ひとりの運命
~プロローグ~
僕はある日、夢を失った。
「ちょっと待ってよ〜!」
彼女は平然と山道を登っていく僕に向かって言った。
「千絵がハイキングしようとか言ってきたのにその体力の無さはどうなのさ?」
藤村千絵は同じ学校、春蘭高等学校の同級生で、同じクラスの隣の席の女の子で、僕の彼女だ。こんなどっかの恋愛マンガみたいな設定だが、付き合ったきっかけもこれまたベタな図書館で同じ本を同時に取ってしまい手が触れるアレだ。
こんなベタベタな僕らがなんで山にハイキングに来ているかと言うと。
2日前。
「太ったから協力して。」
という絵文字も顔文字もスタンプもないオマケに主語もない文が送られてきたのだ。
「士郎はバスケ部だからいいじゃん!私は帰宅部なんだよ!?手を引っ張るくらいしてよー!!」
わーわー言うとりますが、日頃からお菓子を食べまくっているのだからこれくらい厳しくするのは逆に愛だと思う。
「もう少しで頂上なんだからがんばれ〜」
気だるそうに答えてるが、意外にもこのハイキングを楽しんでいる。
なんだかんだありながら頂上に到着し、持参したお茶を飲みながらシートに座って休憩して一緒に自撮り棒で写真を撮る。
こんな色々持ってくるから疲れるのに、女子とはいつでも荷物が多いものだ、きっとリュックの中にメイク道具とかも入っているのだろう。
1時間ほど休憩して山を降りることにした。
「帰りは下り坂だから楽だねー」
「何言ってんだ、山登りは下り坂が1番キツいんだぞ」
「えー!ウソ〜!もうクタクタで足がパンパンなのにー!」
千絵いちいち文句が多い。改めて言っておくが誘ったのは彼女だ。
「日も暮れてきたし早く降りないと真っ暗になっちゃうぞ」
そう言うと千絵はぶーぶー言いながらも真面目に歩いていた。
日も落ちてきて夕方になり、山の中はすっかり暗くなってしまった。
僕らは少し焦りながらも足元を注意しながら山を降りていく。すると千絵が、
「ねー、士郎、こんな山道遠かったっけ?」
確かにおかしい、登りは2時間ほどで登れたのに、かれこれ3時間は下っている。
「一本道だったから道に迷うわけないんだけど、」
だんだん焦りが歩くペースを早めていく。千絵も焦りから少し涙目になっているようだ。
それから30分くらい歩いただろうか、道はだんだん暗くなり、気付けば辺りは真っ暗になっていた。道も山道ではなく森の中を歩いていた。
完全に迷った、遭難というのか、考えたくもないがそうとしか考えられない状態になってしまった。
「もう歩けないよ〜、暗いし、お腹もへったよぉ」
「もう少し頑張ろ、道はまだあるわけだし、完全には迷ってないって」
そんな希望を捨てずに歩いていると、何処からか甘い匂いがしてきた。
甘い椿の香り、しかし今の季節は夏、椿の季節ではない。
進むにつれて甘い香りがどんどん強くなっていく。
「なんだか足が痺れてきたー!もう歩けないー!」
千絵も限界のようだ、少し休憩するべきか、しかしこれ以上時間をかけると野宿する事になってしまう。なんとしてもそれだけは避けたい。
そんな事を考えていると足がジンジン痺れてきた、限界か、意外と自分もヤワだな。
「仕方ない、少し休憩しよう」
暗い森の中、木以外何も無い場所で少し足を休める事にした。しかし、しばらくしてもなかなか足が回復しない、それどころか手の指先まで痺れてきた。
「なんだ、これ。。」
味わった事のない感覚、手足が痺れて上手く立ち上がる事すら出来ない。千絵も同じ症状が出ていた。
「なんなのこれ、やだ、帰りたい。。!」
千絵は痺れた足で立ち上がると道から外れて歩き出してしまった。
「千絵!そっちは道じゃない!!戻れ!!」
千絵は聞こえないかのように森の中に入っていってしまった。
くそっ!っと痺れた足を叩き、無理矢理地面を踏みしめ千絵の後を追う。
「千絵!おい千絵!」
千絵は突然ピタッっと止まると、崩れる様に倒れ込んでしまった。
「千絵!!?大丈夫か!?」
千絵に追いつき、身体を抱き抱えると口から泡を吹いていた。
「なんで、、」
ハッとして目の前を見ると、そこにはまるで絹の様な白い椿が咲いていた。香りは甘く強い。
身体が本能的に拒絶している。
やばい、死ぬ。。
そう思いながら視界が暗くなっていく。。
それからしばらくして目が覚めると、白い天井があった。
点滴と小さなカード式のテレビ、恐らく病院だろう、あれは夢だったのか、ぼんやりと働かない頭を覚ましながら気付いた。
「左腕が動かない。。。」
~プロローグ~ 完
独の華を読んでいただきありがとうございます。
今回はプロローグという事で、士郎が左半身麻痺になってしまった経緯を書かせていただきました。これから士郎の学校生活はどうなるのか、そして、彼女千絵はどうなってしまったのか、自作をご期待ください。