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ふれられないもの  作者: 柳
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穂乃香の周辺2

 

「今日、家庭科の授業でクッキー作った」


 昼休みも終盤、弁当を食べ終わるタイミングに合わせ、雪花がクッキーの入った小さな箱を差し出してきた。香ばしい匂いの、手作り感のあるチョコチップの入ったクッキーだった。


「食べて問題ないのか?」

「……そういう、意地悪なことばかり言う人には食べさせてあげません」


 軽い冗談のつもりだったのだが、手お伸ばせば寸前のところでクッキーの箱を遠ざけてしまった。頬をやや膨らまして顔を背けている。なんて子供っぽい。


 お預けを食らっていれば〝託、私も〟と、ハンカチに包まれた可愛らしい動物の形をしたクッキーを差し出された。その中から、うさぎの形をしたクッキーを選んで口に入れる。


「うん。美味しいよ」


 穂乃香の作ったクッキーは店で出しても悪くない。


「託は甘いの苦手だから、砂糖をなるべく控えて作ったの」

「これならいくらでも食べられそうだ」


 一口、一口味わいながら食後のおやつを堪能した。ふと、夕貴が羨ましそうにこちらを見つめていた。


「私のでよかったら、食べる?」


 それに気付いた雪花が遠慮がちにクッキーを差し出していた。穂乃香も同じように、どうぞ、と言って残り少ないクッキーを夕貴に渡した。ありがとう、と夕貴は言い、次々にクッキーを口に入れて、うまい! と空に向け叫んでいた。


「ゆうは大袈裟なんだから」


 雪花は僅かに照れを滲ませていた。視線が夕貴に向いている隙に雪花のクッキーを頂いておく。


「確かに、初めてにしてはなかなか」

「ちょっと、勝手に食べないでよ!」


 プロの職人にも劣らない穂乃香ほどではないにしろ、雪花の作ったクッキーも悪くない。


「なんだよ。沢山あるんだからいいだろ」

「あげるなんて言ってないでしょ!」


 そこまでムキなることはないと思うが、雪花なりに恥ずかしいのかもしれない。お菓子を作る難しさと苦労は知っている。僅かな分量も間違えてはいけなく、特にオーブンを使う際の温度と時間は正確でなければならない。少しばかり苦くなってしまっても仕方がない。


「焦げているところなんて、なんとも初々しいじゃないか」


 と、俺が言えば、


「これ焦げてたの?」


 と、夕貴が不思議そうにクッキーを眺めていた。チョコと混ざってわかりにくくなっているが、ざらりとした食感と若干の苦みが混じっている。


 料理が得意ではない雪花。経験のない状態でここまで美味しく作れれば上出来だろうに、雪花は恥ずかしそうに視線を俯かせていた。それを言葉で伝えても、雪花では余計に傷つける結果となる。それに、今更気を使う間柄ではない。


「でも、おいしいね」


 夕貴の言葉に同意するように俺は深く頷いた。その後も、俺と夕貴の手は止まることはなく、数人分はあったクッキーがあっという間に無くなった。さすがに満腹となり、残りの時間を楽な姿勢でくつろいで過ごした。ふと、空になったクッキーの箱を雪花が見つめていた。その顔はどこか嬉しそうに見えた。


 それから数時間が経ち、放課後になる。昨日に続き、告白の返事をする為に旧体育館を繋ぐ渡り廊下へ足を向けていた。


「ここで待ってるから」


 はい、と小さな声で返事をして穂乃香は背を向けた。その先へと目を向ける。いつも先に待っているはずの男子生徒の姿は未だにない。


 何をしているんだ、と心の中で文句を言い続けること二十分。さすがに我慢の限界を超え、穂乃香の元に向かおうとすれば、遠くから近づいている人影が見え俺は足を止めた。


 愚鈍な奴。このまま来なければよかったんだ、と溜まった罵倒が止まらない。さっさと終わらせて帰りたいのに、そいつは待たせた挙句、拘束時間も長いときた。


 いい加減にしてくれ。告白の返事だけなら五分も掛からないはずなのに、その男はなかなか立ち去ろうとしない。それどころか男の声がだんだん大きくなり、離れた所にいる俺の耳にも入るようになっていた。


「いいじゃん、一回ぐらい付き合ってよ」


 男の声とは異なる、小さく叫ぶようにな声が聞こえた。


「近くで見ると可愛いな。ちょっとこっち見ろって」


 野蛮な男は穂乃香の小さく可愛らしい顎を汚い手で掴み、更に力づくで自分の方へと向かせた。それを拒絶し、精一杯の力で振り払うと、男の表情が曇った。


「かわいいからって、いい気になるなよ」


 男の手が穂乃香の肩を乱暴に掴む。


「抵抗しないほうがいいんじゃないか? 痣にでもなったらことだ。それとも、傷つけられたいのか?」


 穂乃香の両手首を片手の力で縛り、自由をなくし、逃げられなくした。そんな状況から脱しようと穂乃香は必死に抵抗しているが、どうしても男の力には逆らえない。男はその姿をじっくりと舐め回すように見つめ、にやりと笑みを浮かべるとだらしない顔を穂乃香に近付けていく。


 総毛立っていた。身体を巡る血液が逆流していると思えるほど内側で暴れている。全力で地面を蹴っている。穂乃香に手が伸びた瞬間、俺の身体は動いていた。感情は怒りに支配され、それ以外は存在しない。今は、目の前の敵だけしか見えない。


「穂乃香にさわるな!」


 そう叫びながら至近距離まで接近し、勢いを殺さないまま跳躍した。がら空きだった胸と肩に当たるのが理想だが、穂乃香から離れさえすれば体の何処に当たろうと関係ない。姿勢は滅茶苦茶のまま、目の前の敵を吹き飛ばすことだけを脳裏に浮かべながら飛び蹴りを見舞った。男にとって突然の出来事ではったはずだが、それでも反射的に身を退いていた。だが、あまり意味をなさない。

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