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ふれられないもの  作者: 柳
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天体観測から見える景色12

 

 身体の痛みと不快感で目が覚める。長時間の寝袋とテントの寝心地は、普段柔らかいベットを利用している者には辛いことがわかった。右隣では夕貴が気持ち良さそうに寝息をたてている。左の寝袋にいるはずの滝椿の姿はなかった。


 時刻は朝の九時。穂乃香や雪花からの連絡はなかった。連絡がないということは、危惧していた問題は起きなかったということなのだろう。何かがあったとしても、少なくとも穂乃香は俺のいない夜を乗り越えた。その事実は嬉しくもあり、寂しくもあった。


 携帯をポケットに突っこんでテントから出ると、強い日差しに目元を手で覆う。


「おはようございます」


 眩む視界の中、声のした方に視線を向ければ人の姿があった。まだ眠気の残る頭を抱えたまま、休憩所へ足を向ける。


「早いな」


 いつから起きていたのだろうか。滝椿は昨日とは違う私服姿だった。用意周到というか何というか。


「昨晩はいつの間にか眠ってしまったみたいですから、早くに目が覚めてしまいました。あ、もう少し待っててください」


 滝椿の周りには、キャンプで使用するのだろう調理器具が置いてあった。用途はなんとなく見た目でわかるが、説明も兼ねてそれらの道具を滝椿に教えてもらった。


 ガスカートリッジという燃料と、ストーブという名の道具を用いて火を点け、鍋類もコッヘルという特別な容器を使うらしい。滝椿が作っているのはスープらしく、胃袋を刺激する香辛料のいい匂いが辺りに漂っていた。


「慣れてるんだな」

「いえ、学校行事でやったことがあるだけで素人同然ですよ。少しは勉強してきましたけど、胸を張って言えるほど、大したものではありません」


 滝椿の性格なのかは知らないが、物言いといい取り組む姿勢といい、遊びに来ているには幾らか堅い。


「もっと気を抜いてもいいんじゃないか? そんな頑張らなくても」

「無理はしてませんよ。夕貴さんと出会ってから初めてのことばかりで楽しくて、気が付いたら色々と勉強していただけです」


 鍋の蓋がカタカタと鳴り始めると、滝椿は蓋を開け、見たこともない赤い色の香辛料の瓶を振り掛ける。その後はお玉でゆっくりとかき混ぜていく。


「相談があるのですが、いいですか?」


 躊躇いがちに滝椿が口を開く。


「別に構わないけど」

「相談と言うのは、佐藤さんと穂乃香さんのことです」


 聞いた瞬間、ああ、と納得した。本人には言えないが、そんなことか、と気が緩む。


「夕貴くんや託真くんとは良き友人になれたのに、いつになっても女性陣はなかなか気を緩めてくれなくて、少し困っています」


 そう改めて言われるまでもなく、誰が見たとしても(夕貴を除く)滝椿の扱いは良くはない。ただでさえ雪花は男子に対して強い警戒心を抱いているし、穂乃香は恐怖すら覚えている始末だ。それなりに仲良くなろうとすれば、高い壁を越えなくてならないだろう。滝椿が悩むのもわからなくはない。


「二人は、そうだな……。一度気を許せば仲良くなれると思うけど、それまでは大変かもな」


 俺から言えるアドバイスはそれほど多くない。意識して仲良くなろうとしたわけではなく、勝手に今の関係におさまっていることを言葉では言い表せない。


「託真くんはと佐藤さんはとても親密に見えます。それは性格的に合っているということなのでしょうか?」

「残念だけど俺は参考にならないよ。穂乃香の繋がりで関わったから出会いも印象も違うだろうし」

「では質問を変えます。僕はこれからどうすればいいと思いますか?」


 諦めが早いのか、話が行き詰る前に違う解決策を提案してくる。


「どう、と言われてもな……」


 雪花と穂乃香が滝椿をどう思っているのか。どう感じているのか。それぞれ思うところがあるように思えるものの、それは俺にはわからない。それぞれの気にしている点を理解しなければ、そもそもの直さなければいけない課題すら判然としない。


 良かれと本人に尋ねてみれば、余計に関係を悪化させることにもなりかねない。俺から仲良くしてやってほしい、と仲介してもあまり意味はなさそうに思う。


「地道にやっていくしかないと思うけど」


 時間だけなら有り余るほどにある。その期間の中で、滝椿を見直す切っ掛けもあるかもしれない。もちろん今のまま縮まらない可能性もあるけれど、それは今後の滝椿の行動次第となる。


「今まで努力はしてきたつもりです。仲良くなろうと積極的に働きかけるのが不評だったので止めました。それ以外にも色々と我慢してきました」


 〝みなさんのことを少しでも理解したいです〟。そう滝椿が宣言してから数週間が経った。


 穂乃香が泣いた日に悩み、突き放られるような扱いを受け、立ち去るなら誰も引き止めるつもりはなかった。環境は最悪と言っていいほど悪かったはずなのに滝椿は離れなかった。馴染むように努力をして今も悩んでいる。


 そこまでする理由は謎のままだが、気になる人と仲良くありたいと思う気持ちは誰しもが持つ感情のひとつだろう。単純に、そういうことなのかもしない。


「俺に出来ることがあれば協力する。だから、もっと気楽にしてくれ、疲れるぞ」

「そう言ってくれるだけでも助かります」


 そっと滝椿は頭を下げた。


「これからもよろしくお願いします」

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