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ふれられないもの  作者: 柳
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友人3

 

 昼休みになると約束通りに滝椿が俺のもとにやってきた。用意がいいのか、手には弁当箱を持っている。特に話もなく席を立ち、夕貴と合流して穂乃香たちの教室へ向かった。


 廊下は生徒で溢れている。教室や食堂、中庭など俺が知っているだけでも様々な昼食を過ごす場所が設けてある。各自それぞれの場所へ移動しているのだろう。


 通り過ぎて行く人の波のなか、数名の女子が振り返っては意味ありげな視線を滝椿に向けていた。視線に気付いているのかいないのか、滝椿は平然としている。穂乃香もこのくらい馴れてくれるといいのだけれど。


 しばらくして雪花と穂乃香がやって来ると、滝椿は何も言わずに一歩前へ出た。


「初めまして。今日のお昼をご一緒する予定の、滝椿薫と言います。少しでも皆さんと楽しい時間を過ごしたいと思っています」


 礼儀正しく、少し堅い挨拶を告げた滝椿を、雪花は訝しげに見つめるだけだった。返す言葉はなく、つま先から頭部まで値踏みするような視線を送り、最後に俺へと険しい表情を向ける。


 この人はなに? とでも言いたそうな顔をしていた。前もって説明しなかった俺が悪いのだが、雪花の性格なら嫌であればはっきりと言うだろう。


「お邪魔でしたか?」


 女子二人の間に漂う戸惑いを滝椿は感じ取っているらしい。なんとも情けない表情で固まっている。


「そういうわけじゃない、けど……」


 その後に続く言葉はきっと、俺への文句だろうと思った。他人行儀の姿勢を崩さない雪花。戸惑いはあるようだが、それでも気を緩めることなく、一定の距離を保ったまま滝椿から目を離さない。


 普段からそうして、穂乃香に近づく男どもを遠ざけているのだろう。俺でさえも迂闊に近付けば手が出そうな雰囲気がある。雪花には後で説明するとして、穂乃香はと言うと、滝椿の挨拶を聞かず真っすぐに俺のもとへやってきては、隠れるように背中にしがみついていた。


 初対面の男でも、挨拶もまともに聞けないなんて今まではなかったのに、どうしたのだろうか。人見知りが悪化しているのか、とやや心配になる。もし、このまま悪化の一途を辿れば、最低限のマナーも出来ない社会不適合者になってしまうのではないか。困った問題だが、今はそれ以上に滝椿が不安そうな顔をしていた。


「嫌われているのでしょうか?」


 そう滝椿に問われ、そうかもな、と返しておいた。滝椿はしゅんとなりながら黙って最後尾を歩いていた。その後も、険悪な空気は少しも改善されぬまま、とても〝楽しい〟とは言えないお昼休みが始まった。


 夕貴はまだ置いておくとして、俺は極力いつも通りにしているつもりなのだが、緊張しているらしい穂乃香は極端に口数が少ない。それに加え、雪花があまりにも酷い。いきなり受け入れろ、と言うつもりはないにしても、言葉に棘しかない。それでも滝椿は積極的に雪花に話しかけていた。


「佐藤さんは剣道部でしたよね?」

「……何で知ってるの?」


 驚きと不信感が交ざり合ったような視線を滝椿に向け、雪花はやや距離を空けていた。


「有名でしたから」

「何で有名だったの?」


 と、夕貴が問う。


「去年の新人戦で県大会準優勝でしたよね。大会が始まって今まで、この高校で一年生が県大会に出場なんてありませんでしたから。それだけでも、異例中の異例の話なのに準優勝ですから。当時は驚きました」

「運がよかっただけ」


 それが事実なら大した話だろうに、雪花は自慢することなく、むしろその話題から遠ざけるように素っ気なく返していた。少しでも滝椿と会話をしたくないくて、その話題を終わらせようとしているのかもしれないが、それとは違う他の理由が俺にはあるような気がした。そっと逸らした雪花の視線の先に何があるのか、予想するだけの材料を俺は持ち合わせていない。


 滝椿が言うまで、雪花が部活動をしていたという事実を俺は知らなかった。夕貴も知らなかったらしいが、それは置いておく。付き合いは一年の頃からあるが、部活動絡みの話題は一度も耳にしたことはない。


 雪花の運動神経が悪くないのは知っている。けれど、一つのことを真剣に取り組んでいる雪花の姿はなんとも想像しがたく、賞を貰うほど優秀な選手だったという事実があったとしても、なかなか受け入れられない。こっそり穂乃香に訊いてみれば、知らなかったの? と不思議そうな顔をされた。


「例えそうだったとしても勿体ないですよ。剣道部はあれ以来、県大会に進めていませんから」


 それに、と滝椿は続ける。


「竹刀を振る佐藤さんの姿はとても綺麗でしたから」


 あまりにも平然と、総毛立つような恥ずかしい台詞を言える滝椿が恐ろしい。褒めるならもっと言いようがあるだろうに、雪花は更に興味なさそうに聞き流し、顔は完全に弁当に向いていた。


「ねえ雪花。この間――」


 滝椿の話に飽きたのか、夕貴は身を乗り出し自分の話を始めた。奇妙な光だとか、不自然な現象について雄弁に語っていた。その手の話題に俺と同じく興味はないだろうが、相槌を打つ雪花の表情は楽しそうに見える。物好きというか、世話好きというか。


「あの、一ついいですか?」


 居心地が悪くなったのか、滝椿は俺のところへやってきた。


「なんだ?」

「佐藤さんと夕貴くんは、付き合っているんですか?」


 久しく聞くとこのなかった壮大な勘違いに、先に思わず吹き出してしまった。馬鹿にしているつもりはなかったが、滝椿は不快そうな顔をしていた。悪い、と謝りを告げ、付き合ってない、と付け加える。


「そうなんでしょうか……僕にはとても親密に見えるのですが」

「仲はいいだろうよ。でも、あいつらはそんな関係じゃないんだよ」


 説明不足だとは思うが、それ以上の言葉は見つからなく、面倒だったので放置した。


「今日の卵焼き、いつもと違うよな?」


 そう問いかければ、穂乃香はわかりやすく瞳を輝かせた。


「いつもとお出汁を変えてみたんだ。どう?」

「前のも美味しかったし、今日のも悪くないよ」


 穂乃香は自分の卵焼きを俺の弁当の上に乗せた。そして、言葉なく眩しい笑顔を向けてきた。とても可愛らしい。お返しに、串に刺さっているミートボールを穂乃香の弁当の上に置いた。


「穂乃香さんと託真くんは本当に仲がいいんですね」


 無粋な、と思いながら滝椿へと顔を向ける。


「別に普通だろ」

「いえ。僕は兄妹がいないので、なんだか羨ましいです」


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