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ふれられないもの  作者: 柳
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修学旅行とそれぞれの想い8

 

 夕食の時間が迫り夕貴と共に部屋を出ると、食堂へと続く廊下には体操着姿の生徒で溢れていた。入り口で詰まっているのか、歩みは緩やかだった。


 時間が掛かりそうだなと思いつつ列の最後尾に並ぶと、視線の少し先、列から外れたホテル内にある売店に見慣れた後姿を見つけた。一日も経っていないのにひどく懐かしく感じる。隣には雪花の姿もあり、二人で何かを見つめらがら話していた。


 話し掛けようとしても列の進みは一向に改善されず、売店に着いた時には穂乃香の姿はなくなっていた。残念に思いつつ、何を見ていたのだろうと列から外れ売店に立ち寄ってみた。


 穂乃香と雪花が見ていたのは四つ葉のクローバーの形をした、葉の部分がピンク色の小さいキーホルダーだったらしい。少し幼くも感じたが、可愛らしいフォルムは穂乃香に似合いそうだと思えた。ただ見ていただけかもしれないが値段も手頃で、もし間違っていたとしても損はないと、色違いの雪花の分も買って上着のポケットに仕舞った。


 食堂の座席は各クラスごとのテーブルに分かれているらしく、人のいない端の方へ腰を下ろす。〝すごい豪華だね〟目の前の料理を前に、夕貴が感嘆するように言った。確かに、繊細で色彩豊かな夕食は、昼食の時のような見慣れた弁当などとは比べるまでもなく、器までもがお洒落な小鉢に入っている。テレビや雑誌でしか見たことのない料理は匂いまでも美味しく感じるらしい。


 少し離れた席では友人に囲まれるようにして座っている滝椿を見つけた。相変わらず人気者だなと心の中で呟きつつ、穂乃香のクラスのテーブルへ視線を向ければ、すぐに雪花と楽しそうに談笑している穂乃香を見つけた。


 何を話しているのだろう。話声が聞こえないが、ここから見た限り顔色は悪くなさそうで安心した。


 しばらくして、学年主任である谷村がマイクを持って長々と話をし始めた。せっかくの旅行が、谷村の存在一つで憂鬱な気分になるというのに、同じような注意事項を繰り返すので余計に堪える。


 長いご高説のおかげで、予定時刻よりも十分遅れで夕食が始まり、和気あいあいとしていた食堂の空気がやや沈んだのは気のせいではないだろう。気分を新たに夕食に箸を伸ばせばどの料理も美味しく、谷村の存在などすぐに忘れさせてくれた。


 夕食の後は一度部屋に戻り、大浴場へ向かった。就寝時間までの自由時間内であれば、いつでも大浴場の利用は許可されている。食後であれば人も少ないだろうと話していると滝椿が合流した。


 着替えを持ち大浴場へ入れば予想通り人は少なく、中年男性が湯に浸かっているだけだった。しばらくは静かになる。そうそうに身体を洗い、入った時から気になっていた露天風呂へと足を向けた。


 夜空が望める露天風呂のお湯は乳白色をしていた。ミルクのような柔らかい色をしているのとは裏腹に温度は高い。それでも耐えられないほどの高温というわけではなかったが、どうも夕貴にはこの熱さが苦手らしく、残念そうに室内の浴場へ戻っていった。隣の滝椿は平気な様子で、座ったままの姿勢で夜空を眺めている。


 少し高めの温度も慣れれば心地よく体の芯まで温まるようだった。自然と溜息が零れ、顔を上げれば夜空が見える。家の風呂では味わえない特別な場所にいるような感覚があった。


 言葉もなく、静かに湯に身を委ねてしばらくすれば、浴場にやってくる人の数も徐々に増えてくる。露天風呂に足を向ける人も何人かいた。そのうちの一人、同じ学年だということは何となく覚えているものの、あまり印象のない同級生が声を掛けてきた。彼は視線を湯に落としたまま、落ち着きのない素振りで距離を詰めてきたっきり、一向に要件を話そうとしない。


「どうしました?」


 と、滝椿が話す切っ掛けを与えてようやく彼は口を開いた。


「えっと、成瀬さんのことで聞きたいことがあるんだけど……。少し前から、桜井くんと仲良くなったよね?」


 どうやらその質問は俺に向けられているらしい。どのような意図があっての質問なのかは知らないが、彼は最近までの俺と成瀬の関係を知ってる。見ていたのか聞いていたのか。どちらにしても余計な詮索をされていい気はしない。


「今はそれほど悪くはないけど。それで? 何が言いたい?」

「つ、付き合ってたりするのかなぁ? って……思ってたりして」

「付き合ってないけど」


 そう答えると彼は〝そう、なんだ。ありがとう〟とだけ言い残し、最後まで視線を合わせないまま露天風呂から出て行った。何だったんだ、と不審に思っていれば、順番待ちをしていたかのようにまた声を掛けれられる。今度は同じ組の背の低い男。


「佐藤さんって誰かと付き合ってたとか、好きな人いたりするか聞いてたりする?」


 滝椿と知り合いなのか軽い調子で尋ねている。


「……そういう話は聞きませんね。ですよね?」


 と、俺に同意を求めてきたので、まあ、そうだな、と返す。それだけ聞くと男は何かをぶつぶつと呟きながら離れていった。用件はそれだけだったらしく、せっかくの露天風呂に目もくれず浴室へ戻っていった。静かになるからそれでも構わないが、こんなにも気持ちいいのに勿体ない。


「張り切ってますね」


 再び二人っきりになったタイミングで滝椿が呟いた。


「張り切るって何をだよ」

「修学旅行という絶好の機会ですから。このタイミングで告白をしようと思っているのかもしれません」

「ああ。告白、ねえ……」


 滝椿の言うことが当たっているなら、近いうちに雪花と成瀬は告白されるのだろう。可哀想に。告白するタイミングは人それぞれだろうし、その人の勝手なのだろう。けれど、別に修学旅行中じゃなくてもいいのに、とは思う。成功するならともかく、断られたらこの先の旅行が楽しくなくなるだろうに。


「そろそろ上がりますね、託真くんはどうしますか?」


 浴室にいる夕貴はまだ上がる様子はなく、自分ももう少しだけ残ると告げた。

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