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爪の下の  作者: 3986
爪の下の(推敲前)
6/9

どこから、話したらいいのかな。


顔を上げた彼は、それでも私の足を離してくれなかった。

私の足を手のひらに乗せて包むように持ったまま、ひたと私の顔を見た。

薄暗い中で私は彼がポツリポツリと口にする事を、自分の知らない遠いところで起きた話のように聞いていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


僕は呉服商の長男で、キッカちゃんは材木問屋の娘さんだったんだ。

さっきも言ったけど父親同士の仲が良くてね、僕が生まれた時におじさんの家に女の子が生まれたら結婚させようって決めてたらしい。

僕が7歳の時にキッカちゃんが生まれて、その時の名前は菊ちゃんだった。キッカちゃんの名前を見たときはすごく驚いたよ、前と一緒だって。


君は僕のこと兄様あにさまって呼んでくれて、いつも僕についてきてくれた。僕にとっては結婚相手というよりも妹ができた感じだったのかな。すごく可愛くて、絶対大事にしようと思ってた。


僕が19、菊ちゃんが12になったら祝言を挙げるはずだったからね。


でも、その前に菊ちゃんは病で亡くなってしまった。

僕は長男だったから、それから他の人と結婚せざるを得なかったんだけど、それをずっと君に謝りたいと思ってた、仕方なかったとはいえ本当に申し訳ない事だった。


それから僕は毎日、神社に通ったよ。


次に生まれ変わる事があったら、また菊ちゃんに会いたいって。

今度こそ菊ちゃんを幸せにしたいって。


それは僕が物心ついた頃から少しずつ記憶に混ざり始めて、今じゃすっかり前の記憶が戻ってる。僕がそうだからきっと菊ちゃんもそうだって思ってたんだけど、大学で再会した君は全く僕のことなんて覚えてない風で、何度も気づいてもらおうって努力したけど全然ダメだった。


でも今日、こうやってキッカちゃんと話す事ができて、本当に嬉しいよ。


ねえ、キッカちゃん。


君は僕のこと覚えてないって言ってたけど、君の足は昔そっくりだ。

白くて、細くて、貝がらみたいな爪が付いてて。


◇◆◇◆◇◆◇◆


磯貝くんの手は、ぴったりと私の足に張り付いて離れなかった。

強く握られているわけでもないのに、私の足は石になったみたいに動かない。


彼は懺悔と言ったけれど、変だ。

だって、彼に後悔の色はなくって。


私はソファの上で縮こまって、彼の言葉を理解しようと試みたけど無駄だった。


私が見つめた先の磯貝くんは、まっすぐに私を見ている。


「キッカちゃん、今度こそ結婚しよう」


本気で言ってるんだろうと思わせられるような、はっきりとした声。

でも私の知るプロポーズの場面は大体手を握ってキスをするものなのに、彼は私の足に唇を落とした。


まるで私の方が彼にそうさせているかような錯覚。

小さな眩暈が霧のように私を覆いはじめていた。

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