友人2
「何か気に障ること言いましたか?」
自分の発言で何か間違いがあってのではないか、と不安そうに滝椿が俺に尋ねた。
「気にしなくていい。いつもの事だ」
勝手に期待して、期待とは違うと勝手に落ち込まれれば、なんだこいつ? と思うのが普通だ。そんな奴と一緒にいたいと思う人が少ないのは、当然なのだろう。でも、そうじゃない、と声に出して言いたい。
相手が悪いんじゃなくて、誰の所為ではなくて、夕貴は単純に感情が隠せない。人付き合いとしては駄目なんだろうけど、そんな裏表のない夕貴の性格を俺は好ましく思う。それに、夕貴は一つのことをいつまでも引きずる性格ではなく、何事もなかったかのように違う話を始められる。
その切り替わりの速さに滝椿は困惑しているようだったが、夕貴はお構いなしにどんどん話を振っていた。そんな二人を俺はただ眺めていた。夕貴との会話はなかなかに難しいらしく、話をしているだけで何となく滝椿は辛そうな表情を浮かべていた。しばらくしてチャイムが鳴り、二人から解放される。
一時間目は体育。校庭で自由参加のサッカーだった。今もコート内では適当に集めた二チームが必死でボールを追いかけ、取っては取られと、ただボールを蹴り合うだけの悲惨な試合をしてた。
素人同士がやっているのだからこんなものだろう、とそんな光景をただ眺めていた。そして、どういうわけか隣には滝椿がいる。俺が隅の方で観戦していれば、当たり前のように滝椿がやってきたのだ。
「託真くんは参加しないのですか?」
今朝、初めて話したばかりの間柄だったが、滝椿の独特な気安さが不思議とぎこちなさ無くしていた。
「いいんだよ、俺は」
「そうですか。もったいない」
滝椿は正面を見据えたまま、話を続ける。
「以前見たことがあるんです。誰もいない屋外のバスケのコートで綺麗なシュートを放つ姿を。その時に思いましたよ。託真くんはとても運動神経がいい」
「そうでもないだろ。普通だよ」
「部活動には入られていないですよね? でしたら是非入った方がいいですよ。バスケ部員に友達がいるんです。もし、よかったら僕が伝えても構いません。きっと皆、喜びますよ。託真くんなら即戦力だろうし、すぐにでもレギュラーに――」
「悪いけど」
段々と熱を帯びる滝椿の言葉を、俺は少し大きめの声で遮った。
「部活には入るつもりはないんだ」
これ以上その話を続けるつもりはない、と言外に伝えれば、滝椿は素直に口を閉ざした。つい強めな口調になってしまったが、意識したつもりはなかった。そのことに自分自身が驚いている。
今となっては過去のことだと思っていたのに、俺はまだ部活動の話になると感情が高ぶってしまうらしい。完全には吹っ切れてはいない。それを改めて自覚した。
けど、そんなこと、今となってはどうでもいい。心に残っているだろう残滓から目を背け、頭を切り替える。仕切り直すには丁度いいタイミングだったのかもしれない。
「お前も穂乃香目当てなんだろ」
そう口にすると、滝椿は眉をひそめた。
「目当て……ですか? とても魅力的な女性だとは思いますが」
控えめな言い回しは、どちらにも受け取れる。もちろん人それぞれに好みがあって、穂乃香に感心のある男ばかりではないが、俺に近づいてくる男は少なからず穂乃香に興味がある。
これは滝椿が〝どちらなのか〟という単純な疑問。異性に抱く好意というのは、隠したくても隠せない感情だ。話していればおのずと伝わってくる。
「穂乃香さんは、そうですね。綺麗で、それでいて可愛らしくもあって、多くの男子が好意を寄せているのを知っています。そう思うのは僕も例外ではない、ですが……」
そこまで言うと、滝椿は窺うように俺の顔を見た。
「すいません。また、怒らせること言いましたか?」
滝椿が何を言っているんか、まったく理解できなかった。
「怒るって、俺がか? どうして?」
「あ、いえ。怒るというよりかは、そうですね。まるで嫉妬をしている彼氏みたい、という感じでしょうか」
滝椿は何もない宙を見つめながら、言葉を探す様にそう言った。
「そんなわけないだろ」
「そうですよね。そんな事あるわけないんですよね。だって、あなた達は兄妹なんですから」
試合時間は半分を過ぎていた。未だに両チーム得点はない。
「もし、ご迷惑でなかったら、お昼ご一緒してもいいでしょうか?」
滝椿が遠慮がちに問う。とくに断る理由が思い浮かばなかったので、別に、いいんじゃないか、と答えた。
「そうですか。では、お昼休みに」
爽やかな笑みを残し、滝椿は試合の輪の中に加わっていった。それからの試合の流れは見違えるほどに変わる。滝椿を含めたチームは個人プレイを止め、滝椿にボールを渡すだけの単純作業に切り替わった。ボールを受け取った滝椿は、流れるようなドリブルさばきでゴール前までたどり着き、華麗なフォームでボールを蹴る。キーパーはなんの反応も出来ず、ボールはネットに吸い込まれた。
ゴールが決まると、遠くから女子の黄色い声援があがった。その声に滝椿は手を振り笑顔で返していた。
滝椿 薫。
二年から同じクラスになった男子生徒。男女ともに人気があり、成績、運動は優秀である。性格は大らかであり女性への扱いは悪くなく、けれど特定の異性はいない。
目を光らせるほど有害ではないものの、無害でもない。近づきさえしなければ必要のない情報だった。




