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ふれられないもの  作者: 柳
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友人4

 

 あまり面白くない話になりそうだったので、そうか、とだけ言って会話を終わらせた。穂乃香から貰った玉子焼きを箸で二つに割り、口に入れて改めて味を噛み締める。


 出汁を変えた、と穂乃香は簡単に言っていたが、意外におかずに時間と手間が掛かっていることがある。料理は穂乃香にまかせっきりになってしまっているから、せめて感謝だけは忘れたくない。


「これ、作るのに時間掛かったんじゃないか?」


 玉子焼きを持ち上げて穂乃香に尋ねる。


「そんなことないよ。今日のは鰹から出汁を取ったから」


 それに、と穂乃香はやや俯いて、


「やっぱり作るなら、美味しいって言ってもらえるの嬉しいから」


 と、恥ずかしそうに微笑んだ。ああ、最高画質の一眼レフカメラが手元にあれば、と少しばかり悔やむ。


「本当おいしそうですね」


 そう言いながら、滝椿は遠慮がちに俺の弁当を見つめていた。ぐいぐいと寄ってくる夕貴はとは違い、滝椿は適度な距離感を保っている。それだけでも常識があると思ってしまうのは、夕貴の悪い影響なのかもしれない。ふと、隣にいた穂乃香が動くのを感じ、滝椿に近寄るとそっと自分の弁当を差し出した。


「いただいても?」


 驚く滝椿に向けて穂乃香は小さく頷く。


「では、いただきます」


 滝椿は俺がさっきあげたミートボールを掴むと口に入れた。あっ、と思った時はもう遅く、止める間もなかった。穂乃香のと俺ので二つあったから取りやすかったのだろう。


「本当においしい、ですね……」


 賞賛する声がだんだん小さくなっていくと、滝椿の顔に困惑の色が浮かび上がった。形の良い眉が歪んでいる。決して崩すことのなかった爽やかスマイル(夕貴と話すときは苦笑い)を続けていたが、その顔もようやく剥がれ落ちる。


 それは穂乃香の表情にある。弁当を褒めれられれば素直に嬉しくなるものだが、穂乃香から漂うのは悲しみの色だった。


「すいません。何かいけない事をしましたか?」


 穂乃香はなんでもない、と小さく首を振っていた。でも――と滝椿は続けようとしたが、言葉は口の中で消えていた。


「気にしなくていい」


 俺がそう告げても意味はないのだが、ほんとうに気にしなくていい話だった。事故なのだから滝椿は悪くなく、誰も咎められない。


 原因がわからない滝椿は複雑な表情を浮かべるしかない。納得していないのが伝わってくる。何がいけなかったのかさっぱりわからない、と言いたそうに。


 それからも厄介なことに、穂乃香の異変に気づいた雪花と、普段は鈍いのに絶対に見逃してはならない瞬間は敏感になる夕貴がこちらにやってきた。雪花が心配そうな顔をして俺に尋ねてきても、本当のことを言えばあまりにも滝椿が可愛そうだ。適当に言い繕ってみたものの、雪花の冷たい視線は滝椿に向いていた。


「ほんと、何でもないんだよ」


 二人は納得してくれなく、しつこく理由を求めていた。そんな感じで、楽しくなるはずもない昼休みは、滝椿にとって最悪の出来事となっているだろう。


 穂乃香と雪花と別れた後、滝椿が俺を呼んだ。どうやら話は俺だけにあるらしく、夕貴は先に行ってもらった。


「先程の事なんですが……」


 夕貴の姿が見えなくなって口を開いた滝椿は、なんとも言いにくそうに言葉をつまらせていた。


「なぜ、穂乃香さんが落ち込んでしまったのか、それがどうしてもわからない」


 滝椿は視線を落とす。


「理由がわからないと、どうしていいのか……謝るとしても形だけなの違うと思うんです。ですから――」

「そんな気に病むことじゃない。ただ、タイミングが悪かっただけだ」


 滝椿がばっと顔を上げると真剣な表情で俺を見ていた。


「理由は教えてもらえないのですか?」

「俺だって、穂乃香の全てを知っているわけではない」

「そう、ですよね」


 そう言ってしばらく間を置くと、滝椿は小さく頷いた。


「また、よければお昼を一緒に過ごしてもいいでしょうか?」


 先刻のお昼でだいぶ堪えたと思っていたが、滝椿の心はそれでも折れることなく、なんとも前向きな結論を出した。質問の答えをちゃんと返していないので何も解決していないと思うのだが、とりあえず、このまま付き合っていくつもりらしいただの物好きなのか、それとも何か別の目的があるのか。


「別に構わないが、その前に俺からも質問していいか?」


 そう滝椿に投げかける。


「はい。なんでしょう?」

「今になって俺に話しかけようと思った理由はなんだ」


 二年生になってもうすぐ二カ月が経つ。


 話をしてみたかった、というなら少し、というかだいぶ遅い。滝椿の性格を考えるなら積極的に話し掛けてきたように思える。こんなに時間をおく必要はなく、今日になって近寄ってきた本当の目的を知りたかった。


「そうですね。託真くんが前よりも近寄りやすくなった、それが一番の理由です」

「近寄りやすなったって、俺は何も変わっていないが」

「自分ではあまり気付けないものですよ」


 予鈴が廊下に響き渡った。行きましょうか、と言って滝椿が歩き出し、その後ろを俺は付いて行った。滝椿の言い分は、俺が無意識に出している棘が前よりも和らいだから近づけた、ということらしいが、その言葉に頷けるだけの説得力はない。



 滝椿 薫。


 今日一日会話を交わしてみてわかったことと言えば、なかなかに我慢強く、並以上の積極性は持ち合わせているものの、予想外の出来事に弱いということぐらいだった。印象はあまり良くはなっていない。それは俺だけではなく、夕貴も雪花もそして穂乃香も似たようなものだろう。


 好意的ではない反応と疎外感から嫌になり自主的に離れるかと思っていたが、先の発言を顧みればそれはなくなった。滝椿は注意しなければならない人物ではあった。けれど、あからさまな拒絶はしなかった。いい奴であればそれに越したことはなく、少なくとも穂乃香に害がないとわかるだけでもいい。


 滝椿には悪いが、俺は今までの四人でいられる関係が最良だと感じている。でも、停滞している環境では前には進まないし、変化をもたらすなら新しい風を取り入れなくてはならない。気の知れた人だけでなく、様々な人と関わることで穂乃香の人見知りも少しは改善されるかもしれない。滝椿がどのような目的で近づいてきたのか、害はないのか、それを見極めるまでは様子を見ることにする。


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