1.幸せなら手を叩こう!
メモ欄がいっぱいになってきたのだ
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幸せなら手を叩こうっていう歌があった。
幸せだから手を叩いた。
幸せだから歌った。
いつからか手を叩くのは幸せになりたいから。いつからか歌うのは幸せになりたいから。
幸せになりたいのに手を叩くことも歌うことも止められたのはいつだったっけ。
ーー最初に目があった者を幸せになさい。さすれば貴女はーー
ユラユラとゆりかごに乗せられてるようなそんな感覚。身体を揺らす感覚が気持ちよくて、このままずっといたい。
「ねぇ。ねぇ、君」
だけど私を揺り起こす声がする。
ああ、起きたくないな。だけど約束だから守らなくちゃ。
そう思って目を開ける。
目を開けた先には青い瞳。それを認識して私は思い出す。
ーー最初に目があった者を幸せになさい
「……はじめまして。あなたを幸せにするためにきました」
青い瞳をした彼は一瞬だけ眉を顰めた。
その国には不思議な伝説があった。
その伝説がいつからあったのかは誰にもわからない。ただまるであったことのように人から人へと伝わる言い伝え。
神に遣わされる聖女が降りてきて、選ばれた人間を幸せにする。
その聖女は腰まで長い黄金の髪を揺らし、アメジストのような瞳で悪しき者を貫くだろう。
そして第56代ロベリア国王の統治のもと、伝説は真実として降り立った。
「伝説なんてあったんだ……」
ふう、とため息をついた。
私のため息に侍女だと言って控えてる人たちがびくりと震える。
なんかごめんね。でもなんにもしないからそんなにビクビクしないでほしいの。
私が幸せにする人はこの国の王子様。確かにあの顔は王子様顔だな、と一人納得する。
伝説、なんていうもののおかげで私は全く怪しまれず、それどころか半分崇められながら王様の前に出された。
私が落ちたところは王宮の庭だったらしい。そこを近くを通りかかった王子様に見つかって起こされた、と。
なんて都合のいい話。おかげで私は楽だけどさ。
それにしても鏡を見てびっくりした。
だって誰これって感じなんだもん。
染めたことのない真っ黒な髪は金髪になってるし、こげ茶っぽかった瞳は紫色になってるし。
こういうことは先に言っておいて欲しかったな。
まあ、元の私の平凡顔よりも美少女顔の方がやりやすいとは思うけど。
鏡を見るとまるで作り物の人形みたいな顔をした笑ってる。
あの王子様を幸せにする。
頑張ろうと頷く。
でも、幸せにするって曖昧だよね。美味しいご飯を食べて幸せ、じゃダメなのかな。そんなので幸せになってたらあの王子様を最初になんて見ないか。
あの女神様曰く、幸せにする人間はそれまで幸せを感じたことのない人だって言ってたもんね。
女神様。私をこの世界に連れてきた神様。あの女神様の目的がなんなのかはよくわからないけど、頑張らなくちゃいけない。
「王子様を幸せにしたら、そしたら……」
私も幸せになれるのだから。
鏡の中のお人形さんの目はギラギラと輝いていた。
豪華絢爛。そう呼ぶのにふさわしい部屋で目を覚ます。
聖女の私に用意された部屋。
聖女といっても、心臓も動いてない偽物の身体だけど。
「おはようございます、聖女様」
「おはよう、ラナ」
にっこりと微笑みながら私に近付くのは聖女に付けられた侍女のラナ。ラナは私を唯一怖がらない侍女。
この世界に来て一ヶ月近く経ったいま、私のそばにはラナしかいない。
他の侍女は私に悪口を言われたらお終いだと思ってるからね。それはもちろんラナもそうだけど、ラナはそういうことがどうでもいいんだろうなぁって思う。だから私に対しても普通。
聖女こと、私の発言力は大きい。
伝説にある「アメジストのような瞳で悪しき者を貫く」っていうのは本当に言葉の通りだから。
私の目にはなにか不正を働いたり、悪いことをしてる人は顔が黒く塗り潰されて見える。それで横にはなにをしたのか詳しく書いてある。宙に文字が浮かんでる時はなにがあるのかと思ったよ。
ちなみに、すでにこの国の宰相がそれで捕まった。国って怖い。いろんな不正が宙に浮かんでたよ。
私が聖女ってなんでわかるのかなって思ったけど、この世界には魔法もあって、それで魔力の違いとかでわかるんだって。詳しくは私は知らないし、知りたいとも思わないけど。
「ねぇ、ラナ。今日はなにかある?」
「いいえ、聖女様。本日はなにも仰せつかっておりません。聖女様の好きにしてよろしいかと」
「そっか。じゃあ、王子様に逢いに行こっかな」
ラナにひらひらの服を着させられる。
聖女はらしい格好をしなくちゃいけないらしくて、私の格好はもっぱらひらひらの服が多い。
ちょっと恥ずかしいね。
手を胸に置いて鏡を見つめる。それはこの世界にきて日課になった。
動かない心臓。作り物めいな顔。
「早くオズが幸せになりますように」
そんな願いを込めて鏡の中の私とおでこをつきあわせた。
私が幸せにする王子様の名前はオズワルド。愛称はオズ。なんかそういうキャラっていたよね。
「ねぇねぇ、オズはなにか欲しいものある?」
にこにこと作り物めいた顔に笑顔を貼り付けながら王子様と視線を交わす。
いつもの私だったらこんな甘えるような、媚びを売るような声は出さないな、と思いながらも、かわいい女の子から媚びを売られて嫌な男はいないという適当な考えから私はひたすら明るくかわいい幼げな聖女を演じる。
オズのことは、まだよくわからない。
この世界にきて一ヶ月くらい。その中でオズに会って、こうやってお話するの時間はすごく少ない。
だって、暇さえあれば私に不正を正してくれって言うんだよ。私は裁判官をやりたくてこの世界にきたわけじゃないのに。
おかげでオズに使う時間の少ないこと! 大抵の人はオズのことはいつも笑ってるいい人しか言わないし。
私が知りたいのはそんなことじゃないのに。
「いえ、特にありません」
「えー。じゃあ、不満に思ってることは? オズのこと、知りたいな、私」
「……」
なんだこいつ、みたいな目で見られてる。
つらいなあ。知らない人からの冷たい目ってなんか辛いよね。
だけどそんな視線に負けてられないんだよね。さっさとオズに幸せになってもらわなきゃ困るもん。
「ねぇ、オズ。オズはどうしたら幸せになってくれる?」
「なぜ貴女はいつも私を幸せにするなんて言うのですか。私はもう充分幸せです」
「だけど、いつも私のこと鬱陶しそうに見るよね。それはどうして?」
私の言葉にオズの笑顔が固まる。だけどそれも一瞬で、すぐにオズは笑顔を見せた。
うわぁ、すごい。こんなに一瞬で表情変えるなんてすごいとしかいいようがないよね。びっくりだ。
「そんなことありません。……今度は私が貴女のことを聞いてもいいですか」
「うん、いいよ。なんでも聞いて」
「なら、遠慮なく」
クスリとオズは笑う。
「貴女はどうして私を幸せにすることにこだわるんです? 聖女だから? なら、なにもこの国の王子である私じゃなくてもいいじゃないですか。なにか理由でもあるのですか? どうして王太子の兄ではなくて私なのです?」
「理由……とか、ないよ。ただ、一番最初にみたオズの目が寂しそうだったから、オズを幸せにしたいと思ったの。だからね、オズ。私にオズを幸せにさせてよ」
嘘だけど。
そう心の中で付け足す。本当は一番最初に目があったのがオズだから。
嘘つきだけど、いいよね。結局彼を幸せにすればいいんだもん。私の幸せのために幸せになってほしい。それが理由。
私の言葉にオズはつまらなそうな顔をする。なんか性格悪そう。
もっと綺麗な言葉とか言えたらいいんだろうけど、もともと私ってそんなに話すの好きじゃないからね。しょうがない。
「ふーん……それで?」
「それで? うん、だからオズがどうすれば幸せになれるのか教えて欲しいなって」
というか仮にもこの国に聖女って呼ばれてる私にそんな遠慮のない王子様でいいのかな。
ちょっと疑問だけど、オズを幸せにするためには遠慮がない方がいいのかな。
「私は……」
「あのね、オズ。別に王子様としてのいい子な答えとかいいから、私はオズの本当の気持ちが知りたいな。オズを幸せにしたいんだよ」
「仮に、仮に私が今幸せじゃないとしても、この国に必要となる聖女様の手を煩わせるようなことはしません。そんなに誰かを幸せにしたいなら私ではない人をあたればいいじゃないですか」
では、私はこれで。
そのまま王子様は立ち上がって仕事に戻ってしまった。
一人残された私は残った紅茶を飲みながらむぅと口を尖らせる。
困ったなー。どうしよう。せっかく今日はいろんな話をできたのに、あんなに拒絶されるとは思わなかった。
私が幸せにしないといけない人は決まってるから、それ以外の人は知らない。オズだけが幸せになればいいのに。
どうしたら幸せになってもらえるのかな。
考えても考えても答えは出ない。ならば調べるしかない。とにかくオズを幸せにしない限り、私も幸せになれないんだから。