9.だからどうかその哀を
閉じ込められて一週間と三日。今日も外に出られる気配はなし。
食事は運ばれてくるんだけど、アンセルは初日以降来ない。食事を運ぶ侍女たちは決して私と話そうとしない。というか目も合わせない。
本当にこのまま一生出られないかも。
どうしよう。聖女って寿命とかどうなってるの? 私が幸せにする前にオズが死んだらまた最初から? それとも私も幸せになれないで帰らされる? オズの生まれ変わりが生まれるまでこのまま、とかだったら私の精神が死ぬ。
どうやったらここから逃げられるかな。
そんなことを考えながらベッドでうずくまっていると、ガチャリと扉が開いた。
「……聖女よ、なぜなにも口にしない」
「……」
アンセルが来たらしいけど無視する。
というか誘拐犯の出した食べ物なんか食べられる? 仮に毒的なものが入ってても私には効かないんだけど、それとこれとは違うよね。うん、違う。気分の問題。
そんなわけで飲まず食わずなんだけど、聖女の身体が衰えた感じはない。
から、たぶん聖女の身体は食べ物や水を摂取しなくても生きていける。どうやって動いてるんだろ、この身体。
あーもーほんとオズがいなくなっても、聖女の身体は動く説が濃厚になってきててやばい。どうしよう。
「私を見てくれ」
「……」
とりあえずアンセルをどうにかするべきだと思うんだけど、わかんない。
話したくもないし、触られたくも、触りたくもない。
うーん、と考えながら背伸びをしようとたちあがると、なんだか一瞬だけ身体の力が抜ける感覚がした。
「聖女! 大丈夫か!?」
「……?」
そのまま座り込んだ私にアンセルが必死の形相で私に詰め寄る。こっちくんな。
そう言いたいけど、何故か声が出ない。
ずっと誰とも話さなかったから気づかなかったけど、声が出なくなってる……?
喉に手を当てると、陶器みたいな冷たさが手に伝わってくる。
いきなりなんで?
「聖女! 聖女よ!」
泣きそうになりながら私を見るアンセルの頭をしょうがないから撫でてやる。
うーん、と、えーっと、食事してないからこんなのになった? でもなぁ、食事でこんなのになるならもっと早くなってるはずだけど。
他の可能性としては、ラナかオズ?
二人とこれだけ会ってないのは初めてだ。一日一回は必ず会ってたからね。
可能性としては高いかも。ラナかオズと会ってないから、聖女の身体がダメになってきてる。
ラナかオズならオズに会ってないからって理由の方が高そう。だって、オズの幸せが私の幸せだし。
うーん、このまま倒れたらオズに会わせてくれるかなぁ。
「嫌だ、嫌だ! すまない! いなくならないでくれ!」
「……」
アンセルうるさい。
「ぅ……あ、」
「聖女? 聖女!」
「ぉ、ず……わぁ、」
アンセルに抱きかかえながら、オズを出せ〜って伝えてみるけど、声がうまく出せない。
もどかしい。
というか、聖女の動力源なんなの? こわいなぁ。人に命握られてたらほんと怖いんだけど。まあ、聖女が死んでも私は死なないからいいんだけどさ。
「どうして、オズなのだ……母上も、おまえも! どうして、私ではいけないのだ……!」
悔しそうなアンセルとかどうでもいいから早くここから出してよ。
オズにコンプレックス持ちすぎでしょ。いくつ離れてんのよ。
アンセルを慰めるのはアントワーヌに任せるから、早くここから出せってば。
あーでもオズが死んだら私も死ぬ説出てきてよかった〜。幸せにしてないから幸せになれませんとか無理だもん。オズが死ぬ前には幸せになってくれるといいなぁ。ほんと。
なんて考えると、扉の外がガヤガヤと騒がしくなってくる。
あれ、これは助けが来たのかな?
「聖女様ッ!」
バンッと扉を開く乱暴な音が部屋に響く。
私の視界に少しだけ痩せたオズが入ってきた。
わー、よかったよー。このままオズを幸せにできなかったら困るもん。
「オズ、何故ここに来た」
「兄上……」
「父上より許可は取っていたはずだぞ」
王様もグルかよ。最低親子だ。
さっきまで泣きそうな顔してたくせに、オズの前では偉そうな顔をするアンセルにケッと心の中で悪態をつく。
うう、なんだか眠い。聖女の身体になってから寝るなんて行為は遊びだったのに。こんな眠気久しぶりだよ。
ほんとなんでだ?
「義姉上を、連れてまいりました」
「何故だ! ただちに帰らせよ!」
「オズ様を責めるのはお止めくださいませ、アンセル様」
アントワーヌの凜とした声が部屋に響く。
ああ、もう三人の三角関係とかほんとどうでもいいから、早く私にオズを幸せにさせてよ。
「アンセル様、どうかわたくしだけにしてくださいまし」
「なにを」
「愛するのも愛されるのも、どうかこのわたくしだけに。わたくしはアンセル様のことを身を焦がす程にお慕いしております。アンセル様はわたくしの唯一なのです。お願いです、アンセル様。聖女様を見ないでわたくしを見てくださいまし。わたくしを、わたくしだけを」
アントワーヌの声が、重なる。
『私だけを見て』とか、無理なの、知ってるから。
これ以上は聞きたくなくて、力の入らない足腰に必死で力を入れてアンセルの腕から抜け出す。
早く、オズのところに行かなくちゃ。
オズを幸せにしなくちゃ。
女神様に幸せにしてもらわなくちゃ。
「聖女様!」
「おず……」
オズのそばまで来ると、息ができた。まるで魚みたいだと思った。
そしたらオズは水かな。ああ、似合うかも。
つかみどころがなくて、清らかだ。
「はやく、でよ」
二人ならきっと大丈夫。平気。聖女が幸せにしなくても幸せになれるよ。そういう人たちだから。
オズの手を引くと、オズは困ったように笑いながら私をヒョイと横抱きにする。そしてそーっと部屋から出た。
聖女がいくら軽いと言っても、すごいね。まだ中学生なのに女の子をお姫様抱っこ。将来有望だ。
「護れなくて、申し訳ありませんでした」
「ふはっ、ちゅーがくせーが、なまいきだ」
真剣な顔で私を見て謝るオズにくすくすと笑う。
別に護られることを期待してるわけでもないし、そもそも王様もグルだったなら防ぐとか無理でしょ。
だから、オズは悪くないよ。
腕を伸ばしてオズの頭を撫でようとするけど、力の入らない腕は頬しか撫でられなかった。
「……ッ、貴女といると、私は、」
「しあわせ?」
「わか、らない」
オズの言葉にがっかり。
オズはなにかを言い淀むように私を抱きしめる力を強くする。ちょっとだけ痛い。
抗議しようとオズの顔を覗き込んでハッとした。
「でも、この心が浮上し、未来を信じることができるこの気持ちを幸せというなら、私は、」
「どうしようもなく幸せです……!」
オズの大きな涙の雫が私の頬に流れた瞬間、私たちは激しい光に包まれた。