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ふれられないもの  作者: 柳
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日常6

 

 午前の授業を全て終えて昼休みになる。特に身体を動かしたわけではないのに何故だか腹が減る。単純に時間が経ったからなのか、それとも穂乃香の弁当が楽しみなのか。たぶんどちらもなのだろう。


 席を立つと夕貴が駆け寄ってくる。そのまま並んで教室を出て穂乃香と雪花の教室へ向かう。二つの教室の前を通りすぎ、適当な場所で二人が来るのを待った。


「決めたことがあるんだ」


 ここへ来るまで不自然に黙っていた夕貴が唐突に口を開いた。隣へ顔を向ければ、横顔から見える瞳は真っ直ぐ前を向いていた。


「言葉でいくら言っても魅力って伝わりづらいと思うんだ。だから今度、山に行こう」


 真剣な声は俺に向けられている。やまって、と俺が呟くと夕貴がぱっとこちらを向いた。


「すっごく星が綺麗なんだよ。それにコーヒーも旨い」


 輝かせんばかりの期待の眼差しに居た堪れなくなり、俺は視線を逸らした。滅多にない夕貴の誘いだからこそ応えたい気持ちはある。だが、深夜まで続くとなると頷けない。どうしたものかとしばし悩む。


「お待たせ」


 雪花の声と共に悪くないタイミングで二人が合流し、また今度、と言って夕貴との話を強制的に終わらせた。隣には弁当箱を二つ大事そうに胸に抱えた穂乃香がいる。表情ともに朝見た時と変わりないことを確認し、弁当箱を受け取り四人で歩き始める。


 俺の隣には少し不満そうな夕貴が並び、背中に隠れる穂乃香に雪花が寄り添う。四人揃うと余計に目立つのか、通り過ぎっていく誰もがこちらに視線を向けてくる。何を見ているのかは視線を追わずとも知っている。気にすることも馬鹿らしいと、淡々と歩みを進める。


 二階から三階へと進み、最上階の四階へとたどり着けば屋上へ続く扉がある。ドアノブを回して屋上へと足を踏み入れれば、柔らかい風がふっと通り抜けた。視線の先にはコンクリートの床と屋上をぐるりと囲うフェンスがあり、頭上には青空がただただ広がっている。多少の汚れを気にしなければ、静かで落ち着ける場所だった。


 そして人気のない屋上は、穂乃香にとって気の休まる唯一の場所でもある。校内では小さく、隠れるように過ごしている穂乃香もここでは家のように振る舞えた。この場所は大切にしたい。


 屋上の左側には日差し除けのトタンの屋根があり、その下で穂乃香がシートを広げる。気温は高いものの、日陰であればそれほど暑さを感じることはなく、なかなかに過ごしやすい。上履きを脱いで適当に腰を下ろせば、隣に穂乃香が座る。赤い包みの弁当箱を渡し、いただきます、と一言告げて青い包みを解き蓋を開ける。穂乃香の手作りである弁当は実に女の子らしく、とても可愛らしいものになっている。定番で言えばタコさんウインナーとか、ウサギの林檎など。


「いつも穂乃香ちゃんがお弁当作っているんだよね?」


 ふと雪花が弁当の話を振った。


「羨ましいなあー。私、料理まったく出来ないから」

「雪花ちゃんは練習すれば上手になるよ。私も初めは下手だったから」


 穂乃香の発言に違和感を覚えたが、口には出さなかった。下手だと言っていた穂乃香の初めての料理は、誰に出しても文句などない出来だった。文句を言う人がいれば叩き出しているのだが、今の所それはない。


「そうなんだ、意外」

「雪花ちゃんは器用だから、すぐに出来るようになるよ」


 それから話は広がり、雪花に穂乃香が料理を教えることになっていた。簡単な料理からお願いね、と雪花が言い、穂乃香は小さく頷いていた。なんとものんびりとした会話が流れている。ここに無粋な視線はなく、コンクリートの床と青い空がだけがある。


 邪魔をする者もいない。ここには裏がない。棘もなければ嘘もない。二人の会話を聞いていると安心できる。心穏やかでいられるこの時間は、俺にとっても安息の地と言えた。


「でも無理はしなくていいからね。私って飽きやすいから」


 そう言いながら、雪花は肉団子をぱくりと口に入れた。女の子らしからぬ大きな口開けて食べる様は、何とも間抜けに見える。けれど変に飾らず、繕わない雪花の姿は魅力的でもある。それを、俺たちだけが知っているのはもったいないと常々思っているのだが、それを俺が言うのは間違っている。


 雪花は同年代の男に対し〝過剰な冷たい対応〟を貫き、安易には近づかせない空気を作り、徹底的に他者を受け入れない。男嫌いだとか、過去に虐められた、という理由で距離をとっているのではなく、その行動の全てが穂乃香の為になる。迂闊に近寄らせれば、僅かであってもその隙間から男どもが群がってくる。だから雪花は友達の為に悪役を演じている。


 それを自然体でやっているのだから器用な奴だと常々思う。もし、真実を穂乃香が知ったとすれば絶対に気にするに決まっているし、やめさせようとするだろう。それが自分の為だとわかってしまうのだから尚更だ。だから絶対に気づかれてはいけない。


 例え、雪花が好きでやっていると言っても、穂乃香ならきっと自分がいると迷惑になると判断し、自ら雪花の隣を離れていく可能性もある。そう考えるのは、もし俺が穂乃香の立場なら同じことを考えるからだ。


 大ぴらに文句を言う奴こそ少ないが、見ていればなんとなく、雪花の存在を邪魔だと思っている男は少なくはない。そのことがわかるのはきっと、俺が雪花と同じ立場にいるからなのだろう。


 もしも、本当に困ったことになった時は俺が動けばいいだけの話であり、余計なことをする必要はない。それも、一度雪花と話したことで納得している。


「作ったことのある料理はあるの?」


 と、穂乃香が訊けば、


「家庭科の授業くらいしかしたことなくて」


 と、雪花が答えていた。どうやらさっきの〝料理が出来ない〟と言った発言は謙遜ではなく、本当に料理ができないのだろう。さらに言うなら、経験がないから勝手がわからないのだろう。


 普段の言動からはしても、家の手伝いをしているようには感じられなく、親にお願いされても、ごめん、今手が離せない、とベットで寝転がりながら漫画を読んでいる光景が目に浮かぶ。堕落したイメージしか浮かばない。


「何よ」


 なにやら文句を言いたそうな視線が俺に向けれている。二人の会話に割って入るつもりはなかったが、心の声が漏れていたらしい。


「託さんは〝料理〟出来るの?」


 何も言っていないはずだが、どうしてか挑発るすような口調で雪花が言った。


「穂乃香ほどじゃないが、出来なくはない」

「言葉ではなんとでも言えるわね」


 疑いの視線を向けられているが、俺は事実を言っている。

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