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ふれられないもの  作者: 柳
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決断ゆえに7

 

 昼休みになっても俺は自分の席から立ち上がらず、やってきた滝椿と夕貴に、これからは屋上に行くつもりはないと伝えた。滝椿は了承し、夕貴は何か言いたそうな顔をしていた。二人の背中を見送ってから席を立った。


 何処へ行こうかと考えた時、まず浮かんできたのが食堂だった。屋上から一番離れた場所にあり、食事をするなら最も適している場所ではあった。ただ、それほど広いわけではないのにも関わらず常に八割以上の席が埋まり、窮屈で騒がしく居心地が悪い場所という印象だった。今までは利用しようとすら思わなかったが、他に行く場所がないのだから多少の不満は我慢するしかない。


 ガラス扉を押して一歩踏み入れればやはり騒がしい。厨房には二人の中年女性が料理を提供しているらしく、カウンター前には注文を待つ生徒が数人いた。これから注文して待っているのも面倒だったので、カウンターの横に置かれている出来合いのサンドイッチとパックの牛乳を買った。


 近くの席は埋まっており、空いている席を探せば出入口から離れた隅の方の見えない位置に一つだけあった。ようやく落ち着けると思いつつ、二人掛けのテーブルに着いて一息入れたタイミングで、こちらの許可もなく向かいの席に誰かが座った。


「ここ、いいよね」


 顔を上げるまでもなく、その声と、相手の了承も得ないままに勝手な行動をとる人物に一致する人物は一人しか思い浮かばない。後を付いてきたのか、滝椿から聞いたのかは知らないが、一人になりたくてわざわざ食堂まで足を運んだ苦労が無駄になった。


「どうしてここにいるんだよ」


 不満を込めつつ、サンドイッチの包装を破いて口に含む。中身を確認しないまま買ったので、食べてみて一つ目が玉子サンドだと知った。悪くはないものの特別美味しいとは思えなかった。


「話をしたいの。聞きたいことがあるから」


 いずれはその話も出るだろうと予想していたが、こうも躊躇いなく踏み込んでくるとは思わなかった。どんな場所でも相手でも臆さない態度は成瀬らしいが、幾ら問われても話さないし話せない。そう言い続けたとしても成瀬は諦めないだろう。執拗な質問攻めを受ける光景が容易に想像できてしまい、これからのことを考えると話す前から疲れてくる。


「託真くんと穂乃香ちゃんとの間に何かがあったのは見ててわかるよ」


 そう切り出した成瀬の話に、身体だけは向き合いつつ顔と視線は横に向けた。


「私なんかが口を出すべきじゃないっていうのもわかってるつもり。無関係な人が間に入って余計に拗れるなんてよくあることだし、私が託真くんと同じ立場ならほっといて欲しいって思う。でも、このままはよくないよ」


 幾重もの談笑が交差する食堂で、それほど大きくない成瀬の声がどうしてか耳に残る。


「夕貴くんも滝椿くんも知らないみたいだし、雪花さんは話すらしたくないみたいように見える。穂乃香ちゃんには、訊けそうにないし」


 相手の心情などお構いなしに振る舞い、自身の感情を優先する成瀬でも、雪花と穂乃香には尋ねられなかったらしい。


 夕貴は俺を気遣ってか何も聞こうとはしなかった。雪花とは話し合いの途中で喧嘩になった。唯一事情を知っている滝椿は話さないし、穂乃香は今も戸惑っているのだろう。だから、成瀬は俺のところへ来た。


「話したくない? あたしに出来ること、ない?」


 いくら話し掛けられようと、執拗に迫られたとしても、断固として反応しないと逸らしていた視線が成瀬に向く。その先には、聞こえてくる声と同じくらい心配そうな顔があった。どうしてなのかと疑問に思った。


 成瀬が俺の前に現れた瞬間、やっぱり来たのか、と疲れを含んだ溜息が漏れた。それは、俺と穂乃香の不可解な現状を知る為に、こちらを配慮しない一方的な質問が続くのかと思っていたからだ。なのに、聞こえてきたのは懇願しているかのような声だった。


 無関係であるはずの成瀬が悩む必要なんて僅かもない。


「お前が気にすることじゃない。これは俺たちの問題だから。だから、放っておいてくれ」


 突き放そうとしても、成瀬が引くとこはないのだろうと言いながらも思っていた。


「よくないよ。みんな辛そうな顔している。空気も悪くて、滝椿くんが何とか会話を繋いでいるけど、それでも良くなってない」


 頭上にあるのだろう。その光景を想像して気が滅入る。


「その中でも穂乃香ちゃんが一番辛そうだけど、一番苦しんでいるのは託真くんだと思うから」

「……どうしてそうなるんだよ」

「自分じゃわからないかもしれないけど、そんな顔見せられて、何もするなって言われても無理だよ」


 成瀬の言うそんな顔とはどんな顔なのだろうか。まさかとは思うが、まるで被害者の一人であるかのような、誰かに救いを求めるような表情なのだろうか。だとしたら、あまりにも自分が情けなく、そして卑怯者の所業だと思った。


 食堂の手洗い場には鏡があり、席を立てばすぐに自分の顔を確認できる。けれど俺は席に座ったまま動かなかった。もし、鏡に映し出される顔が少しでも感情を表に出しているのだとしたら、俺は、これからどんな顔をすればいいのかわからなくなる。成瀬がなんと言おうと、内側で様々な感情が渦巻いていようと、外面だけは整えなくてはならない。


「勘違いだ」

「ううん。そんなことない。あたしはずっと託真くんを見てきた。だからわかるんだよ」

「俺が〝そうじゃない〟と言っている。お前の思い込みを押し付けないでくれ」


 酷い物言いだ。俺を心配して、みんなを心配して、ここに来て、自分に出来ることはないのかとまで言ってくれた人の想いを、俺は踏みにじっている。それが必要なことだからと言い訳にして目を背けている。


「話せなくてもいい。あたしに出来る事があったら言ってほしいから、少しでも託真くんの助けになりたい」

「だったら。ひとりにしてくれないか。今は誰とも話したくない」


 差し出された優しさを受け入れるわけにはいかない。滝椿に言われ、俺がそうするべきだと望んだ結果、穂乃香を苦しめてみんなに迷惑を掛けている。始めたのも行動したのも俺の意思なのだから、全て受け止めなければならない。辛いからって助けてもらってはいけないんだよ。


「それは無理だよ」


 やはり、というべきか成瀬は引き下がらなかった。


「どうして」

「だって、今のあなたをひとりにしておけないよ」


 もう少し前であれば、成瀬を知る以前であったのならば、俺はもっと非情な行動と言動で相手を突っぱねたのだろう。成瀬の性格を知り、想いを知り、好ましいと思える瞬間があった。


 時に煩くて、煩わしくて、苛立つ時も多い成瀬だけど、それでも信頼の置ける友達だと思うようになった。ここにいて欲しくないのに、傍に居てくれることに安堵している自分が確かにいた。それでも話すことは出来なくて、その後は終始無言のまま昼休みが過ぎた。

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