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ふれられないもの  作者: 柳
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父さんと母さん8

 

 拝み終わった穂乃香はうっすらと涙を浮かべていた。伝えたい言葉が沢山あったのか、穂乃香が顔を上げた時にはすっかり日も傾いて辺りが薄暗くなり始めていた。


「そろそろ帰ろうか」

「うん」


 そう頷きながらも、穂乃香は名残惜しそうに墓石を見つめていた。別れを惜しんでいるような横顔が俺を居た堪れなくさせる。出来る事なら気分を変えてやりたいと思うと、ある場所が脳裏を過ぎった。


「穂乃香。帰る前にちょっと行きたいところがあるんだけど、いいかな?」

「いいよ。何処に行くの?」

「それは内緒だ」


 そう言って、来た道とは反対方向に歩きだす。穂乃香が後ろを付いてきていることを気配で感じつつ、墓地を抜けて、しばらく歩くと木々の合間に微かな山道が見えてくる。人ひとりがようやく歩けるスペースが、山の頂上を目指しているように真っ直ぐ伸びていた。


 一歩踏み出せば途端に辺りは薄暗くなる。空を覆う木々の枝と葉が陽の光を遮っているからだろう。目を凝らさなければ躓いてしまう恐れがあり、なるべく慎重に歩みを進めた。穂乃香と離れないように手をしっかり握り、飛び出した枝を折り、足場が安定していることを確かめて進んでいく。


「託。何処に行くの?」


 道とも言えない道を進めば、さすがに不安にもなるだろう。時間はあまりなく、本格的に日が沈んでしまえば頼りの目も使えなくなる。もう少しだ、と握っている手にさらに力を込め、迷わないように何度も何度も辺りを見渡し、微かな記憶を頼りに進んでいった。


 しばらくして、懐かしい場所にたどり着いた。だいぶ昔のことだったので、確信は得られないままだったが、どうやら記憶は間違っていないようだった。


 目の前には俺の身長より少し高いコンクリートの壁がある。コンクリートの壁がどうしてこんな山奥にあるのか、その疑問もあの時に尋ねていれば知れたのかもしれない。


 この先に目的の場所がある。俺は壁へ近づき、腕を伸ばして頂上を掴むと一気に身体を持ち上げて壁を蹴り上がり、上り終えればそのまま身体の向きを変えて、ほらと手を穂乃香に差し出す。慎重に手を引きあげれば穂乃香の身体は簡単に宙に浮き、それほど苦労することなくコンクリートの壁を超えた。


 再び歩き出せば一点の光が道の先に見えてくる。期待感を胸に秘めつつ穂乃香の手を引いていくと、そこは見晴らしの良い草むらが広がっていた。周囲に景観を邪魔をする建物はなく、少し視線を空に向ければ星が鮮明に見えた。穂乃香は呆然とその場に立ち尽くし、遠くの夜空を見つめていた。


 そのまま動こうとしない穂乃香の手を引いて、草むらの切れ目が見える手前で足を止めた。出っ張るようにしてある小さな丘からは街が一望できた。いくつもの小さな民家の光に車のライト。街頭の光と信号機の色。それだけでも十分綺麗だったが、その光の先に一段と輝いている祭の灯りが目を惹いた。


 想像以上の光景に、呼吸も忘れるくらい魅入ってしまった。まるで、今日のために街全体がイルミネーションのように彩られ、この場所が絶好のスポットになるように仕向けてあるかのよな錯覚を起こしていた。と、言うのは少しばかり大げさかもしれないが、そのくらい綺麗に思えた。昔からこの場所が綺麗だったと知っていても、夜景に興味のない俺がここへ立ち寄ることはなく、穂乃香と一緒でなければ来なかっただろう。


「すごい綺麗」


 しばらく夜景を眺めていた穂乃香がぽつりと言葉を零すと、強めの風が吹き抜けた。五月の終わりといっても今日は少し肌寒い。心配になって横へ視線を向ければ、穂乃香は目の前の光景に感激しているらしく頬が紅潮していた。


「連れてきてくれてありがとう。こんな素敵な場所があるなんて知らなかった」


 穂乃香の嬉しそうな声が聞ければ連れてきた甲斐がある。俺自身も来てよかったと思えるくらいには感動を覚えている。だけど、こんなものじゃないはずだ。俺の予想が当たってくれていれば、もしろ本番はこれからとなる。その時を想像するだけで心が踊る。


「これからだよ」


 そう言って俺は正面を向く。これから何が起こるのかを穂乃香が問うことはなく、ただ黙って俺の見つめる先を見つめていた。


 それからしばらくして、遠くから小さな光が空へと上った。空高く上っていった光は大きく弾け飛ぶと、真っ暗だった空を色鮮やかに染めあげた。花火だ。


 いつあがるのかは知らなかったが、ここなら花火が見られると思っていた。穂乃香は次々に打ち上がる花火をただ見つめていた。大きさも、色も、形も様々な花火たちが空で盛大に弾ける。夜空に大きく咲いては、その姿を一瞬で闇に溶かし、次々と新しい花火が打ちあがっていく。


 人気のない静かな場所で遠くから花火を眺めていると、今までに感じたこともない感情が芽生えた。花火は綺麗だけど、瞬く間に消えていく様は淋しいものなんだ、と。その淋しさを隠すためにまた花火があがる。見ている人に淋しさを感じさせないように。


「綺麗」


 誰に言うでもなく穂乃香は呟いた。俺は花火から隣にいる穂乃香へ視線を移した。七色の光が穂乃香の顔を照らしている。

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