友人
浜田との諍いが起き、栗崎と顔合わせしてから数日が経った。あの日の恐怖を穂乃香が引きずる様子はなく、争った現場を他の生徒に見られた可能性も低くなりつつあった。
これだけ経って教師の呼び出しがないのだから、目撃者はいなかったのかもしれない。もしくは、関わり合いになりたくなくて黙っているのだろう。それよりも目下の問題として、高い確率で俺や穂乃香に逆恨みのような感情を浜田が抱いているであろうという可能性。
休み時間に何度か三年生の教室を覗いてみたが、浜田の姿は見つけられなく、ばったりと会った栗崎に尋ねてみれば、家で療養中とのこと。怪我が完治し、学校へ復帰すれば何かしらの行動に出ても不思議はない。
浜田がどういう性格をしているのかは定かではないが、地味な嫌がらせの類をしてくるとは思えなく、向かってくる時は堂々と正面から来るだろう。そうなった時は話し合いをすればいい。
ただ一つ気になるのが、念を押す様に、心配しなくてもいい、と告げた栗崎の言葉。それがどういう意味なのか最後まで教えてはくれなかったが、もしかすれば〝脅し〟のようなことをしているのかもしれない。
栗崎が何をしたのか、浜田が今後どういう形で俺たちの前に現れるのかはわからない。心配要素はいくつもあり、浜田が穂乃香にとって危険な存在であることは決定的ではあるものの、あんな奴を気にして過ごすのは大変気分が悪く、また、そこまで気を張る必要もないように思える。
何も起こらないのならそれが一番いいだろうし、あれもこれもと考え過ぎてはきりがない。そんなことを考えながら自分の席で頬杖をつきながら、ぼんやりと窓越しに空を眺めていた。
「おはようございます」
誰かが近づいてくる足音は聞こえていたが、まさか話しかけられるとは思わなかった。顔を横に向けると、いかにも女受けの良さそうな顔立ちの男が立っていた。やや長めの髪。少し跳ねた毛先。切れ長い目。長身で細身の身体つき。程よく着崩した制服。
そんな〝お洒落な男〟が柔らかい笑顔をこちらに向けていた。どことなく俺たちに視線が集まっているのを感じる。
滝椿薫。四月のクラス替えで一緒の組になった男。
「なんか用か?」
「特別、要があるわけではないですが、一度、託真くんと話してみたいと思い、声を掛けさせてもらいました」
俺と話してみたい物好きが未だにいるとは意外だった。
「それで、なんで俺と話したいなんて思った?」
どうせ穂乃香絡みだろう、と呆れながら尋ねた。それ以外に俺に話しかける男なんていない。そう思っていたが、まったく違う言葉が返ってきた。
「託真くんに自覚がないようなので言いますけど、みんな、あなたと話したいと思っています。ですが、託真くんが他人を拒絶しているので近寄ることも出来なくて」
「拒絶ね……」
あながち間違いではない。
「せっかく同じ組になれたのですから、仲良くしたいと思いまして」
滝椿の口調は丁寧ではあるが、どことなく面倒な匂いがした。そういう奴は夕貴一人で十分なのだが。俺の気持ちも知らず、滝椿は話を続ける。
「あなたと話がしたいと思っている人の多くは女子が多い。でも、あんな可愛い妹さんがいるのでは、なかなか声も掛けづらいのでしょう」
女子から話し掛けられた記憶がまったくなく、煩わしいと感じながら話半分に聞いていたものの、「妹、可愛い」と言う言葉には同感せざるを得ない。完璧な女の子が傍にいるのだから、他の女子が引け目を感じてしまうのその気持ちはわからなくもない。
けれど拒絶だとか、女子がどうのこうの言っているこの会話に何の意味があるのだろうか。俺は顔を上げて口を開いた。
「あのさ、お前の言いたいこと、全然わかんないんだけど」
「僕はあなたと話しがしたいだけです」
万人受けするような完璧な笑顔で滝椿は言う。面倒な奴に捕まってしまった、と思った瞬間、ふと、何かが引っかかった。その〝何か〟は些細なことだったような気はする。喉元まで出かかり、思い出せそうな感覚が余計に不快感を深くする。その何かが見つかる前に、もう一人、俺の席に近づいてくる人物がいた。
「おはよう」
あまり良好とは言えない雰囲気に加え、普段見慣れない人物がいるにも関わらず、夕貴はいつも通りだった。こいつの心臓はきっと常人を超えている。
「おはようございます。有馬くん」
先程同様、完璧な笑顔を夕貴に向けていた。
「だれ?」
夕貴が不思議そうな顔で俺に問う。クラスメイトの顔ぐらい覚えとけよ、と言い掛けてやめた。
「僕は滝椿薫と言います」
「そうなんだ」
わざわざ丁寧に自己紹介してくれたにも関わらず、夕貴は興味なさそうな素っ気ない態度だった。本人は他意も悪意もないのだが、夕貴を知らない人からすれば失礼に思うだろう。
それが夕貴の好かれない性格であり、治すべき態度だと前々から思っている。滝椿はどうだろう、と視線をやれば意外にも気にしていなさそうだった。
「ところで薫さんは“天体”についてどのくらい知ってる?」
初対面にしては遠慮のない話を切り出した。もう少し話には順序があるだろうに、そういうのもお構いなし。どんな言葉を投げ付けても笑顔を崩すことがなかった滝椿が、しばらく呆然としていた。
「……天体、ですか? あまり詳しくはないですね」
期待していた返答でないことに、夕貴は心底残念そうに肩を落としていた。そうだろうな、と俺は心の中で呟いた。同年代で夜空の星に興味のある人を俺は知らない。
探せばいるかもしれないが、それでも少数であることは違いない。たまたま偶然に、運命的な何かでそういう人に巡り合えるのではないかと、同じ趣味を共有できる一人になってくれるかもしれないと、夕貴は期待していたのかもしれない。




