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ふれられないもの  作者: 柳
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日常10

 

 帰宅してからはそれぞれの役割へ。買った食品を冷蔵庫に詰め込んだ後、制服を脱いで動きやすい恰好に着替えてから庭の花壇に水やり。それから風呂掃除をして湯を溜める。平日にやれることはこれくらいなもので、あとはゆっくり過ごす。


 その間穂乃香は、制服の上から黒いエプロンをして台所に立っている。何をしているのかはここからではわからないが、出来上がるまでにはもう少し時間が掛かることは予想できる。全てを終えると手持無沙汰になってしまい、まだまだ時間が掛かりそうな料理の手伝いを、と思ってもそれはできない。


 〝料理は私の仕事です〟


 そう言って一切の妥協もなく譲らない。穂乃香は意外と頑固だったりする。後はのんびりと、リビングのソファーに座ってテレビを見て過ごす。


 それから一時間も経たぬうちに夕食が出来上がった。今日の献立はブロッコリーの鶏肉炒めと、キノコとキャベツのサラダ。豆腐と玉子の中華スープに、最後に頼んだ牛乳がコップに注がれている。


 見た目的にも一手間掛かっている料理を、あの時間で一人で作り終えてしまうのだから驚きだ。味に関しても申し分なく、大変美味しい。食事中に、こんなのどうやって作ってるんだ? と尋ねてみれば、スマホで検索すれば色んな料理の作り方が載ってるんだよ。と言っていた。


 時折、視線が同じところに向くことがあるのはスマホを見ているからなのだろう。野菜を中心とした今日の夕食は、あっさりとした見た目とは裏腹に実は食べごたえがあり、あっという間に完食すれば、膨れた腹がもう入らないと訴えている。


「ごちそうさま。美味かったよ」


 最後に牛乳を飲み干し、大満足にそう言った。


「おそまつさまです」


 穂乃香は嬉しそうに言うと、食べ終わった食器を台所に持っていく。その後ろ姿を見て、俺は立ち上がった。炊事と洗い物は穂乃香の仕事であり、体調不良や止むを得ない事情がない限り続けてきた。穂乃香が出来ないことを俺が。俺が出来ないことを穂乃香が。そうやって助け合いながら過ごしてきた。


 同じ家で生活する上で、互いが納得した決め事を軽んじれば全てがあやふやになる。相手を想って手伝うことはいいことだが、どちらか一方が負担を負うのは対等ではないし、そのことで相手に悪い思いをさせてしまう。良かれと思ってしたことでも、それは善意の押し付けでしかないことだと俺は思っている。


 それは、それほど長くない二人だけの生活で学んだこと。なら、何もしなくていいのか? と問われればそれは違うと答える。自分の仕事じゃないから関与する必要はまったくない、というのも悲しいことだと思うから。


「どうしたの?」


 隣に立つ俺を見て穂乃香は不思議そうに言った。表情に僅かな疲れの色を見た気がした。気のせいかもしれないけれど、見て見ぬふりは出来ないし、気づいてしまったのだからもう止められない。


「食器は俺が洗っとくから、先に風呂入っちゃえよ」


 そう言って穂乃香が持っているスポンジを取り上げた。


「いえ。私は大丈夫だから、託が先に入って」


 スポンジを奪い返そうとする穂乃香。それを巧みにかわしていく。穂乃香にとって余計なお世話だったのかもしれない俺の提案ではあるが、一度決めたことは曲げられない。避け続ける。


 そうしてると小動物と戯れているかのような、柔らかい気持ちにさせられた。このままいつまでもじゃれ合っていたい思いに駆られていたが、必死に奪い返そうとする穂乃香は真剣で、みるみるうちに行動が大胆になっていく。


 距離は近く、接触する面積は増えるばかり。このままでは色々と大変なことになりかねなかった。


「いいから、いいから。今日くらいはやらせてくれ」


 ばんざいの姿勢をとれば、身長の低い穂乃香では背伸びをしても届かない。つま先立ちを止めてまっすぐに俺を見つめる。


「でも、これは私の仕事なんだよ?」


 正論を言われてしまえば何も言い返せない。これは俺の押し付けでしかなく、俺が引き下がるべきなのはわかっている。でも、曲げられないものは曲げられない。正攻法で勝てないのなら、反則をするしか道はない。


「今日は暑かったからな。汗、早く流したいだろ?」


 卑怯な言い方だが穂乃香には効果的だった。至近距離から一歩二歩と後退し、穂乃香は俯いてしまった。


「うん。わかった」


 消え入りそうな声でそう言うと脱衣所に消えた。


「ゆっくり入れよ」


 その後、十五分程でタオルで髪を拭きながら穂乃香が出てくる。全然ゆっくりしてない。いつもならたっぷり一時間は入っているのに。


「託。次ぎどうぞ」


 呼ばれるがまま脱衣所へ向かった。習慣としていつも俺が先に風呂へ入っているので知らなかったが、待っている人がいると穂乃香は気にしてしまうらしい。それも穂乃香らしくあるが、今後は気を付けなければならない。と、物思いにふけながら脱衣所で上着を脱ぎ始めて数秒、あるものに目が止まった。


 純白の、なんだかふわふわとした布生地の下着がある。穂乃香にしては珍しいミスだと言えるだろう。たまに洗濯を担当しているので穂乃香の衣服は見慣れているものの、下着だけは別に穂乃香が洗っているので、その存在自体を俺は知らない。兄妹の下着を見た時の反応として、正しい行動とは何だろう。


 一緒に住んでいるのだからこんな突発的な事故はよくあること、と受け入れてしまうのが一番なのだろうか。それとも忘れていることを教えた方がいいのだろうか。


 いやいや、それはない。一番ない。そんなことをすれば羞恥で穂乃香が死んでしまうかもしれない。ならば見なかったことにすればいいのか。そんなことできるはずがない。だって、視線が下着から離れない。


 わかっている。わかっているんだ。これはただの服。ただ、穂乃香が脱いだ服ということ。そんなものはいつも見慣れている。そう、問題ない。問題があるとすれば、その服に俺が興味深々ということで――。


 見てはいけないとわかっている。こんな卑劣で不潔な行為をして穂乃香がどう思うか。想像するまでもない。嫌なはずだ。だから、俺は見なかったことにするのが一番なのだろう。


 落ち着け。そう、これは事故。俺は何も見ていないし普通だ。俺はこんな物で動揺などしない。しないはずだと思いたい。


 何度も何度もそう言い聞かせて気持ちを静めてはいるのに、視線は釘付けになってしまっている。ただの布切れなのに、穂乃香の下着だというだけでこれだけ動揺している。

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