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3.狂うような愛を捧げますので

 悪魔は笑ってた。私を不幸に陥れた悪魔は笑ってた。下卑た笑みで笑ってた。

 幸せだったはずなのに、その幸せが虚ろになってしまった。



「……人形の身体でも夢見るんだ」


 ゆっくりと左胸に手を当てる。だけどそこは変わらない。動かない心臓。

 今日は夢見が悪かった。

 昨日、オズが変なこと言ったからだ。

 ああもうおぞましい。


「おはようございます、聖女様」

「……おはよう、ラナ」


 イライラして、枕でも壁に投げつけてやろうかと思ったら、コンコンと扉をノックしてラナが入ってきた。

 身の回りの世話をラナにしてもらいながら、今日の予定を聞く。


「今日は王太子妃の主催するお茶会の参加のご予定が入っております」

「そっか。わかった」


 ラナに髪を梳かしてもらいながら、鏡の中の私を見る。

 陶器のように白い肌、ぱっちりと開いた二重の瞳、すっと通った鼻筋に少しだけ赤みを帯びた頬、ぷるんとした桃色の唇、流れるような蜂蜜色の髪。本当に、お人形みたい。フランス人形。

 スッと頬を撫でると、もちもちの触感。まるで生きてるみたい。けれど、頬を撫でた手を左胸に押し当てれば、その心臓が動いてないことは丸わかり。


「……気持ち悪い」

「いかがなさいました、聖女様。なにかご不満でもございましたか?」

「ううん、なんでもない」


 幸せになるとはいえ、吐き気がする。

 自分じゃない人形の身体に容れられて、誰からも崇められて怖がられて。

 きっとこの姿は世界で一番美しくて醜い。


 今日、お会いするのはアンセルの奥さんであるアントワーヌ。アンセルと一緒にいるときに話したことはあるけど、一対一で話すのは初めて。

 今日はオズのために唐揚げでも作って差し入れしようと思ってたのになぁ。

 でも、しょうがない。アントワーヌにはきっぱりはっきり誰のものになることもないと宣言しておかないと。

 敵対はしたくないもの。


 それにしてもどうしたらオズは幸せを感じてくれるんだろう。

 ふと、私の髪を結いでるラナを見る。


「……ねぇねぇ、ラナ」

「はい? なんでしょう、聖女様」

「ラナにとって幸せは?」


 私の言葉にラナは言葉の意味を確認するように口の中をモゴモゴさせると笑った。はじめて、ラナが笑った。


 花が咲くようなその笑顔に私は見惚れる。とても、綺麗な笑顔だと思った。

 ラナは私の髪を結うては止めずに口を開く。


「私は最近とても"幸せ"です。聖女様が私を側に置いてくださり、私が聖女様の日常の一部となっていることはとても光栄に思います。聖女様が必死でオズワルド殿下を幸せにしようと奔走していらっしゃるところはかの方の幸せの第一歩になるのではないでしょうか?」


 そう、なのかな。

 少しだけ救われる。私のしてることが無駄じゃない気がして。

 私なんかよりもラナが聖女に相応しいと思う。だけど、幸せは譲れない。


 私は元の幸せを取り戻したいから。


「ありがと、ラナ。私、がんばるね」

「はい、応援しております」


 鏡越しに私とラナは笑いあった。そういえばラナとこんなに話したのははじめてだった。




 準備万端。いざ出陣。

 その前にアントワーヌについておさらい。

 アントワーヌはアンセルの正妃。つまりアンセルが王太子から王になると、アントワーヌは王妃になる。子どもはまだいない。

 ラナに聞いた話によると、アントワーヌとアンセルは幼馴染なんだとか。ついでに言うと、アントワーヌとオズは、アントワーヌがアンセルと結婚するまでは姉弟のように仲が良かったとかなんとか。


 ……三角関係? 邪推してしまうのもしょうがない。

 いま、オズは不幸な状態。幸せな状態の人間とは目が合わないって女神が言ってたし。

 じゃあなんで不幸なんだろーって考えたら、アンセルとの不仲が原因も理由としては充分だと思う。その他だったら、やっぱり恋愛関係もありだよね。


 一番最初に話したアントワーヌはとても感じのいい人だった。二人きりになったら豹変するかもしれないし、そこは要注意だよね。

 一応少しは警戒しながら、アントワーヌとのお茶会に向かう。


「いらっしゃいませ、聖女様」

「お招きいただきありがとうございます、アントワーヌ様」


 にっこりと笑って対応。座っていいよ、と言われたので遠慮なく座る。

 ちなみにここは後宮なんだけど、ミニチャペルみたいな感じで、すごくなんかいい雰囲気。白い清廉とした雰囲気というか。

 中央にはステンドグラスで天使の絵が置いてあって、それが余計にミニチャペル感を醸し出している。


「綺麗なところですね」

「ありがとうございます。わたくしもここはお気に入りの場所ですの。落ち着きますでしょう?」

「ええ、とても」


 うふふ、と私たちは微笑み合う。

 アントワーヌは金髪碧眼の美女だ。

 ちなみにこの国では髪の色は金髪が一番高貴なんだって。瞳は紫。

 今の私と一緒だね。女神の色だかららしいよ。

 女神の声しか聞いてないけど、配色は聖女の器と一緒らしい。


 さてさて、聞きたいことは一つだけ。オズのこともこの人に聞けばなんかわかるかも!


「「あの、」」


 以心伝心してしまった。


「「そちらからどう、えっ」」


 とっても以心伝心してしまった。

 私とアントワーヌはパチパチと目を瞬かせる。

 なんかとっても以心伝心。


「こほんっ、そちらからどうぞ」


 少し顔の赤いアントワーヌがそう言ってくれたので甘えることにします。


「あの、オズワルド様のことなんですけど」

「……まぁ」


 おっきな目をパチクリとしたアントワーヌに首をかしげる。

 なんでそんな驚くの?


「わたくしも、オズ様のことでお話があったんですの」

「……まぁ。なんだか気が合いますね」

「ええ、本当に」


 顔を見合わせてクスクスと笑い合う。

 嫌な感じはしない。きっとこの人はいい人。安心する。

 だって、王宮ってほぼほぼ悪い人が多いんだよ。人畜無害そうな顔して暗殺者だったり、賄賂とか、横領とか、すごいんだから。

 最近では瞳の力は意識しなければ出ない。この身体に慣れてきたんだと思う。それがいいことなのかはわからないけど。


「オズ様と、婚約するつもりはありませんか?」

「……それは」


 言われたことに驚く。昨日はアンセルとの婚約話だと思ったら今度はオズ。

 この国の人は婚約話が大好きなんだろうか。


「わかっております。最近、貴女とアンセル様との間に婚姻の話が持ち上がっているのは」

「それは、ないです。私は」

「聖女様にその気持ちがなくとも、我が国の人間たちは違います。……それに、わたくしはアンセル様にわたくし以外の妃ができることがどうしても許せないのです」


 アントワーヌの瞳が暗くひかる。ぞくりと背筋が固まる感覚。


 ハッとして私は目を凝らしてアントワーヌを見た。

 暗殺、暗殺暗殺暗殺暗殺暗殺強姦強姦暗殺暗殺強姦強姦強姦強姦暗殺暗殺強姦強姦暗殺暗殺強姦強姦暗殺暗殺強姦暗殺暗殺強姦強姦

 暗い文字がアントワーヌの周りで踊る。

 聖女の瞳は本人が直接手を下した罪ではなくても見える。つまり、アントワーヌはこれだけの数の人を。

 何故、と考えて思い当たるのはアンセル。この人はアンセルをどうしようとないほど愛してる?


「聖女様の御前で罪が隠せるとは思っておりません。わたくしはアンセル様に近寄るすべての女子に罰を下して参りました」

「私も、殺すのですか?」

「いいえ、聖女様。貴女はアンセル様との婚姻を結ぼうとは思っておられないのですよね。ならばわたくしがこの国に必要な聖女様を弑す理由はございません」


 さっきまで、いい人だと思っていたのに、今はこの女性が恐ろしい。

 一歩間違っていたら、殺される可能性もあったってことだよね? こわっ。


 でも、たぶんこの身体は殺せない。痛みを感じるけど傷ができたことないし、聖女に裁かれることを恐れて毒を盛った人物もいたらしいけど、私に毒は全く効かなかったらしい。

 毒を盛られたことを聞いたのは毒入りの食事がすべて食べ終わってからだった。


「お願いです。オズ様とご婚約してくださいませ。わたくしは聖女様がアンセル様の寵姫とでもなれば聖女様を弑てしまいます。お願いでございます。わたくしからアンセル様を奪わないでくださいまし」


 必死に頭を下げる目の前の女性を見つめながら、私はどうしようと考えを一巡させた。

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