プロローグ
シャークがくるぞ、さあ逃げろ
あいつは今日もはらぺこだ
シャークがくるぞ、さあ逃げろ
今日のあいつは機嫌が悪いぞ
シャークがくるぞ、さあ逃げろ
頭の中に響く、六人の歌声。まだ声変わりもしていない男の子の声が三つと、無邪気な女の子の声が三つ。歌詞をつけたのは誰だっただろう。いまではそんなこともわからなくなっているけど、僕たちは気にもしない。
今日のシャークが誰なのか、それはさっきわかった。それはリリーだから、僕にはやらなくちゃならないことがある。リリーのために作戦を実行するなら、今日がベストだ。えりちゃんの考えてくれた、あの作戦を。・・でも、少しだけ寂しい気がするな。えりちゃんやリリーには伝えられないけど。
今日のシャークに捕まれば叩かれてしまう。ルールは『頭を叩かれたら負け』だから。でも、僕はその心配をする必要がない。だって、狙われないことがわかっているし。その代わりに、自分の役目を果たさなくちゃ。
ゆきちゃんを追って、ここまできたんだ。グラウンドの奥、近くには倉庫が並んでいる。この辺りが、ゆきちゃんの隠れ家なのかもしれないな。僕たちは、それぞれの隠れ家みたいなところを見つけているし。
ゆきちゃんは花壇の側にしゃがんでいる。花や雑草を使って、姿を隠そうとしているみたいだ。僕から見えちゃっているし、あんまり意味はないと思うな。
グラウンドの向こうやプールを眺めてみる。リョウがプールサイドにいることは知っている。あそこは、彼の隠れ家だから。マッキーの姿がないけど、えりちゃんはちゃんと見つけられているのかな。自分で作戦を立てておいて、あのえりちゃんが失敗するはずもないか。
さてと。早いとこ、ゆきちゃんを捕まえなくちゃ。
彼女を裏道へ近づけちゃいけない。そんなことをすれば、恐ろしいことが待っている。僕が怒られるだけですむならいいけど、とてもそれだけとは思えない。
ゆきちゃんの様子を伺いながら、彼女の後ろから近づく。ゆっくり歩きながら、明日のルールを考えることにした。昨日は確か、『背中にシールを貼られたら負け』というものだった。シャークだったえりちゃんは、四人の背中にシールを貼ることに成功した。やっぱり、えりちゃんは上手い。僕なんて、最後までえりちゃんがシャークだったことに気がつかなかったくらいだ。
えりちゃんのことを考えていたら、『憩い(いこい)の森』の中を歩いている彼女の姿が見えた。ジャングルジムの中に隠れるつもりだろうか。外から丸見えなのに。マッキーを見つけて、遠くから観察するつもりかもしれない。でも、えりちゃんのことだから、何か考えがあるんだと思う。僕もこんなところに隠れてないで、さっさとゆきちゃんと接触しなくちゃ。
ゆっくり歩くのをやめ、中腰で走ることにした。一気に近づいて、ゆきちゃんに知らせてあげよう。僕はシャークじゃないんだって。
左側には木で覆われたフェンスがある。その向こう側には裏道があるし、フェンスとプールの間には、裏道へ通じているスペースがある。マッキーやえりちゃんは、裏道から登下校している。
ほら、通路が見えた。もう少しで、ゆきちゃんとコッソリ話せるくらい近づける。どうしよう、なんと言って、ゆきちゃんをここに縛りつけてやろうか。
ヤバッ! ゆきちゃんに気づかれた。
驚いている彼女が逃げ出す前に、僕がシャークではないことを伝えなくちゃ。