#001 流れる雲の様に旅人は次の世界を目指して歩みを進める
閑話担当:たしぎ はく
担当作品:不和世界
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始まりの世界、青年の良く知る言葉で言うならピラミッドに似た小さな小さな世界の入り口に、ヘッドスライディングを敢行する人影があった。
影が入口を完全に通過してしまうと外部の景色は溶ける様に崩れ、そして全く違う景色に変わる。そんなことには一切気を向けないで、影――青年は、既に寝息を立て始めていた。愛用のアイマスクはすでに装着済み、ヘッドスライディングの要領で地面を蹴り、着地までの間に服装は寝間着に変わっている。
ピラミッドのような世界の地面、いや、「床」は、柔らかすぎず硬すぎず、実に心地よく体が沈み、更に優しく温かいので非常に寝心地が良い。青年の趣味である寝具探しの旅inヨーロッパで出会ったどのベッドよりも寝心地が良い。
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――――いい加減に起きろ、そこな青年よ
「働かない」
――――第一声からか!
アイマスクを上げもしないで青年は聞こえてきた不思議な声に返答する。声の主は絶対神、世界を造った神を「創った神」である。
「あとどれくらいで終わるのさ」
――――む。それはまだわからんが……今四分の一くらいではないか?
「一体何個の世界を渡ったと思うの? えっと、ひぃ、ふぅ、……あ、ダメだ、これ多分思い出せないやつだ」
青年はアイマスクを押し上げないが、押し上げたところで特に何も変わらないだろう。アイマスクの下の両目だって閉じられているのだ。それに、この空間で青年が視界を必要とするタイミングが訪れることは無いのである。
「まあとにかく、僕は休息を要求するわけだ。休ませてくれー」
――――じゅ、十七時間も寝ておいてまだ休憩が必要と言うのか!
「ありゃ、そんなに寝てたのか」
じゃあ――起きようかな。
青年はそう言って、横たえていた上半身を起こした。
背伸びのストレッチと同時にアイマスクを外し、一つあくび、左手の人差し指で目尻の涙を弾く。そしてそのまま、ごく自然な動きで目線を「世界」の中央、光珠の方に向けた。光珠は、欠片を集め始めた頃よりは確かに大きくなりはじめている。
「ね、神様。さっきの、ペンだけどさ」
――――もうさっきというには十七、いやさ十八時間が経過しているのだがな
「ちゃんと届いた?」
――――ああ、もちろんだ。回収を確認している
それを聞いた青年は、それは良かった、と、人知れず優しげな笑みを浮かべた。
「この床も寝心地が良いけど、また布団が恋しくなったから外に行ってくるね」
――――言いぐさには不満があるが、働く気になってくれたのなら何も言わん
アイマスクをわざわざ付け直してから額の上に押し上げ、青年は歩き始めた。次なる世界へと。
旅また旅の彼の運命は、どこまでゆくと言うのだろう。そのことについて知る者はこの場にはいなかった。
同じ世界に長くても一か月程度、短い場合には三時間程度しか滞在できない彼の辿り着く次の世界では、一体何が待ち構えているのか――
「畳だといーなー」
僕は旅人。鼻歌の様に口遊む。
世界から世界へと渡り歩く。そう、まるで――
「『雲』の様に、ね」