友人7
「植える花は決まってますか?」
はっと我に返った彼女は視線を泳がせていた。
「まだ決めてないです。予算内であれば何でも植えていいと言われてますけど、私、そこまで花のこと知らなくて」
「夏に咲く花ですね。でしたらインパチェンス、ベゴニア、ニチニチソウなど色々あります」
花のことを本当に知らないのだろう、数種類の花の名前を出され彼女は戸惑っていた。
「今度一緒に花屋さんに行きましょう」
その言葉が〝建前〟ではないことは彼女にもわかったのだろう。誰にも頼らず一人で頑張れるのは立派ではあるが、知らない世界に知識もなく一人で飛び込むのは不安になる。花のことに詳しい人がいれば色々と助かる。
嬉しい。でも、それが上手く伝えられない。彼女はそんな顔をしていた。そして囁くように、今感じた感情を精一杯の一言に乗せ、ありがとうございます、と言った。
頑張りましょう、と言って穂乃香はシャベルを手に取る。恥ずかしそうであり、照れくさそうでもあり、それでもやっぱり嬉しそうに彼女は小さく頷いていた。
俺から言う言葉はもうなく、黙々と根の深そうな雑草を重点的に抜いていった。パンパンに膨れたゴミ袋を指定の場所へ捨てに行くと、下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。
時間にすると二時間。一人の時よりも捗ってはいるものの、見栄えの為に花壇の外の雑草も抜かなくてはならなく、まだまだやることは残っている。特に、一番張り切っていた穂乃香の制服は汚れが目立ち、汗で髪が額に張り付いている。一人だけ体操着姿である彼女は申し訳なさそうに立っていた。
俯いている彼女に穂乃香は、また手伝わせてください、と言った。楽しいひと時だったと、微笑まれてしまえば彼女の表情からは罪悪感が消える。はい、と元気よく答えた彼女はもう一度深く頭を下げていた。
――――
深夜零時過ぎ、空腹を感じ目を覚ました。無理やりにでも眠ってしまおうかと思ったが、ある存在を思いだし身を起こした。
物音をたてないように気を付けながら自室を出た。月明かりの差し込む薄暗いリビングにたどり着くと、茶箪笥の一番上へと手を伸ばす。そこには、ようやく穂乃香に見つかることはなく手に入れた戦利品が収められてる。そう、あと少しだった。
託、と呼ばれるのと同時に部屋の明かりが点いた。そして、また失敗したのだと悟った。後ろへ振りかえればパジャマ姿の穂乃香が立っている。
「それはなんですか?」
俺は自分が手にしたものを見つめ、穂乃香に視線を戻した。
「ダメっていつも言っているでしょ?」
もう、と腕組みして俺を見ている。可愛らしい仕草ではあるが、今は残念に思う気持ちの方が大きい。
「これは没収です」
そう言って持っていた物を迷いなく奪い取った。
「いいですね?」
やはり無理があったのだと、ベットの上で寝ながら考えていた。今回に限って落ち度はなかった。
考えられるのはひとつ。今まで失敗してきた理由はきっと、俺が起きたことを穂乃香が敏感に感じ取り、後を追っているにすぎない。
流石に今日は熟睡しているだろうと思い込んでいたが、穂乃香の眠りは浅いことが多い。カップラーメンの存在は俺が手にするまで知らなかったはずで、今回はたまたま運が悪かっただけのこと。穂乃香に気づかれず部屋を出ることは難しい。それがわかっただけでも上々だろう。
だが、この空腹をどうにかしなければ眠れない。我慢するしかないな、と思いながら目を瞑っていると、トントン、とノックの音が聞こえた。嫌な予感を抱きながらドアを開けると、穂乃香が立っていた。
「あの……リビングに用意したから」
穂乃香に促されリビングへ向かった。そこには予想した通り夜食が用意されていた。カップラーメンではなく、インスタント麺が湯気をたて美味しそうな匂いを漂わせている。
「お腹が空いているなら言って。いつでも私が作るから」
面倒くさがるどころか嬉しそうな笑顔を俺に向けていた。せっかく作ってくれたのに冷めてしまえば余計に申し訳なく、俺は椅子に座り静かに食べ始めた。前に座る穂乃香は、俺の食べているところを見つめていた。
「ありがとうな」
穂乃香は小さく頷くだけだった。深夜のリビングにラーメンをすする音だけが響いていた。
でも穂乃香、と心の中で呼ぶ。
俺がこっそりやっていたのは、何も怒られるからだけじゃないんだ。もちろん、久しぶりにカップラーメンが食べたいってのもあったよ。でも一番の理由は、俺の用事でおまえを起こしたくなかったんだ。
俺が、腹が減った、て言ったら眠くてもこうして作ってくれる。それが嫌だから、音をたてずに腹を満たす簡単な方法を考えたんだ。穂乃香。おまえはすぐ無理をしようとする。
いや、違うな。無理を無理だと思わないから、少しだけ心配だよ。




