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爪の下の  作者: 3986
爪の下の(推敲前)
4/9

磯貝君が、おかしなことを言い始めたのは、レポートもひと段落したくらいの時だった。


お互い2コマ目は空きコマで、レポート自体には一時間半くらい没頭していただろうか。

私が困っているところを、磯貝君は目ざとく見つけて的確なアドバイスをくれるのに、私が彼の方をチラッと見ても、こちらばかり気にしているわけでもなく。彼は彼で参考書をめくったり、紙の上でペンを動かしている。


一緒にレポートに精を出していると、デキる人だと思っていた磯貝君も普通に努力する学生なんだなぁと思った。


だいぶ余裕を持ってレポートの完成には目処が立った。

下調べも終わったし、論点も結論もまとまったから、あとは文章にしていくだけ。


次の3コマ目まではまだ一時間くらいある。


「ありがとう、磯貝君のおかげで早く終わりそう。それに一人でやるよりも中身、良くなったと思う」


ハーブティーのお代わりを入れてもらって、二人でそれを飲む。

私が、そうお礼を言うと、彼は、良かった、と目を細めた。


「中村さん、キッカちゃんって呼んでもいい?」


キッカちゃん。なんて、何年ぶりに聞くだろう。

全然知らないこの土地に来てから下の名前で呼ばれることなんかなかった。

それより、さすがに今日初めて喋った人に急に距離を縮められるとびっくりする。


そういうと、磯貝君は視線を下げてふーっとため息をついた。


「やっぱり、覚えてないんだね」


「あ、ごめん。私、磯貝君と喋ったことあったっけ」


もしかしたら一年生の時、どこかで喋っている可能性もある。

一人暮らしを始めたばかりで、大学の講義も初めてで、サークルの勧誘も結構すごくって。広い校内あちこちに飛び回るようにして教室移動して、いっぱい単位取った方がいいだろうって授業詰めすぎて。初めてだらけで一人で空回りしていたから、正直去年の事はあまり覚えていない。

磯貝君は同じ学部だし、学科も一緒だから顔と名前は知っていたけど。


そしたら、磯貝君は首を振って、そんなに最近の話じゃないよ、と苦笑した。


「僕たち、昔ケッコンの約束してたの、覚えてない?」


ケッコン。


ケッコン。


ケッコン?


その言葉を何度も頭の中で繰り返した。


「ええと、確認なんだけど、ケッコンってあれよね? 役所に婚姻届出しに行って成立する関係のことだよね? 」


本当に真面目に聞き返したのに、磯貝君は顔を歪めて我慢できないっていう風にぷっとふきだした。

そして大笑いしながら、縁なし眼鏡を外して目をゴシゴシ擦った。


そんなに酷いことを聞いたとは思えないのだけど。

眼鏡をかけ直す彼をじとっと眺めれば、彼はごめんごめん、と茶色の瞳を私の方に向けて丁寧に言った。


「うん、その結婚で合ってるよ」


彼の白い頬にかかるこげ茶の髪の毛は、シャッターの閉まった部屋の中で、さっきよりもハッキリと彼の顔の輪郭を作っていた。

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