新たな幕開け
あの雨の日から数日が経った。
あの日以来発作は出ていない、心のつかえが取れたように軽い気持ちだった。それでいて自分の運命を受け入れ、自分の身体の中心に1本太い筋が通っていた。
「うむ、異常はないね。」
士郎は定期的に病院に通って桜田先生の診察を受けている。今日は月に1度の検診の日であった。
「ありがとうございます。」
「また以前のような発作が出たら悪化する前に病院に来るんだよ?」
発作が出る時は毎回急なものだ、1度出てしまえばそこから1歩も動けなくなってしまうのに悪化する前に病院に来れるだろうか。そんな事を考えながらも士郎はエレベーターを待っていた。
「千絵、、」
ふと、千絵の事が頭によぎる。
「久々だし、会えないけど部屋の前まで行ってみるか。」
士郎は千絵の病室がある階のボタンを押した。
エレベーターが開くと、廊下の突き当たりに千絵の病室が見える。
士郎は病室前で立ち止まり、千絵の名札が壁についているの確認した。
「千絵、本当にここにいるのか?。。」
士郎に与えられた情報はこの病室にいるという事を名札だけ、実際自分の目では見ていない。本当はいないんじゃないかという不安を感じていた。
「また、来るからな。」
そう言って士郎は病院をあとにした。
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次の日の放課後。
士郎はいてもたってもいられなかった。普段バスケ部で身体を動かしている士郎にとっては運動不足でフラストレーションが溜まってしまっていた。
「パラリンピックとかもあるくらいだし、オレも何か始めれないかな。」
身体は上手く動かなくても心は元気なのだから何かしないと勿体無いと、最近はネットやスマホで障害者スポーツの記事やチーム募集のSNSなどを見ていた。
「学校で何かオレでも出来る部活はなかったかなぁ。。」
そこに、待ってましたとばかりに橘先生が現れた。
「そういう時は!部活動の紹介が書いてあるこのリーフレットを読むといいぞ!」
そういう時はお前も〇〇部に入らないか。とか、無いなら作ろう。とかいうセリフが出てくるもんじゃないのか。なんて紙媒体頼りなんだ。と思いながらもリーフレットを読んでみると。
「茶道部、、オレには合わないな。水泳部、、溺れちゃうよな。うーん。。」
さすがに半身が使えない状態で、なおかつフラストレーションを解放できるような部活は無いのだろうか、と思っていたが、
「演劇部。。初心者でも歓迎、木の役から主演まで、青春の汗を流そう、か。少し見学だけでもしてみようかな。ねえ先生。」
橘先生はいつの間にか消えていた。
「ホントに人任せかよ!!」
と、柄にもなくツッコミを入れてしまった士郎。
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士郎は演劇部が活動しているレクリエーションルームの前に来ていた。
演劇部は、本番とリハーサルは体育館のステージで行うが、ほかの部活の音や声が練習の邪魔になるのでレクリエーションルームを使っている。
「お邪魔しまーす。。」
士郎はおそるおそる練習の邪魔にならないように静かに入ってみた。
「なによ!貴方がわるいんじゃないの!!」
「そんな事言ったって仕方ないじゃないか!!」
とんでもない修羅場にお邪魔してしまった。。
「失礼しましたー。。」
士郎はそっとドアを閉めようとすると。
「あら?誰ですか?もしかして入部希望者!?」
「おお!ついに来たか!!」
さっきまで喧嘩していた部員がにこやかに近寄ってくる。
「あ、あ、あの、お取り込み中すいませんでした。」
士郎はまるでチワワのように小さくなりながら謝った。
「ん?ああ、いいのよ、今ワンシーンの練習だったから」
演技だったのか。
「あの、ちょっと見学させて欲しくて」
「やっぱりそうだったんだ!どうぞどうぞ!」
「ところで貴方は何役志望なの?!あ、主演はダメよ!主演は3年生だからね!」
「実はオレ。。」
士郎は自分の左半身が麻痺していることを話した、すると意外にも、
「すごい、すごい人生ドラマだね!劇になるよ!!」
「なんて感動する話!!これは話にしなきゃ!」
士郎は初めて人に共感してもらえたような気持ちに頬がゆるむ。
そして話は盛り上がり、気付けば最終下校時刻になっていた。
「あ!もうこんな時間!ゴメンね見学出来なかったね!私帰らなきゃ!」
「いえいえ、なんか話聞いてもらえて、先輩達の話も聞けてすごく楽しかったです。」
士郎はあの夜以来こんなに仲間と話せた時間が新鮮だった。そして、士郎は決めた。
「あの!演劇部に入部してもいいですか?!こんな身体ですけど、この部がすごく居心地が良くて。」
すると先輩達は驚いたような顔をして、
「もちろん!ただ、演技は大変だよ。甘い気持ちだとすぐに挫折するからね。」
「はい!わかりました!宜しくお願いします!」
こうして士郎は演劇部に入部した。
入部してから毎日が有意義で楽しかった。
あの日がくるまでは。。。
~新たな幕開け~ 終
今回もご拝読ありがとうございます。
次回は士郎の身になにが起こるのか、そして、私は演技経験が無いのに演劇部の話がかけるのか。
次回をお楽しみに。