【第四話】
「…私達、アメリカに着いたんですね……」
「そうですね、兎さん」
クスノキさんと一緒に飛行機に乗ってアメリカに着いた私――葛木宇佐美。
人の多さとか空港の広さとか日付が戻ってるのとかいろいろとあるけれど――
「ついて早々、どうして占拠に巻き込まれたんですか…?」
「なんででしょうか……?」
「ajidjakgaosa!!」
着いて早々武装した人たちが大声で何か叫びながら銃を発砲していた。それを楠本さんが翻訳してくれたおかげでどういう意味か理解でき、占拠されたと分かったんだけど……
「今の、なんて言ったんですか?」
「訛りが強くて聞き取れませんでしたね」
私達は別に恐怖心もなく、平然と腕を後ろで組みながら小声でしゃべっていた。
我ながらこの胆力はどこから出てくるのかと不思議に思いそうだけど、実際は前回のオフ会での騒動があまりにも強烈過ぎたから。友達のマシンガントークにも耐えられるぐらいに。
と、そんな風に自己分析をしていた時だ。
「はいどーん」
そんな声とともに、
ズガガガガン!!
と甲高い音が響き渡って建物が振動したのが聞こえたのは。
騒ぐ他の人たちを尻目に、私達は顔を見合わせてこの原因について話し合おうとしたところ、武装していた集団が騒がしくなったので何事かとそちらに視線を向ける。
武装集団がこちらの事など無視して一点に視線を集中させているせいで誰がいるのかわからない。けれど、この建物が振動した原因はきっとあそこにいるのだろう。
「きっとウィキさんあたりですかね?」
「ユーミンさんが直接乗り込んできてもおかしくはないですよ」
クスノキさんの言葉に私はそう言いながらもじっと見ていると、急に視界が眩しくなった。
反射的に目を閉じた私はしばらく開けられず、その間銃撃の音が聞こえたと思ったらすぐさま消えた。
「ど、どうなったんですか……?」
「目を開けても大丈夫ですよ」
恐る恐る目を開ける。
そこにいたのは男の人と一匹の猫。武装集団はぼんやりとだけど全員床に倒れていたのが見えた。
ひょっとして男の人がやったのだろうかと思いながら目が慣れた私が目撃したその男の人は―――
「いきなり物騒なもの向けてくるなんて、アメリカっていう国は武装国家なの?」
――アイマスクを額につけながら、目を閉じた状態でそんなことを呟いていた。
そして、それだけで私達は誰なのか分かってしまった。
((あ、雲さんだ))
「やっほー。クスノキさんに淋しい兎さんだね?」
バリバリの日本語で片手をあげて何事もなかったかのように挨拶してくる男――雲さん。
私達の事を初見で分かるのは、きっと肩にいる猫――キャッドさんのお蔭だろう。
そんなことを考えていたら「うーん。違ったのかな?」と呟いたので、私は首を振った。
「私は淋しい兎で合ってるよ」
「私はクスノキです」
それを聞いて安心した様子の雲さん。「人違いじゃなくて良かったね、キャッドさん」と肩にいる黒猫に話しかけていた。
なんていうか、とても穏やかな印象を受ける。さっき何をしたか分からないけど、とてものんびりとした人のようだ。
ソウゲツさん見たく怖い人じゃなくて良かった…と安堵していると、空港の外からパトカーのサイレンが鳴り響く。
「どうやら来たようですね」
「本当ですね」
「気絶させてから三分……少し遅い気がするけど」
その言葉に違和感を持った私は、雲さんに質問した。
「あの、雲さん」
「どうしたの?」
「さっきから腕時計見てますけど、見えているんですか?」
「? 何をあたりまえなことを言ってるの?」
馬鹿じゃないのと言いたげに首を傾げる雲さん。だけど私は――恐らくクスノキさんもそうだろう――とても驚いていた。
なぜなら、どう見ても閉じてるとしか言えない眼で腕時計を見ているのだから!!
人ってこんなギリギリまで目を細めて活動できるものなの…と戦慄していると、急に雲さんが顔を上げて私達の後ろを見て「やぁ」と挨拶をする。
誰なのかなと思いながら後ろを振り返ったところ……そこにはソウゲツさんがいた。
「それで見えてるのかよ、おい」
「みんなそう言うんだけど、見えてるよ。ちゃんとね。えっと……?」
「ソウゲツだ。その猫に名前を教えてもらえばいいじゃねぇか」
「近くにいるのに他人に訊くのはどうかと思ってね」
「それもそうか」
そんなやり取りをしてから私達を見下ろす形でソウゲツさんは挨拶してきた。
「お前らなんで座り込んだままなんだよ」
「ちょっと人質になってまして」
「……ああ、さっきの騒ぎか」
まるで興味がなさそうな言い方だったので、私は尋ねた。
「ここにいるってことは、現場に居合わせたんですよね?」
「正確にはついさっき到着したんだがな。で、早々に銃向けられたからお返しに銃でハチの巣にしてやった」
そう言って内ポケットから取り出したのは黒光りする拳――
「どうやって持ってきてるんですか!?」
「ん? そりゃ俺が天才だからだな」
そう言ってすぐに内ポケットに戻したソウゲツさん。……そういえば日本でオフ会した時も持ってきてたような。
「あなた達だったのね、空港占拠の時に人質にされた外国人って」
「ユーミンさん!」
少し前の事を思い出したところ聞き慣れた声が聞こえたのでそちらへ向くと、安堵した様子のユーミンさんがいた。
私以上にクスノキさんが喜んでいると、雲さんが「大丈夫なんですか?」と誰かに質問していた。
誰に質問したのかわからないので流していると、「本当は危ないんだけどね」とユーミンさんが答えた。
「危ないなら大人しく報告だけ待つっていうのも、ボスの資質だと思うぜ、ユーミンさんよぉ」
「部下の命を高い頻度で散らすボスってのも大概だと思うけどね」
瞬時ににらみ合う二人。それを見た私は何もできずにオロオロしていた。小心者の日本人にこれはきつい……。
そんな険悪な雰囲気なんだけど、クスノキさんが「まぁそこは置いときましょう。明日のオフ会のために来たのですから」と二人に言い、雲さんも「ボスの資質なんてケースバイケースでいいと思うけどね」と他人事のように援護する。
クスノキさんはさすが大人だなぁと思いながら、投げやりに聞こえなくもない雲さんの言葉に私は何も言えなくなるけど、二人は息を吐いて緊張を解いていた。
「…確かにそうね。人道的かどうかを置いとくなら」
「ボスってのは担がれたりするんだから人道も何もないと思うが……まぁ雲の言うとおりだな確かに」
? ソウゲツさんはいつ知ったんだろ? ここまでで雲さん自己紹介してないはずなのに……。
そんな私とは違い同じく気づいていたのか、ユーミンさんは驚きもせず「あなたのおかげで物騒な奴らを捕まえられたわ。ありがとう」と日本語でお礼を言った。
それに対し雲さんは、とても流暢で聞き取りやすい英語で「どういたしまして」と返す。
「「「「!!」」」」
私たちは雲さんに視線を向けて驚く。
雲さんは、外見だけなら私たちと同じ日本人に見える……両目が閉じかけているのを置いとくなら。
だからユーミンさんは英語が苦手なんだろうという配慮で日本語で話しかけたんだろうけど、返ってきたのが英語。
ひょっとしてゾークさんやマナツさんみたいに異世界から来たのかな? キャッドさんと一緒だということは。
そんな風に考えているとユーミンさんが「…まぁ、ここで会ったのも何かの縁だし、とりあえず送っていくわよ?」と提案してきた。
「え、いいんですか?」
「別に構わないわ。なんらなら予約したホテルを変えるけど?」
「いえ、それは結構です! 大丈夫です!!」
「なら俺の変えて貰おうか?」
「あんたのはやらないわよ、ソウゲツ」
ソウゲツさんの提案を一蹴したユーミンさんは私たちを手招きして「じゃ、ついてきて」と言って歩き出したので、私とクスノキさんは置いて行かれないように荷物を持って歩き出した。
「最近ああいう事件多くなってきてるのよね…」
「そうなのですか?」
大きいリムジン(しかもSP付)に乗った私達は開口一番の言葉に反応する。
日本じゃ乗る機会ないなぁとシートの座り心地が思った以上によくて戦々恐々していると、クスノキさんの質問に頷いたユーミンさんがため息交じりに言った。
「そうなのよ。このところ立て続けにああいう事件が起こってね。世論も混乱や警戒を促しているし、本当に嫌になるわ」
「大変ですね」
「だけどそれも政務の一つだからね。文句なんて言ってられないわ」
そういってやわらかい笑顔をするユーミンさん。
とてもかっこいいなぁと思っていると、クスノキさんが「私も手伝いましょうか? 困っている女性を見るとほっとけないので」と紳士道に則った発言をした。
それを受けたユーミンさんは「ありがとう。その時は遠慮なく頼らせてもらおうかしら」と笑顔で答えた。
私も将来こんな大人になれるかなとユーミンさんを見ながら思っていると、「そういえば二人はホテルどこなの?」と質問された。
クスノキさんが「ニューヨーク内のホテルですね」と答えると、「なら両替しないとだめじゃない。二人とも、ドル札持ってるの?」と質問してきた。
あ、そういえば。お金は一応もらったけど、日本円だった。
うっかりしたなぁと思っていると、クスノキさんは「大丈夫ですよ。両替なら日本の空港でやってきました」と知らないうちにやっていたらしい。
「兎さんは?」
「それが……まだやってなくて」
「そう。なら、先に両替してからホテルに行きましょう?」
「ホ、ホテルまではいいですよ! ユーミンさんお仕事あるじゃないですか!!」
「大丈夫よ。どうせあとは押さえているホテルに行くだけだし」
本当に何でもない、と言った風に手を振る。それを見てクスノキさんは「何とも心苦しいですが、ここまでお願いできますか?」と内ポケットから私達が泊まるホテルのチケットを二枚取り出してユーミンさんに見せた。
そこら辺の事はクスノキさんが「任せてください」と言っていたのでどこのホテルかは分からないけど、とりあえず安いところなんじゃないかなって「嘘っ!?」
「どうしたんですか、ユーミンさん」
「楠本さん……良くとれたわね、このホテル。結構高い上に予約が二か月先までいっぱいで、私でさえとれなかったのに」
「えぇ!?」
衝撃の事実に私は驚いて声を上げクスノキさんを見る。彼は涼しい顔をして、「女性をもてなすのに努力は惜しみません」と答えてから、「でしたら私のと交換しますか? 女性が困っているのはほっとけないので」と何ともないように提案してきた。
「いいのかしら?」
「都合上一部屋しかとれませんでしたので。ルーム料金の方は先に払いましたので、それ以外のオプションなどは払ってもらう形になりますが」
「そう」
そう言うと何かを考える仕草をユーミンさんはしてから、「ならお願いしましょうか? 私、一度泊まってみたかったのよ」と微笑む。
「分かりました。では少々電話しますので」
「ということだから、よろしくね、宇佐美さん?」
「はい……え?」
あれ……なんかとんでもない人と一緒になった気が?