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ふれられないもの  作者: 柳
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日常5

 

 もうすぐ教室に着こうかという時に、背後から穂乃香の名前が呼ばれた。振り返れば、佐藤雪花さとうせつかがこちらに向けて手を振っていた。


 長めの髪を後ろで一つ結びにした、すらっとしたスタイルに女子の中では高めの背丈。竹を割ったような性格の持ち主であり、穂乃香とは親友といても差し支えのないくらい仲が良く、校内ではいつも穂乃香と一緒にいる為、俺ともそれなりの付き合いがある。美少女である穂乃香と並べてしまえば劣ってしまうが、顔立ちは綺麗だと言える。


「雪花ちゃん。おはよう」


 彼女の存在は穂乃香にとってはとても大きく、会った瞬間に強張っていた顔からは緊張が消えている。こんな風に安心できる相手は限られている。


「穂乃香ちゃん、託さん。おはよう。相変わらず仲いいね、二人は」


 朝から元気のいい挨拶に、毎度ながらの余計な言動に呆れながら、おはよう、とだけ返しておく。


「今日は否定しないのね」


 そんなことを言いながら、雪花が俺を見る。どうしてその言葉を穂乃香に向けないのかと言えば簡単なことで、恥ずかしそうに俯かせればそれで満足なのだろう。要は、俺たちが動揺する様や、慌てて否定する姿を鑑賞したいのだ。毎度のこととはいえ良い性格している。


「当然なことを今更確認する必要はないだろ。それよりも、穂乃香を頼んだ」

「任せといて」


 そう返事をして、雪花は穂乃香の傍に寄る。別れ際に、お昼休みに、と小さい声で穂乃香が言っていた。


「ああ、昼休みにな」


 最後に二人分の弁当箱を渡し、俺は自分の教室へ足を向けた。穂乃香と離れれば視線の数は極端に少なくなる。理由を考えれば当然なのだが、それでも完全ではない。


 俺の隣には穂乃香がいる。そう認識している人が大多数で、事実そうだと言えた。一人になったとしても一瞬目を向けられ、穂乃香が居ないことを確認すると逸らされる。


 煩わしいが、そんな些細なことをいちいち気にしていれば精神が持たない。何年たっても、何処へ行っても変わらない。そんなことを思いつつ、念のため、視線を向けてきた人物の顔を把握しながら廊下を進む。


 教室に入ってすぐに、この学校唯一である男友達の有馬夕貴ありまゆうきがやってくる。今日もなかなかに乱れた髪型をしていた。


「昨日の観た?」


 寝ぐせなのだろう、その髪形について追及したかったが、どうするか迷った後、言うのをやめた。


「観たって……何の話だ?」

「深夜にやっているあの番組。〝夜の天体観測〟だよ」

「またその話か」


 ほどほどに呆れつつ、俺は夕貴を見る。ずっとその話がしたくて我慢していたのだろう夕貴は、興味のない俺にあれやこれやと話を進める。一生懸命に身振り手振りを交えながら、その番組の魅力を力説しているのだけど、専門用語や知らない名前が話の途中に入ってくるとまったく頭に入ってこない。もともと天体に興味はない。


 けれど、好きなことを話している夕貴を見ているのは嫌いではなく、適当な時に相槌を打って耳を傾ける。次第に熱を増していく演説はいつの間にか天体から逸れて、未確認飛行物体の話題にすり替わっていた。


 その番組は天体関連としてそういった一部のコーナーがあるらしい。一昔前ならまだしも、今時そんな番組を釘付けになって観ている物好きは少数だろう。


「その時間はもう寝てるよ」


 深夜というくらいだ。少なくとも零時は回っているのだろう。早寝早起きを心掛けている俺に、その時間帯の番組を観ることは難しい。


 そうだよね、と残念そうに呟き、夕貴は落ち込んだ表情をしていた。わざとやっているのなら煩わしいが、夕貴は思っていることが表情に出てしまうタイプらしく、それを知っているが故に憎めない。でも――と夕貴は顔を上げる。


「一度でいいから観てよ。きっと面白いから」

「機会があったらな」


 会話が一段落すると予鈴が鳴った。そうやって逃げるんだから、と文句を言いながら夕貴は自分の席へと戻っていった。



 入学当初、決して少なくない男が俺に近寄ってきた。そしてその誰しもが口を揃えてこう告げた。


 〝穂乃香ちゃんてかわいいよね〟


 その誰しもが俺ではなく、穂乃香が目的で近寄ってきていた。俺を利用し、どうにか穂乃香と接点を作ろうとしていた。そんな気持ちの悪い魂胆を隠そうともしなかった。


「俺と話しても、穂乃香とは仲良くなれないよ」


 そう言うと大抵の男は俺に近寄ってこなくなった。確か、夕貴に一番初めに言った言葉もそうだった。


「穂乃香? 誰それ?」


 それまで話してきた大多数の男たちと夕貴は明らかに違っていた。容姿もそうだったが、何よりも人を騙そうとする素振りがまったく見えないので戸惑いもした。


 けれど、その時はまだ惚けているのではないか、と訝しげに接していたものの、話せば本当に知らないのだとわかった。それから夕貴と話すようになって一緒にいる時間が多くなり、そして友達になった。そんな理由で、そんな理由だからこそ夕貴だけが俺の友達でいられた。

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