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ふれられないもの  作者: 柳
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日常4

 

 しばらくすれば、同校の生徒の姿がちらほらと視界に入り、前方に校舎が見え始める。周囲に人が増え、誰かの話し声や雑踏で辺りが騒がしくなっていくと、たった今まで隣で感じられた〝楽しそうな雰囲気〟が薄くなっていく。その感覚は、校舎に近づくにつれてどんどん小さくなって、校門を過ぎると完全に感じられなくなってしまった。


 そして同時に、穂乃香が俺に話し掛ける素振りもなくなり、いつの間にか俺の背に隠れるように身体を小さくしながら後ろを付いてくる。その姿を不憫だと思いつつも、俺がしてあげられることは極力、人の目を引かないように気を付けることだった。


 ひとつ、ふたつ、と視線が集まってくる。熱を含んだ視線の数は穂乃香に向けられている。穂乃香は人目を惹くくらいに可愛い。それは誰にも曲げられない事実だった。


 決して美人ではなく、色気はまだないけれど、幼さの残る顔立ちは兄である俺から見ても整っている。そして、穂乃香の魅力は容姿だけにとどまらず、本当の意味で人を引き付けてしまうのは内面にこそある。


 慎ましく、素直で、真面目。汚い言葉も言わなければ悪口も言わない。人の気持ちを敏感に感じ取り、目の前の人のことを真剣に考えられる思いやりがある。誰にでも分け与える無差別の優しさを兼ね備えている女の子というのが、周囲の認識している穂乃香だった。


 当然、穂乃香も人であり、綺麗な部分ばかりではないのだが、一度心を奪われてしまえば目が悪くなる。些細な悪い部分は良さで隠れてしまう。


 そんな魅力溢れる、目に入れても痛みなど感じるはずもない穂乃香が目の先にいるのだから、必然と視線を向けてしまうのもわからなくはない。だが、そいつらの気持ちを汲んだとしても俺には譲れないことがある。


 〝そんな目で穂乃香を見るな〟と。〝お前たちの所為で、穂乃香がどんなに窮屈な学校生活を送らなければならないのか〟と。


 そう訴えたところで間違いなくそいつらには伝わるわけもなく、余計な事態を引き起こすだけだろう。今は穏便に、俺に出来ることをするだけ。後ろを気にしつつもやや足早に歩き出せば、離れてしまわないように穂乃香は一生懸命ついくる。


人見知りであり、あがり症でもあり、臆病な心を持っているのも穂乃香だ。もっと堂々としていられる強さがあれば、少しは違っただろう。この性格もいずれは、と思いながら俺は前を向く。


 昇降口へ着いて、上履きに履きかえる。時間で言えば五秒も掛からない些細な行動なのだが、穂乃香はまだ上履きすら出していなかった。単純な話、靴から上履きに履き替えるまでに邪魔をする障害がある。下駄箱に入っていてのだろう手紙を丁寧に鞄に仕舞い、落ち着いた動作で上履きに履き替える。


「行きましょう」


 穂乃香は普段通りに、何事もなかったように振る舞っていた。そんな穂乃香に対して、大丈夫か、などと尋ねるのは気遣いとは言えない。優先すべきは穂乃香の気持ちである。


 抱えた不安を隠したいのなら、俺は何も見ていない。だけど、もう一度だけ穂乃香の表情を確認し、問題がないことを確かめてから背を向けた。穂乃香は俺の後ろを付いてくる。



 稀にこういうことが起きる。今時、恋文など流行らないだろうが、この学び舎には無駄な伝統が残っている。代々の校風を受け継いでいると言えば聞こえはいいが、こちらとしては迷惑以外の何物でもない。


 この恋文のおかげで穂乃香は女子から嫌われている。男子から好かれているという事実があるかぎり、女子からは妬みや嫉妬の対象になる。そういった感情を抱いてしまう人達の気持ちもわからなくもないが、敵意を向けられる穂乃香が可哀想でしかたなかった。

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