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爪の下の  作者: 3986
爪の下の(推敲前)
9/9

キッカちゃん、もっと。もっと踏んで。


色づいたばかりの果実のような声で、彼は私に強請った。


人の肉の心地よさに浮かされて、私は足を彼の頭の上に動かした。

毛の流れに逆らって足を滑らせる。

手で撫でる代わりに足を使って。


浮かされているのは私だけではないのかもしれない。

さっきまでの感触と変わって、右足のあちこちでぬるり、としたモノが這っている。

音にはならない彼の呼吸が、それが這った後を冷たくする。


彼の髪の毛は私を『その気』にさせるのに充分な長さだった。

足の指に彼の髪の毛を絡ませてみたり、指の間に挟んで引っ張ってみたり。


なんだか犬っぽい、博睦君って。


私の身体はもう、縮こまっていない。

緊張が解けて、ソファに深く沈んで、クラゲみたいな気分。

彼を足で愛でているのに、本当は私の意思なんてなくて、彼にそうさせられているのが、こんな。ゆらゆらして気持ちいいなんて。


私は部屋の中の穏やかな波に乗っかるようにして、ソファから身体を起こした。

一旦彼の頭から足を下ろして、座る位置を浅くする。


「キッカちゃん、まだ少し時間あるよ。もうちょっとだけ」


私が足を乗せるのをやめたと思ったのか、焦ったような声が足元から響いた。

彼が足を離そうとしないのが、なんだか可笑しかった。


「やめるわけじゃないよ、背中の方に足が届かないなと思って」


私がそう言うと、彼は再び身を伏せた。

さっきよりも背中が近くなるように身体を揺するのを見て、私の中に感じたことのない感情が湧いてくる。


そっと足を伸ばして、彼の背に置く。最初は主張する背骨を丁寧に爪先でなぞる。それだけで、右足にかかる彼の呼吸は深くなった。


「ねえ、キッカちゃん」


「何? 」


「足、ちゃんと靴下履いてよ、UVカットのやつ。じゃないと、焼けてきてるよ。日焼け止めしてるのかもしれないけど、もっと大事にして? 」


もう、キッカちゃんだけの足じゃないんだし。


そういって右足のふくらはぎに噛み付いてきたので、思わず右足を振り払ってしまった。

その拍子に誤って彼の頬を足で打ってしまう。


ごめん。


そう言うと、頬を押さえて恍惚とした表情で私を見る彼が足元にいた。

いいんだよ、もっと蹴ってくれても、と甘く甘く呟く。


「踏まれたいんじゃなかったの」


「踏まれても蹴られても嬉しいよ、だってキッカちゃんの足だから」


そういうものなの、と私は彼の言葉を深く捉えなくなっていた。


「今日はサンダルだし、今すぐ履くのは無理だけど」


そのうちね、と言いながら再び彼に足を伸ばす。

彼は私の足の動きを視線で追って、躾の行き届いた犬のように這いつくばった。その背中に爪先をのせる。そして、首にやったようにぎゅっと爪を押し付けた。


ああ、背中を覆う薄っすらとした肉の感触が好きだ、と思う。

シャツ越しのくせにこれは狡い。

こんなに衣類が邪魔だなんて、思ったことないよ。


彼は私に踏まれるのに、ぴったりの体をしている。

荒い息を繰り返す彼の背中は、先ほどまでよりもはっきりと上下していて、私はそれを足で妨げた。それから、彼の背にまた、爪を立てる。


もう少し、爪をのばそう。

爪の下の男の肉が私を捕らえやすくなるように。


好きだよ、きっかちゃん、すごく好き。


熱っぽい声に、私は、そう、と短く返した。


彼のことを好きかどうかはまだ分からないけれど。

彼に足を当てていると、湧き立つような気持ちになる。

蹴ったり踏んだりよりも、もっと凶悪で。

足の動きは優しいくせして、私は彼をめちゃくちゃにしてやりたくなっている。


これって、恋なんだろうか。



薄暗い部屋とローズヒップの香り、それから彼と私の呼吸。

クラクラする頭じゃ何にも考えられない。


だからって外にでても、肉の感触は私を追って、私はきっとそれを振り切れない。

夏の暑さでも彼の肉は腐敗しないし、私の爪はそれが欲しい。


大学までの平坦な道は、きっと今日だけ下り坂。

私は石ころで転がったら転がりっぱなし。

隣にいる彼が坂の下で待っている。

ここまでお付き合い下さってありがとうございました。

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