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成功の話

めんどくさい。


何がめんどくさいって、全てがめんどくさい。


息をするのも、瞬きをするのも、口を動かすのも、全て全て全て。


めんどくさいをプロパガンダし続けて、友達がゼロになった。


それでもまだまだめんどくさい。



もうやめようと思った。


もうやめよう。全てを終わりにしよう。


そうすれば全て成功になるのではないか。



しかしそれは成功ではなく失敗だった。



成功について考えてみた。


美味しい空気が吸えるのならば息をするのも悪くない。


嫌な光景が目に入らないならば、瞬きも愛おしくなるだろう。


美味しい料理が食べられるのならばいくらでも食べてやる。



その時私は生まれたのだった。



成功について答えを出した時、私は産まれ、時間は休むことなく流れ始めた。


まずは学校に復帰した。



勉強がわからないため、猛勉強した。


猛勉強というのはどの状況を指すのかよくわからなかったが、一日中教科書や問題と向き合う状況を人は勉強熱心と呼ぶだろう。


猛勉強したというより、わからないことを減らしていっただけだった。


成功を理解してから、わからないことを理解することが成功に繋がることに気がついた。



学校に行かず、発狂し続ける私を両親は怖ろしいモノを見る目で見ていた。

あの空気が嫌いだった。

しかし、それも今ではもう消え失せた。

空気が澄んだのだ。


嫌な光景を見ることもなくなった。幻覚もそうだが、リアルでも、両親の言い争いを見るのが辛かった。

私を入院させるかさせないかで毎日毎日、どちらかが泣くまで喧嘩していた。

それがなくなったのだ。


美味しい料理、これはまだ叶っていない。


私が一生懸命学び、良い大学に通い、高収入の会社に入った時にそれは叶う。


そのための今なのだ。



友達を作りたい。


大学入試での面接、そして就活の時の面接でも交友関係が良好の方が有利だろう。


私は積極的に人と関わった。


それはもう、今までの私からは考えられないほど積極的に、だ。



一浪したが、立派な大学に通えることになった。


奨学金も他の子より多く貰えた。


私はまた成功に一歩近づいたのだ。



その時、既にわからないことの数は確実に減っていた。むしろ、何かわからないことを欲して欲して、我慢ができなくなった。


勉学に励み、サークルでも立派に働き、バイトもこなした。どこにいっても私は一番の存在だった。


一番というのが何なのかよくわからなかったが、主席というのは間違いなく一番だろう。サークルの幹事長という地位も外見上一番だろう。バイトリーダーというのは誰よりも信頼でき、仕事ができる人間に与えられる資格らしい。


何人かに告白をされた。


付き合うということがよくわからなかったので付き合ってみた。こればかりはあまり有意義なものを感じなかったが、すぐさま別れたり恋人を頻繁に変えてしまうと不誠実というレッテルを貼られてしまうため、特に何とも思わない人間と大学にいる間はずっと交際を続けた。



就活は誰よりも早く終わった。


その会社の月給は、これまで一度も目にしたことのない額だった。


ついに私は成功を成し遂げるのだ。



会社に勤め、最初は想像以上に金の消費が激しかった。

美味しい料理を食べる時間がとれなかった。


引っ越し代、飲み会代、あらゆるところで金は消えた。


交際費など払う気にもならなかったため入社してすぐに恋人とは別れた。


相手が悲しんだため、自分も精一杯悩んで決断したのだと説得した。もちろん、付き合った時から就職したらすぐに別れると決めていた。



気づけば一年が過ぎていた。


無我夢中に働くうちに金が貯まっていた。



美味しい料理を食べた。


今まで一度も食にお金を使わなかった。


思わず涙が出た。



店の店主はそれがあまりにも嬉しかったようで、つられて泣いていた。



金が貯まる度に食にお金を使った。



毎日でなくていい。余裕ができた時、それで十分。


幸せだった。



成功とは、幸せなのだと気付いた。



私が始めに思い浮かべた成功は、つまり幸せだったのだ。



何年か過ぎた頃、警察が訪ねてきた。



高校生の頃殺された両親についてのことだった。


犯人は私なのではないかと言ってきたのだ。



とんでもない、何を言っているのだと追い返した。



ここにきて、初めて心臓がバクバク鳴った。


幻覚が始まった。


幻聴も聴こえる。成功が崩れる音だ。


会社に通えなくなった。


クビになった。



金が消えた。



警察が訪ねてきた。



違う、違う、私は何もしていない。



私はただ、成功したかったのだ。



そのためには、両親が邪魔だった。




両親は私を売っていた。



幼い私を、薄汚い人間に売り飛ばした。


盗みをさせた。


もう忘れてしまったが、殴られもしていただろう。



両親の会社の経営が軌道に乗った頃にはもう、私は壊れていた。


両親は罪滅ぼしのように私を大切に扱った。



壊れた私にとってそれは、何よりも吐き気を催した。




やめてやめてやめてやめて


消えて消えて消えて消えて、



ああだめだ、もう動けない。めんどくさい、そうだ。


めんどくさいのだ。



やめなければならない。




その時私は、負けなかった。


敗北を選ばなかった。



生き残ることを選択したのだ。




そのために、あの二人はいらないではないか。





警察がきた。


両親を殺したのは私だと、確信を持って主張し始めた。



しかし、私は壊れてしまった。


もう成功は壊れた。



いや、それは違う。


私は確かに成功した。



息が出来た。


瞬きする度幸せだった。



美味しい料理を食べた。




忘れていた。私はもう十分生き残ったのだ。




そろそろ許す時がきた。



決めていたのだ。


両親を消したあの日から。



私が成功したら二人を許してあげるのだと。





私はその時、初めて成長した。

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