただ、ボールがやってくるのを待ち、全力でバットを振る。体を動かして一つの事に集中すれば雑念が入る余地がなくなる。ふとした言動や行動で穂乃香が呼び出されることがない。バットを振っている間は何も考えなくて良かった。


 ランプが消えれば終わりを意味する。再び百円玉を入れ、ひたすらボールを打ち続ける。それを何度か繰り返した時だった。近くで争うような声が聞こえてきた。


 聞き覚えのある声と複数人の知らない男の声。視線を向ければ成瀬に向かい合う形で、近くの男子校の制服を着た三人の男がいた。そのうちの一人が成瀬の腕を掴んでいた。嫌な予感がした。バットを置いてケージを出ると両者の声がより鮮明に聞こえてくる。


「カラオケ行こうよ、カラオケ。どうせ暇してんでしょ? 俺たちが奢るからさ」


 と、腕を掴んでいる男が言った。


「嫌だって言ってるでしょ。放してよ」

「前誘った時も駄目だったじゃん。今日ぐらいいいだろ?」

「今日も駄目なんだって」


 話からして顔見知りなのだろう。男は馴れ馴れしく、けれど成瀬は心底嫌がっているようだった。その光景に既視感があった。


「どうして? 暇してんじゃないの?」

「暇じゃない。いい加減放して」


 それが何時のことなのか思い出せないまま成瀬のもとにたどり着いた。話に夢中だったのだろう。手の届く距離になってようやく男達は俺の存在を認識した。


「何してんだよ、お前は」


 注意がこっちに向いている隙に、成瀬を掴んでいた男の手を強引に引きはがし、面倒事にならないよう一応、俺の背後へと移動させた。


「近くにいるんだから呼べよ」


 男達に目を向けたまま俺は言った。


「……ごめん。迷惑掛けたくなかったから」


 さっきまでの威勢はどこへ行ってしまったのか、まるで借りてきた猫のように大人しくなっていた。たぶん、俺の介入は成瀬の本意ではなかったのだろう。だから助けを求めず一人で対処しようとしていた。だが、こいつらは知り合いだという理由で執拗に迫っていた。言っても聞く耳を持たない輩に見えたからこそ近付いた。


「え、なに? 彼氏と一緒だったの?」


 男の一人が言った。


「だったら初めから言ってよ。そしたら誘わなかったのに。あーあ、時間無駄にした。なあ?」


 だよな、と二人の男も同意する言葉を告げた。全部成瀬が悪いのだと。


「こんなことでデートするから勘違いすんだろ。彼氏なら、ちゃんとしたとこ連れて行けよな」


 金ないんだろ。と後ろの一人が言って笑った。別れたら俺と付き合いなよ、金ならあるからさ。ともう一人が言った。成瀬を軽んじていた。いい加減頭にきた。


「勘違いしてるとこ悪いんだが、俺は彼氏でも何でもない」


 咄嗟に口にしていた。勘違いしたままの方が穏便に済んだのに。言葉にしていた。


「じゃあなに? 友達? なら邪魔しないでくれる? これから遊びに行くんだからさ」


 笑いを収めた男は邪魔だと言うように、俺を払いのけようと腕が突き出した。本気ではなかったのだろう。あくまで牽制であり、あまり意識していない行動だった。故に軌道は読みやすく、躱すことも容易だった。


 半歩後ろに下がりつつ、無防備な腕を掴んでこちら側に引っ張れば、男は呆気なくバランスを崩して前のめりに倒れた。受け身も取れずコンクリートに顔を擦り付け、尻を突き出すような格好になっている。


 その光景を見ていた男たちは怒りの感情を俺に向けていた。ふぜけんな。そんな言葉をぶつけると同時に向かってくる。その後はただの喧嘩になった。殴られれば殴り返し、蹴られれば転ばして踏みつけた。


 人数不利から背後を取られ両腕を拘束されることもあった。そういう時は経験上、後頭部を背後にいる男の鼻っ柱に向けてぶつければ、相手は強烈な痛みに拘束を解いて鼻を抑えた。抑えた指の間からは真っ赤な血が流れていた。この男はもう立ち上がれないだろう。


 目の前で仲間が酷い目に合えば怒りが膨れ上がるのが当然で、沸騰した頭に倫理観はなくなっていく。そして男は近くにある武器を手に取るが、慣れていなければ動きそのものは遅く単調になる。振り下ろされるバットを躱しつつ懐に入ったが、まだ男はバットを手放さないかった。


 両腕が塞がっている為にガードも取れない。がら空きとなった腹部目掛けて何度も拳をねじ込めば、男は苦悶の表所を浮かべつつパットを手放した。これで二人目。


 残った男の顔は青ざめていた。握りしめていたはずのバットはだらんと下を向き、両足は小刻みに震えている。


 既に戦意は喪失しているのだが、手は休めない。二度と因縁を吹っかけてこないように痛めつけなければこの喧嘩は終わらない。もちろん刑事事件になるほどの傷は負わせない。あくまで痛みを痛みとして感じるように手を加える。それで終わる。


「もういいから」


 引き留めるように成瀬が腰にしがみついていた。


「お願いだから、もう……やめて」


 頭に上っていた血がすっと下がっていくのを感じた。成瀬は涙を流しながら俺の手を掴んで座り込んでいた。やってしまった、と後悔しても状況は何一つとして変わらない。目の前には蹲る二人の男と、戦意を喪失したもう一人の男いるだけ。俺は事態を余計に酷くしただけではなく、悪質なものに変えてしまった。成瀬の厚意をこんな形で無駄にしてしまった。


「ごめん」


 成瀬を起き上がらせ、手を引いて店を出た。薄暗い夜道をしばらく適当に歩き、ゲームセンターからだいぶ離れたシャッターの下りた店の前のベンチに成瀬を座らせ、俺も隣に腰を下ろした。周囲に人の気配はなく辺りは静かだった。


 最初は成瀬を助けるつもりだった。絡まれているから何とかしなければと思っていた。それがいつの間にか胸に溜まった靄を晴らすための憂さ晴らしになっていた。手を出してきたのは相手の方だとしても、やり過ぎてしまった自覚はある。もっと穏便に済ますことだって出来たかもしれないのに――。


 そういえば、一年ぐらい前にも同じような出来事があったのを思い出した。そう、確かあの日は学校の帰りだった。買い忘れたものがあったから穂乃香をその場に残して俺は店に戻った。買い物を済ませて戻ってくると、数人の男が穂乃香に話し掛けているのが目に入った。後から聞いた話によれば遊びに誘わていたらしい。


 しかし、その時の俺の目には穂乃香を拉致しようとしているようにしか見えなかった。事実、男達は示し合わせたかのように穂乃香を取り囲み、逃げ道を塞いでいた。


 悪質だと感じた。その時手に持っていた玉ねぎは硬く、袋に入れたまま振り回せば遠心力の力も相まって丁度いい鈍器となった。最短距離で近付き、一番近くにいた男の膝目掛けてぶつけた。


 突如として襲った痛みに男は腰を曲げ、手で膝を抑えれば取り囲んでいた一角が割れた。瞬時に穂乃香の手を引いて逃げ出した。それで男達が諦めてくれれば良かったが、そううまくも行かず、穂乃香を安全な場所へ避難させた後、俺は人目につかない場所へと足を向けた。その日は今日のようにはいかなくて、怪我を隠しきれず、家で待っていた穂乃香に叱られた。


 そんなこともあった。穂乃香は今、何をしているのだろうか。もう、夕飯を作り終えているだろうか。帰ってこない俺を心配しているだろうか。そんなことばかりが頭の中をぐるぐると回っていた。


「ごめんね」


 少しは落ち着いたのか、ようやく成瀬が口を開いてくれた。謝らなければいけないのは俺で、成瀬は何も悪くない。そう言おうかと思ったが、余計に気を使わせてしまいそうだったのでやめておいた。


「ひとりで帰れるか?」


 と俺は尋ねた。


「うん。大丈夫」


 成瀬は立ち上がり、またね、と言って背を向けた。夜に一人で帰らせるのは心配だったが、俺が傍に居れば気も休まらないだろうと、成瀬の後ろ姿が見えなくなるまでその場に居続けた。

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