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ふれられないもの  作者: 柳
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父さんと母さん

 

 経験したことのない息苦しさに目を覚ました。夢見が悪かったのではなく、直接的な圧迫感があった。どういうわけか、仔犬が俺の口元を覆うようにして眠っていた。


 就寝前に部屋に入れた記憶はなく、ドアも閉めていた。何処から入ってきたのかは知らないが、些細なことだと思えばそれほど気にすることではない。


 午前六時を少し過ぎた頃。仔犬の反対側には穂乃香がいた。


 気持ちよさそうに小さく寝息をたて、密着してしまうのではないかと思えるほどの至近距離で寄り添うように眠っていた。突然のことに驚きはしたものの、戸惑いは少ない。


 数年前までは毎日のように一緒に寝ていた。ただ、その習慣は一年も前に辞めており、もっと言ってしまえば俺の断りもなくベットに入ることはなかった。仔犬と同様に、昨晩の会話と行動を思い返してみても、こうして一緒に寝ている事態に繋がる要素はない。


 俺と穂乃香にはトラウマがある。また怖い出来事を思い出してしまったのではないだろうか、と心配して寝顔を眺めているが、表情からは苦しんでいるようには見えない。むしろその逆で、幸せそうに眠っている。ならば問題ないはずだったが、それからが大変だった。


 穂乃香は寝相が良い。眠る前の姿勢を崩すことは滅多になく、過去の経験からもよく知っている。


 だが、どうだろうか。最近になって寝相が悪くなったのかもしれないし、前にプレゼントした抱き枕と勘違いしている可能性もある。無意識なのだと思いたい。


 伸ばした腕はあろうことか俺の腰を掴み、自分の方へと引き寄せるように力が込められていた。密着することは以前にもあった。抱きしめることもあった。ただ、その時は穂乃香の不安を取り除くことだけを考えていた。悲しんでいる穂乃香に対し邪な感情など生まれるはずもない。


 ただ、今はあの頃とは違う。これ以上進めば危険だと感じて、出来る限りの抵抗はした。けれど、いくら俺がその場で踏みとどまっても、穂乃香から近づいてしまえば何の意味もない。身体が密着した瞬間、意識の外に置いて見ないようにしてきた異性というカテゴリーを強く認識させられた。


 抱きしめれば折れてしまうのではないかと思えるほど華奢な身体つき。女性特有の柔らかさが邪な感情を刺激して、なんとも言えない甘い匂いを感じれば、のぼせた時のような眩暈が起こった。ふれあっているこの時間を手放したくないと思った。同時に、このままではいけないこともわかっていた。


 いくら兄弟でも――兄妹だからこそ、これ以上の接触はよくないと。世間体的に、高校生にもなって一人用のベットで、年頃の若い男女の兄弟が抱き合って寝ているのは倫理的に問題がある。


 もちろん例外は存在する。家族に抱く親愛での行動であれば許される範囲ではある、と。兄妹間で恋情を抱くことは当然としてない。過ちなど起きるはずもない。それが一般的で、普通で、共通認識だからだ。


 妹に対し不純な想いを抱いている自分が、普通ではないことは自覚している。でも、好きになってしまった人から距離を置くことも、傍に居たい気持ちも簡単に切り離せないし、この気持ちを失くすことも出来そうにない。


 心臓は高鳴るし体温も上がっている。鼓動はいつになっても静まることなく、穂乃香が好きなんだと、俺の身体の全てが訴え続けている。


 抑えられない気持ちはある。でも、自分の意思で穂乃香にふれるこはない。今まで守ってきた全てを失うことだけはしたくなかった。一歩前へ踏み出すこともしなければ離れることもせず、その場所で立ち止まり現状維持を続ければ、事態は余計ややこしくなる。


 いつの間にか穂乃香の目蓋が開いていた。瞳を大きく開け、驚いたような顔をしていた。


 頬は赤みを増していき、緊張して身体が強張っていくのがふれあった場所から伝わってくる。俺と穂乃香は向かい合ったまま、見つめ合ったまま、互いに何かを言い出すきっかけを待っていた。


 穂乃香の手は俺の身体に回したままであり、離れる素振りは今のところない。ならば俺から離れるべきで、手遅れにならないうちに何か言うべきだった。


 しかし――。俺の思考も、感情も、理性も瞳に奪われていた。その瞳がゆっくり閉じた。


 次の瞬間、自分が何をすべきなのか考えるよりも先に身体が知っていた。俺はゆっくりと、穂乃香に唇を近づけた。


 あと数センチでふれあう瞬間、何かが顔の上に降ってきた。声にならない声が出ると同時に身体を離すと、黒い物体はのんきに大きなあくびをしていた。


 束の間の時が流れる。一度、現状を整理する時間を与えられれば、たった今自分が何をしようとしていたのかを自覚させられ、気恥ずかしさから顔が熱くなる。穂乃香は頭まで毛布を被っていた。


 一呼吸置く。そして何事もなかったかことにして、普段の自分を無理やり内側から引っ張り出した。


「どうして、俺のベットにコイツと、穂乃香が寝ているんだ?」


 穂乃香は目だけ覗かせると、上目遣いで俺を見つめていた。


「ごめんなさい」


 穂乃香の謝罪が何を指しているのかはわからない。そして、俺が必死に普段の調子を取り戻そうと努めても、もう一人がいつまでも引きずったままではこちらも引っ張られる。


 今は穂乃香を見てはいけない。目をきつく閉じてベットから上半身を起こした。穂乃香、と呼ぶ。


「朝飯にしよう」

「そう、だね。準備してきます」


 そう言いながら穂乃香は俺の部屋を出ていった。

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