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ふれられないもの  作者: 柳
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穂乃香の周辺

 

 真っ暗な闇の中にいた。自分の姿だけははっきりと見える。辺りを見回してみるが何もない。ここには何もない。


 いつの間にか大きな箱が目の前にあった。吸い寄せられるように近づいていく。その箱は簡単には開きそうになかった。でも、簡単に開くような気もしていた。真っ白に輝いた箱はとても綺麗だった。


 ふれてはいけないような気がした。魅了されていた。どうしても開けたい。そんな衝動にかられる。それと同時に開けてはいけない。そんな気もしてた。


「開けても大丈夫だよ」


 誰かが俺に囁いた。開けてもいいのか。俺は箱に手を掛ける。


「ダメだ!」


 俺は慌てて手を離す。


「それを開ければすべてが終わる」


 聞こえてくる声は、なぜだか俺を納得させた。箱から距離を置くと力なく座り込んだ。頭を抱え、小さくうずくまった。


 ――――。


「大丈夫?」


 はっと目を開けると、穂乃香が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。呼吸は乱れ、びっしょりと汗をかいていた。


「大丈夫だ」

「また、あの夢?」

「ああ」

「どうして託ばっかり悪夢なんてみるんだろう」

「わからない」


 上半身を起こし呼吸を整える。穂乃香は相変わらず心配そうに見つめていた。手をのばし穂乃香の頬にふれた。


「夢なんて所詮夢だ。気にするな」


 穂乃香は目を閉じると俺の手に自分の手を重ね、はい、と答えた。夢は夢。その言葉は、自分にも言い聞かせていたのかもしれない。


 朝食はとらなかった。正確に言えばとれなかった。夢を見た日はいつも食欲がわかない。せっかく用意してくれたのに、残すなんて最悪だ、と気分がまた沈む。


「今日は何が食べたい?」


 穂乃香の声で我に返る。通学路を歩いていた。体調が悪いことを感付かれないよう強引に気持ちを切り替える。


「カレーなんてどうだ? うーんと辛いやつ」


 穂乃香はしばらく黙り込むと、小さく頷いた。


「精一杯頑張ります」


 少しばかり大げさな力強い声色が俺の胸を打った。体調の良し悪しなど吹き飛んでしまうほどの温かさにふれ、身体の奥が満たされていく。聡い穂乃香のことだ。心配を掛けたくない俺を気遣って気づいていない振りをしてくれている。ならばと、俺は俺で、なるべく普通に振る舞えるように重い足を前へ進めた。


 校門を過ぎると視線を感じた。穂乃香のおかげで立ち直っていた気分に陰りが差し始める。なるべく気にしないように努め歩みを進めていると、ふと一人の生徒に視線が止まった。気分が悪いのなんて一瞬で忘れてしまった。


 歩きながらも横目でそいつを見る。知らない生徒だった。全ての生徒の顔と名前を把握しているわけではないが、ある程度は知っておく必要がある。


 穂乃香に害を与えそうな存在は、手に収めていなければいつ噛みつかれるかわからない。知っている生徒ではない。視線に敵意は含まれていない。でも、視線が止まった。


 そいつが俺たちを見る眼差しは、周りにいる連中とは違う気がした。警戒を緩めず、そいつが見えなくなるまで目を離さなかった。


 下駄箱までたどり着き靴を履き替え、下駄箱の前にいる穂乃香に声をかける。昨日に続いて今日も手紙があったらしい。うんざりする気持ちは穂乃香にも多少はあると思うのだが、それでも丁寧に手紙を鞄に仕舞った。


 その際、ちらっとだけ手紙が視界に入った。適当なノートを千切ったのではないのかと思わしき紙に、汚く乱雑な文字。なんとなく嫌な感じがした。


 雪花と軽く立ち話をしてから自分の教室に入れば、まだ夕貴は来ていないらしく、姿は見当たらなかった。よかった。これでゆっくりできる。俺は机に突っ伏し目蓋を閉じた。騒がしい雑音も遠くなっていく。薄れゆく意識のなか、夢をみないことを願った。


 完全に意識が沈む前に誰かに身体を揺さ振られた。やめてくれ、と心の中で叫んでみたものの願いは届く事はなく揺れは止まらない。しかたなく、眠い目をこすりながら重たい顔を上げる。


「おはよう」


 爽やかな笑顔が目の前にあった。何か良いことでもあったのだろうか。その話は後で聞くから、と心の中で告げて再び突っ伏した。


「友人を前に二度寝はないよね?」


 ねえ、ねえ、とうるさい声がすぐ近くで聞こえる。


「静かにしてくれ。疲れてるんだ」

「手紙、預かっているよ」


 はて、と顔を上げれば眼前に白い封筒があった。


「俺に? 誰から?」

「知らない。ちゃんと渡したからね」


 夕貴は手を振りながら自分の席に戻っていった。受け取った手紙はシンプルなものだった。真っ白な封筒に、桜井 託真様。とだけ書かれてある。


 とりあえず、穂乃香関係ではなさそうなのでズボンのポケットに仕舞った。俺に手紙なんて誰が書いたのだろう、と机に俯せながら考える。それに、俺ではなく夕貴に渡したのも何か理由があるのだろうか。色々考えていると大きな欠伸が漏れた。ひとまず、手紙の事は起きてから考ることにしよう。そう思いながら再び目蓋を閉じた。

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