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ふれられないもの  作者: 柳
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修学旅行とそれぞれの想い3

 

 向けられた真剣な眼差は、まるで睨みつけているようで、穂乃香はもちろんのこと、雪花にもない挑戦的な鋭さがある。こちらの都合を考えない態度も、こいつの性格なのだと思えば納得できる。女子のグループではさぞ発言力の大きい存在なのだろう。もしくは、その意思の強さ故に孤立しているのか。


「託真くんは、誰かと付き合っていますか?」


 何を言い出すのかと思えばくだらない。考えるまでもなく、いや、と返す。


「好きな人はいますか?」


 その質問に一瞬言葉が詰まったものの、誤魔化すのは容易い。


「別にいない」

「……そう。いないのね。少し間があったのは気になるけど」


 言うほどの間はなかったと思うのだが。あったとしても、その一瞬に意味があるとは誰も思わないだろう。妙なところに気付く女だ。こいつと話せば面倒なことになる予感があり、早々に終わらそうと決めた。


「言いたいことがあるなら早くしてくれ」


 と投げやりに、あからさまな態度で言えば、女は躊躇いもなく告げた。


「あなたが好きです。私と付き合ってください」


 俺を連れ出した用件はどうやら愛の告白だったらしい。もっとも、場所も、時間も、空気も、周囲の騒音も、そして俺の心情も最悪な状況下で好きだと言われても心に響くわけもない。


 告白された経験は何度かあった。でも、こんなにもあっさりとした、想いの感じられない軽い言葉を告げられたのは初めてだった。


 勘繰る以前の問題。その言葉の裏の存在をどう受け止めればいいのか迷う。なんにしても言うことは決まっていた。女がそうであったように、何の感情もなく断りの返事をすれば不満そうな顔が俺を見つめていた。


「なんで? 付き合っている人も、好きな人もいないんでしょ?」

「だからって、お前と付き合うことにはならない」

「堅い事言わないで、とりあえず付き合ってみればいいじゃん」


 相手に想いを伝える行為はこんなにも軽いものだったのだろうか。世の恋愛事情に疎いのは自覚しているものの、これでいいとは思えない。そろそろこのやりとりも面倒臭くなってきた。


「用件は終わっただろ」


 そう言い残し、相手の返事も待たず踵を返し屋上に向かった。あの女が何を考えているのかはさっぱりだったが、まったくもって無駄な時間としか言えない。もし、何かしらの魂胆があって俺に近づいてきたのだとすれば、また接触してくるだろう。


 そろそろ穂乃香が心配しているだろう。すでに昼休みも半分を過ぎている。穂乃香が作ってくれた弁当を残すわけにはいかない。最悪、中休みの合間で食べれば問題はないが、味わって食べなくては作ってくれた穂乃香に申し訳ない。今戻れば時間に余裕がある。だから、気付かない振りをしていた。


 無視していればいずれは諦めると思っていた。それは俺の誤算だったらしい。さっきの女が同じ足音をたてながら付いてきている。いつまでも付いてくるので、さすがに足を止めざるおえなくなる。


「まだ何かあるのか」


 あれだけ辛辣にあしらったにも関わらず、まだ付いてくるこの女の執拗さに苛立ちを覚える。それを前面に押し出せば、女もむっとした顔をしていた。


「まだ諦めてない」

「付いてこられても迷惑だ」


 これ以上の何を言えばこいつは諦めてくれるのだろうか。いい加減うんざりしていると、意外な言葉が聞こえた。


「ごめんなさい」


 あれだけ雑な告白だったのに、その謝罪には申し訳なさが伝わってきた。ほんと、わかんねえ女だな、と思えば、次の言葉でますますわからなくなる。


「なら、私と友達になって」


 こいつは、何を言っているのだろうか。告白後のパターンとして、友達から、みたいなことを言っているのだろうか。


「それも却下だ」

「どうして? 友達もダメなの?」

「友達って、そうやってなるもんじゃないだろ。もう、追ってくるな」


 また付いてこようが何をしようが、無視することに決めて屋上に向かった。足音は聞こえなくなり、流石に諦めたのかと思いつつ屋上のドアを開けると、真っ先に穂乃香と雪花の視線が俺に注がれた。突然に見知らぬ女子に連れていかれれば気にもなるだろう。逆の立場であれば気になるどころの話ではなく、すぐにでも後を追いかけている。そう考えれば、自分でよかったのだと思えた。


「なんだったの?」


 元居た場所に腰を下ろすと、間を置くことなく雪花が口を開いた。その問いは俺がしたい。終始、意味不明なやり取りだった。あの女の真意は果たして何だったのか。依然として何がしたかったのかもわからなく、どう説明すればいいのかと迷う。まあ、適当に言えばいいかと思った時、あの女の姿が視界に入り溜息が漏れた。


「初めまして」


 諦めたと思っていたのも間違い。悪い意味で期待を裏切ってくれる。ほんと、迷惑だ。


「あたしは成瀬里香。ゆくゆくは桜井君の恋人になりたいと思ってまーす」


 本気か冗談か。その真意は誰にもわからなく、いきなりのことに夕貴と滝椿も会話を止めて成瀬を見ていた。そっと雪花が俺の耳元に口を近付ける。どういうこと? と雪花が問い掛けてきたが、俺にもよくわからない、と言うしかなかった。


「恋人になるとか言ってるよ」

「断ってもしつこく付いてくる」


 言ったそばから成瀬が俺の隣に腰を下ろした。


「諦めないって言ったでしょ?」


 ほんと、どうすればいいんだよ。こいつ。そこらの普通の女子であれば、言葉に棘を含めば寄り付かなくなるはずなのに、こいつはその言葉すら受け止めている。男であれば強硬手段にも出られるのに、女の扱いは難しい。


 女はグループを作る。敵を一人増やせばその人物の輪にいる友達も敵になる。俺が嫌われるなら問題はないが、穂乃香と雪花まで対象になる可能性があるなら、非情な行いはなるべく避けてきた。


「美味しそうだね」


 周囲の困惑をあえて無視しているのか、成瀬は平然と俺の弁当を見つめていた。距離は近く、腕が当たっても気にする素振りはない。何を目的としているのかは知らないが、苛立ちは増すばかり。


「あの、成瀬さん?」


 そんな時、雪花が問いかけた。


「何か用があるのかは知りませんけど、託さんが困っているのがわからない?」


 その口調から察するに雪花と成瀬は初対面のようだが、雪花の言い方に遠慮がない。


「困ってる?」

 と成瀬が俺に問い、

「迷惑だ」

 と即答する。もう何度も言っている。


「ごめんなさい。あたし、周りが見えなくなるところがあるみたい。そんなつもりはまったくなかった」

「だからって、なんでもしていい言い訳にはならない。迷惑なんだよ、お前」


 きつい言葉を向けると、成瀬はへこむように俯き、落ちた髪が表情を隠した。一見して泣いている様にも見えるそれを、そのまま受け取る人がいる。


「謝らないと」

 と、成瀬を擁護するように夕貴が言い。

「そうですよ。どんな理由があっても、女の子を泣かしていい理由などありません」

 と、夕貴に同意するように滝椿言った。


「違うだろ。これは」


 今まで散々な言葉をぶつけてむすっとしていた女が、今更になって泣き出すはずがない。可哀想なアピールこそが成瀬の目的なのだろう。

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