2.耳障りのいい素敵な言葉
オズにはお兄さんがいる。つまりは将来この国の王様になる王子様。
オズが王子様系イケメンだとしたら、そのお兄さんはガチムチ系イケメン。イケメンはお腹いっぱいです。ゲプッ。
ちなみにオズはなんとまだ13歳。第一王子のお兄さんのアンセルは24歳。年の差あるよね。
オズは亡くなった寵姫がお母さんだったんだって。つまりは愛人の子だね。アンセルは正妃の子なんだって。王室ってドロドロしてるなぁって思った。
ちなみに私はそこらへんがオズの幸せへの手がかりになるんじゃないかなーって思ってる。
今日も短い時間でオズを幸せにするために捜してたら、アンセルに捕まった。
やだなー。アンセルって、聖女の器が好きみたいなの。奥さんがいるのに。さすがだよね。
アンセルに連れてかれたのは赤や黄色、白などの様々な色の薔薇が咲き誇る庭園。蒸せ返るような薔薇の匂いに酔いそう。
「アーシャル領の湖はそれはもう素晴らしいんだ。運が良ければ水の精霊に会えるやもしれぬ」
「そうなんですか」
「ああ。どうだ。今度アーシャル領に遠出をしてみぬか? 毎日毎日貴族たちの不正を正すのも辛かろう」
私の手を取り、その手を指でなぞるように撫でる目の前の男をどう断ろうかと考えを一巡させる。
アンセルって、心の距離をとってるのにぐいぐい来るんだもん。私はオズにぐいぐい来てほしいんだけどな。そしたらオズが幸せになる道が早くなりそうだもん。
でも、そんなのオズじゃないか。というかそんなオズだったらさっさと幸せになってくれてるか。
うーん、と考えて、優しい優しい聖女様に見合った言葉で断ることに決めた。
アンセルのゴツゴツとした男らしい手から陶磁器のように白い肌をした聖女の手をそっと抜いて、両手を胸の前で組んでにっこりと微笑む。
「辛いけれど、そんなこといいのです。幸せにすることが私の役目だから」
聖女らしい答え。
これで満足かな? そう思ってアンセルを見ると耳を赤くしながら、満足そうに頷いてた。
私、もしかしたら役者になれるかも。
……ああ、でもそれもそっか。両親の前では辛くても笑顔でいられた私だから、元から役者の才能あったのかも。
ちょっと新しい自分を発見。
「素晴らしいな、貴女は」
「そんなことありません」
ええ、とっても。
「兄上、こちらにいられ……聖女様とご一緒でしたか」
「なんだ、オズワルドか。聖女との時間を邪魔するとはお前はろくなことせぬな」
にっこりと笑ってアンセルを見てると、オズが来た。オズは私を見ると、またかみたいな顔してる。ちょっと傷付くよ、オズ。だけどそれも一瞬ですぐにとってつけたような笑顔を浮かべてアンセルを見た。
そういえばオズとアンセルが話してるところをはじめて見たけど、仲悪いっぽい? というかアンセルがオズのこと嫌ってるっぽい?
うわぁ、大人気ない。本当だったら、オズのところに行きたいけど、ここでオズのところに行ったらまずいだろうなぁ。
「……兄上、父上がお呼びです」
ちらりと私を見ながら、オズがアンセルに伝える。
オズが来たなら、今日はオズを探す必要はないや。オズといっぱい話して幸せにすることが今の目標。
オズの言葉にアンセルは苦虫を潰したようなイヤな顔をする。
「父上が、か。ならば仕方ない。行かねばなるまいな。聖女よ、すまない。私が誘った茶会なのに用ができた」
「いいえ。大丈夫です。行ってらっしゃいませ、アンセル様」
名残惜しそうなアンセルを送り出せば、私とオズの二人きり。
あ、ラナや他の侍女さん、騎士さんもいるから正確には二人きりじゃないね。
「……貴女もお淑やかにできるんですね」
「だってアンセル様は年上だもん。オズはお兄さんと仲悪いの?」
「関係ないです」
オズ以外の人の前でお淑やかにするのはそれが都合がいいから。オズの前で私を出すのはオズが私を信じやすいように、だ。
オズって勘が鋭そうだから、演技でいったらすぐバレそうだったんだもん。オズを幸せにするために来たのに嫌われたら困っちゃう。もうすでに嫌われ気味っていうか、アレだけど、大丈夫。マイナスより酷いことにはならないから! もしもの時はラナにオズを幸せにしてもらうしかないと思ってる。
ツーンとオズに言われてしょぼんとなる。
こんなに可愛い器の聖女が幸せにするって言ってるのに、どうしてそんなに冷たいんだろう。
「あ、オズ。クッキー食べる? 美味しいもの好き?」
「大丈夫です。あまり余計なものは食べないことにしてるので」
「そっかぁ。じゃあ、肉と魚ならどっちが好き?」
「……肉です」
じゃあ、今度なにか肉料理を差し入れしよう。オズだけにこっそりと。
美味しいものって、食べればほんわかした気持ちになるよね。ひとりで食べるとほんわかした気持ちにならないから、私も一緒に食べよう。
ひとりじゃ味気なくても、聖女と一緒に食べれば幸せになれるかもしれない。
そんなことを考えてると、オズが難しい顔をして周りを一巡して、意を決したように私を見ながら口を開いた。
「貴女は、兄上のことが好きなのですか?」
「なんで?」
なんでそうなったの? どこらへんでそう思ったの?
「……近頃、貴女が側室になる話があがってますので」
その言葉を聞いて、ゾワッと鳥肌が立った。
気持ち悪い。側室、側室って、無理でしょ。
ていうか仮にも聖女様を婚姻関係で無理矢理縛ったらダメでしょ。
笑顔を作ってオズに違う、と伝えようとする。だけどそれは喉につっかえたように言葉にならなくて。笑顔も、たぶん下手くそな笑顔だ。
それでも言葉にしなくちゃ気が済まない。
「聖女は誰のものにもならないよ」
「聖女様……?」
「聖女は誰とも結ばれない。それにね、オズ。私、不倫とか浮気とか一夫多妻制とか一妻多夫制とか側室とか二股とか、そういう言葉、キライ」
反吐が出る。浮気をする男も女もキライ。大っ嫌い。
そう言葉を放ってから、いまは自分が聖女だということを思い出した。綺麗で優しい聖女はこんなこと言わない。
役者の才能あると思ったのに、これじゃダメダメだぁ。
幸い、離れて佇んでたラナや騎士たちには聞こえてない。
すぐに気持ちを切り替えて、私はにこっと笑った。
「……なんて! ねぇ、オズ。どうしたらオズは幸せになってくれる?」
「私は、」
「ちゃんとオズのこと幸せにしてあげるから、早くどうやったらオズが幸せになるのか教えてね」
あなたの幸せが私の幸せ。
すっごく綺麗な言葉だ。