小さな出会い2
おそらく腹を空かしているだろう、仔犬の飯を買うためにコンビニへ来ていた。適当に商品と選びカウンターに置くと、中年の男性店員は俺のお腹辺りに視線を向けた。
不自然に膨らんだ腹をちらちらと見ては、怪訝そうな目付きで俺を見る。無言で向けられる視線をひたすら知らぬ態度で回避し続ければ、中年の店員は何も言うことはなく商品を清算した。
コンビニを出た後、人通りの少ない道を進み、公園へと足を踏み入れた。緑が多く、無駄に敷地の広いこの公園には、少し前に穂乃香と立ち寄ったことがある。その時もそれほど人の姿は無く、平日の公園であればと思い寄ってみたが予想は当たっていた。
授業が始まっている時間に、制服を着た学生が平然と歩いていれば注目される。身を隠しながら時間を潰すなら悪くない場所だった。今後のことを考えるにしろ、まずはこいつの胃袋を満たすのが先だと、公園の中央に向かって歩いて行く。
しばらくすれば開けた場所に出る。目の前には大きな池があり、その中央には立派な噴水がある。聞いた話では夜には噴水がライトアップされ、恋人が集う場所になっているらしい。
穂乃香が一度見てみたい、と言っていたが、恋人が集う場所に飛び込む勇気が俺にはなく、なんだかんだと理由を付けては断っている。もし行くとしても、雪花か夕貴と一緒になるだろう。
「よし、今食べさせてやるからな」
空いているベンチに腰を降ろ、買ってきた仔犬用の缶詰を取り出した時、器が無いことに気が付いた。周囲を見渡し、入れ物の代わりになるものを探したが、そんな都合よく容器が公園にあるはずがなかった。何かないかと持ち物を確認すれば、二つの弁当箱に視線が止まる。渡すのを忘れていた。
このまま家に帰ろうと思っていたが、もう一度学校へ行かなくてはならないらしい。視線を落とせば、大きな瞳を潤ませた仔犬が俺を見つめている。迷っている時間はなかった。
自分の弁当の蓋を開け箸を用意し、穂乃香に申し訳なく思いながら急いで箸を動かした。数分後にはなんとか全てを胃袋に収め、空になった弁当箱を近くにあった水飲み場で軽く洗い、犬用の缶詰を開ける。朝食を食べたばかりだったが、残すこともなく食べられたのは穂乃香の料理が単純に美味しかったからだろう。
仔犬は出された食物の匂いをそっと嗅いでから口を付けた。その姿を横目に見つつベンチに寝そべる。
高く伸びた木々が日差しをさえぎり涼しい風が吹き抜ける。まぶたを閉じると草と草が擦れ合う音が微かに聞こえた。
少しだけ、と思って目を閉じれば、その居心地の良さにいつの間にか寝てしまったらしく、目を開けて公園に置いてある時計を見れば、四時間目が始まる少し前になっていた。身体を起こそうとすると違和感に気付く。いつからいたのか、俺の腹の上で仔犬が気持ち良さそうに眠っていた。
「お前はこれからどうしたい?」
声を掛けられ目を覚ました仔犬が大きく欠伸をした。おぼつかない足どりで腹の上を歩き、胸の先で立ち止まると顔をこすりつけてきた。
ふわふわした毛があまりにくすぐったく、両手で仔犬を持ち上げた。仔犬は眠そうにもう一度大きな欠伸をしていた。こうしてのびのびと時間をつぶすのも悪くはないが、とりあえず穂乃香の弁当を届けなければならない。
片腕で仔犬を抱き、公園の出口に向かって歩く。静かになった仔犬へ視線を向ければ、腕の中ですやすやと寝息をたてていた。
昼休みが始まる二十分前には、裏門から校内へ足を踏み入れることが出来た。授業中ということもあり、辺りは静かで、視界内に人の姿はなかった。それでも念のためにと、校舎の陰に身を潜めつつ、遠回りとなる新体育館の経由し、昇降口を目指す。
そっと仔犬を見ると安心しきった顔で眠っている。こんな状態で学年主任にでもあったら面倒だな、と鉢合わせしない事を祈りながら歩みを進めた。
我が校の教師は、大雑把に分けると二種類に分かれる。面倒な教師と、そうでもない教師。注意が趣味みたいな教師。授業中に何度も生徒を名指しし、教科書を読み上げるように促す教師が面倒に入る。
それ以外の教師の多くは物静かであったり、ちょっとした制服の乱れなどは目を瞑ってくれる、生徒の味方であるような無害な存在。教師としての職務を全うしていないが故に生徒に人気がある。もちろん、俺が全ての教師を知っているわけではないが、噂話であったり、陰口であったり、生徒と楽しそうに話している場面を見て感じとったことである。
そして、教師の話を語る上で外せない人物がいる。谷村という教師は特に生徒に人気がなく、その名を口にする時は決まって悪口になる。面倒な教師の中でも群を抜いて厄介な存在と言える。
谷村は昨今では珍しい暴力肯定派の教師だ。逆らう生徒がいれば躊躇うことなく頬へと張り手をお見舞いし、無抵抗な生徒に後の残らない程度の痛みを与える。恐怖を与え、二度と逆らわせない意味もあるのだろう。
授業中であろうと怒声を浴びせ、生徒が見ている中で延々と説教を始める。まるで公開処刑に似た悲惨な光景が繰り広げられている間、その場の生徒は心痛な面持ちで時が過ぎるのを待つしかなかった。
言い過ぎだと、名乗りを上げる生徒はいない。説教を受けている生徒にそれほど落ち度はなくても、例え友人であっても、下手に口を出そうものなら標的が自分に代わる。そんな場面を何度も見せつけられれば誰も逆らえなくなる。
所詮はただの説教だと思っていても、谷村の言い方であったり、暴力が振るわれる瞬間を見せつけられる度、気分が悪くなった。そう感じていても、何もしない点では俺も他の連中と何も変わりはしなかった。
ただ、穂乃香だけは違った。




