天体観測から見える景色13
それから遅めの朝食をとって、いつまでも目を覚まさない夕貴を起こして山を下りた。お昼過ぎに夕貴の家に着くと、リビングに三人分の昼食が用意してあった。誰が用意したのかは尋ねるまでもなく、お礼を言いたくてもお姉さんの姿は何処にもなかった。食べようか、と夕貴が言いそれぞれ席に着く。具の小さい薄味のカレーは、キャンプに出掛けた俺たちに合わせて作ったのかもしれない。
それからは他愛ない話をしながら使った道具を片付けていく。一通り終えて後は帰るだけになると、最後に書斎を見たいと滝椿が言い出した。それほど時間は掛からないらしく、一足先に玄関へ足を向ける。
階段を下りる途中で、人の気配を感じて顔を上げた。姿が見えないと思っていた夕貴のお姉さんが玄関先に立っている。
ストレートの黒髪が横顔を隠しているので、何処を見ているのかすらわからない。失礼にも、昼間でなければ幽霊に見えていたかもしれないと思ってしまった。なんて声を掛けていいのか迷っていると、お姉さんの顔がすっとこちらに向く。
「お昼、どうだった?」
感情の薄い表情。抑揚のない声。夕貴と似ているようで、まったく似ていないようにも思える顔立ち。青白い肌と病弱そうな身体つきが内面までも脆く感じさせて、ちょっとしたことで壊れてしまいそうだと思った。でも、お姉さんは声を掛けてくれた。慎重に言葉を選ばなくてはならない。
「美味しかったですよ」
「そう……よかった」
囁くような力の無い声が薄暗い家屋に消えていく。それっきり、お姉さんはそっと顔を伏せたままその場から動かず、口を開く気配もない。どうすればいいのかわからなくて、俺もその場で立ち尽くしていた。
他愛無い話ならいくらでも思い浮かんだ。しかし、どの程度まで踏み込んでいいのか判断でない。そして、選んだ言葉が絶対に大丈夫だという確証はない。
お姉さんは精神的に、目に見えない繊細な部分である心を疲弊させている。俺が余計なことを言えば、せっかく前へ進んでいた二人の努力を壊してしまうかもしれない。そう思えば口は重くなり、黙ったままでも気まずくて、お姉さんもそう感じているかもしれなくて――。
この場の気まずい雰囲気が、お姉さんにとって負担となっているかもしれないと思い始めると、ますます何か言わないといけないような気がしてくる。でも、踏み込むことも、引き下がることも出来なくて、その場に留まっている。気付けば、お姉さんが俺を見つめていた。
「ゆうちゃんと遊んでくれて、ありがとうね」
胸が締め付けられる思いだった。病弱そうでも、壊れてしまいそうなほど脆そうに見えても、この人は夕貴のお姉さんで、俺たちに料理を作ってくれて、弟のことを想い、感謝の言葉を告げている。夕貴と似ていないなんてとんでもない。
自分が大変な状態でありながらも、人のことを想いやれる優しさは夕貴と似ている。それに、俺を見つめる綺麗な瞳は夕貴と瓜二つだった。
「俺も、楽しかったです」
言葉を選ぶことなく素直に思ったことを口にすれば、お姉さんは微笑んでくれた。希薄な人だから印象が薄かったが、綺麗な人なのだと今になって気付いた。
「これからも、ゆうちゃんと仲良くしてあげてね」
そう言い残し、お姉さんはゆっくりと廊下の奥へ向かった。俺はただその後ろ姿を見つめ続けた。
解けないなんてことはない。
憶測ではなく楽観視していることもなくて、ある確信を持って断言できるような気がした。お姉さんと夕貴ならこの冷めた家でも仲良く、笑い合えるのではないかと。もしかすると、夕貴の話を俺が重く捉えていただけで、実際はそんなことはないのかもしれない。
夕貴の家を出る時、俺はある確信を持って尋ねてみた。夕貴は迷うことなく答えた。自慢の姉、だと。




