彼女の思い
士郎は学校の校門の前にいた。
「1ヶ月ぶりだけど、なんか変わったな。オレが変わったのか。」
登校時間はとっくに過ぎている。
「一時間目は遅刻だな。退院早々遅刻とは萎えてくるなぁ」
士郎と千絵が通っている春蘭高等学校、クラスは2年B組だ。士郎はバスケ部だったが、左半身が動かない今は退部して帰宅部になるべきか考えている。
「帰ろうかなぁ。」
そんな事も考えながら士郎はクラスの前まで歩いていた。今ではリハビリの甲斐もあって階段くらいなら何とか登れるようになっていた。
ガラガラガラ。
授業中にも関わらず前側の扉から入っていくのは士郎のいつものクセである。席は前から入った方が近いからだ。
「おお!花井!もう大丈夫なのか!?」
「あ、はい、なんとか授業受けられるくらいまでなら回復しました。」
クラスの担任の橘先生である。黒い短髪で見た目は若そうに見えるが教育主任で、趣味が筋トレという体育会系教師である。ちなみにバスケ部の顧問をしている事から士郎の事は気にかけてくれる。
「そうかそうか、皆心配してたんだぞ!」
病み上がりの身体にはなかなかこの人のテンションは身体に響く。
士郎が自分の席に座ると、隣の席は誰も座っていなかった。
そうだよな、いるわけないよな。
士郎がカバンから教科書や筆記用具を机に出していると後ろからまた身体に響くタイプのヤツが肩を叩いてきた。
「おい士郎!ホントに大丈夫なのか!?お見舞いに行った時はお前暗かったからどうなっちゃうか心配で心配で千羽鶴折ってたところだったんだぞ!まだ3羽しか折れてないけどな!」
がっはっはっと笑ってる見た目からして筋肉バカは後ろの席の梅塚だ。いつも学ランの下は白のタンクトップで学ランを前全開にしているから風紀委員に注意されているが、直らない。千羽鶴もさっき折り始めたのか、頑張ったが未だに3羽しか折れてないのか、しかし、根はいい奴だ。ちなみにバスケ部である。
「おはよう梅塚、千羽鶴って1人で全部折るつもりだったのか?」
「当たり前だ!もう折り紙も1000枚買ってきてあるぞ!」
無駄になったな。さぞ高かっただろうに。
「まぁまだ千絵が入院中だから千絵の分を頼むよ」
「任せておけ!3日で3羽根だから1000日で出来るぞ!」
完成する頃には卒業してんなぁ。と思いながらも橘先生が授業再開させたので前を向いてペンを持つ。
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放課後。帰宅部の生徒は帰宅していくが、これから部活がある生徒は各々グランドやら体育館やら部室に向かっていく。
士郎もバスケは出来ないがとりあえず体育館に向かった。
「ちーっす!先輩方、心配お掛けしてすいませんでした!」
「おお!花井!お前部活出来るのか!?」
「いや、流石にこの体じゃちょっとムリっすね」
「そうだなぁ。これから夏の大会もあるのに、お前がレギュラーから抜けるのは流石にキツイなぁ」
「すいません。」
「いいんだよ!そんな自分を責めなくて。治ったらまたやればいいんだから」
治ったら、か。
素直に返事を出来ずに士郎はコートの端で座った。
オレ、ここにいていいのかな。練習も球拾いも出来ないし、邪魔になってるんじゃ。
自分の居場所があった場所が無くなっていた喪失感に押し潰されそうになりながらバスケ部の練習を見ていた。
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部活が終わり自宅についた。
士郎の両親は幼い頃に亡くなっていて、親戚のおばさんがよく面倒を見てくれていたが、今はそのおばさんも亡くなり、大きな一軒家でひとり暮らしだ。
千絵と付き合ってからよく夜ご飯を作りにきてくれていたし、あまり1人で食事をした事がなかったからか、この大き過ぎる家が寂しく感じる。
「今日は疲れたな、特になにもしてないけど。」
買い物もしてなかったし、インスタントラーメンを作ることにした。
左手が使えないと食事も満足に作れないよなぁ。これからどうするか、毎日ラーメンや外食ってわけにもいかないし。
テレビをつけ、適当に面白そうな番組にかえる。
部屋の中にテレビからの笑い声や音楽が流れる。
……。暇だ。1人ってこんなんだっけ。
士郎はラーメンを食べ終えソファーに横になる。
「オレ、これからどうなるんだろ。」
そう考えているうちに、気付いたら眠っていた。
それから士郎は毎日授業を受け、バスケ部を見学し、帰ってインスタントラーメンを食べて寝るという生活を送っていった。
ある日、士郎は白い紙を持って職員室に向かう。
「すいません、失礼します。橘先生いますか?」
「おお、どうした花井。ん?」
「これ、出しに来ました。」
それは退部届けであった。
「オレ、部活にいてもやることないし、身体も治る見込みはないから、辞めようかなって」
「そうか、なら仕方ないな。皆花井がレギュラーから外れて夏の大会に間に合わせようとして必死に練習してるんだが、応援してやってくれないか?」
橘先生は紙を折ってデスクに置いて士郎を諭すような目で見ていた。今まで見た事のない表情だった。
「応援はしています。でもあそこにオレの居場所はもう無いから」
そう言って士郎は職員室を出ようとした。
「藤村も残念がるだろうな。」
その言葉に士郎の動きが止まった。
「なんでですか?」
「藤村はバスケ部のマネージャーをやりたいって言ってたんだ。そうすればもっと花井の近くで応援してあげらるから、だそうだ。」
そんな事は初めて聞いた。
「そうですか、でも千絵もあんな感じだし、結局無理だったんですよ。」
「そんな事ないぞ、藤村は花井をもっと鍛えるんだって言って今回山登りをするなんて言ってたんだぞ」
千絵が、俺のために。。?
「でもその山登りのせいで今回こんな事になっちゃうなんてなぁ。悲しいもんだ」
橘先生が気付くとそこには士郎はもういなかった。
士郎は走っていた。
オレの為に?ダイエットのためじゃなかったのかよ。あんな運動嫌いな千絵が俺のために。。
士郎の頭の中で何かが焼ききれた。
あんな自業自得だなんて思ってバカみたいじゃないか。俺のためについた嘘だったなんて!
士郎は体育館にいた、そして練習中の部員達の前に立ち、
「ボール!ボールくれ!」
「はぁ!?士郎だって左腕動かないんじゃ。。」
士郎は強引にボールを奪い、ゴールまで右手でドリブルをしながら走った。
俺のために千絵はあんな事に!!
なのにオレは!なにしてんだ!!
士郎はゴール前で止まり高く跳んだ。
ボールはキレイな放物線を描き、リングに吸い込まれていった。
がだんっ!!
士郎は着地する瞬間左足に力が入らず倒れ込んでしまった。
「士郎!!おい!大丈夫か!?」
士郎は咄嗟に左足を庇おうとして右腕を強打してしまっていた。
「うあっ!くそっっ!!くっそっ。。!」
「すぐに冷やそう!保健室運ぶぞ!!」
士郎は部員に運ばれながら保健室に行き、擦れた右腕と痛めた右肘を包帯で巻いてもらった。
「君は左半身がまだ動かないのになんでそんな無茶なことをするの!!」
保健室の先生の寺田香澄先生である。
「骨は折れてないから良かったけど、もう少しで車椅子になるところだよ?!」
「す、すいませんでした。」
香澄先生は若くて美人な先生なのだが、気が強く彼氏が出来ないで有名な先生である。ちなみにファンクラブが密かにあったりなかったり。。
「もういいわ、家に帰りなさい、安静にしてるんですよ?」
「はい。」
士郎は保健室をでて帰路につくことにした。
帰り道、寄り道をして公園のブランコに座ってみた。
「つくづくなにしてんだろ、オレ。」
ハァっとため息をつき、空を見上げるとそこには丸い大きな月があった。
退部届け、出しちゃったなぁ。
そんな事を考えていると、
「あれ、士郎くん?」
「あっ、、」
「お久しぶりね。」
千絵のお母さんだった。
「あの、すいませんでした!そばにいておきながら千絵を守れなくて、あんな事に!!」
士郎は深々と頭を下げた。
「いいのよ、あの子はまだ目覚めてないけど生きてるもの、それに、士郎くんにはいつもお世話になってるわ」
千絵のお母さんはそう言ってニコリと笑った。
「あの日もね、士郎の根性を叩き直すんだ!って張り切って出ていったのよ」
「すいません、僕のせいですよね、やっぱり。」
「ううん。逆に謝らなきゃいけないのはこっちの方よ、左腕と左足、動かなくなっちゃったんでしょ?千絵のワガママがごめんなさい。」
今度は千絵のお母さんが頭を下げた。
「いやいや、そんな頭を上げてください。僕は大丈夫ですから。」
「大好きなバスケもそれじゃ出来ないでしょ、本当にごめんなさい。」
お母さんの目は一瞬だが光るものがみえた。
「お詫びにはならないと思うけど、今日これからウチで晩御飯はいかが?」
思ってもみなかった、千絵があんな状態なのに、殴られても仕方ないのに、晩御飯?
「い、いいんですか?」
「大したものじゃないけどご馳走するわ。」
なんだろう、この感じ、怖いような嬉しいような。
「わかりました。ではお言葉に甘えます。」
その後士郎は藤村家で晩御飯をご馳走になった。
藤村家なのに千絵がいない食卓、千絵の両親も千絵がいなくて食事が寂しかったのであろう。
士郎はその夜、夢を見た、あの日の毒椿の夢を。
~彼女の思い~ 終
今回も読んでいただきありがとうございます。
次回は学校編パート2ということで、士郎がどのような葛藤と戦っていくのか、千絵の運命は、
次回をお楽しみに