ろく
人間の睡眠時間は、平均八時間と言われている。
つまり一日の三分の一は寝ているということ。
そして、僕の睡眠時間は二十時間。
一日の八割近くを睡眠に使っている。
普通の人間は、三分の一寝て、寝て蓄えた体力で三分の二の一日を過ごす。
僕は、八割近く寝て、残りの二割を使って一日を過ごす。
つまり、僕の方が三倍近く、一般人よりも力を蓄えているということ。
そして、僕は蓄えた力を最小限しか使わず、残りを蓄えているということ。
つまり、だ。
僕は普段は貧弱そうに一日中寝ているが、それは力を蓄えているからであって、その力を解放すれば、人間の限界など優に超えることが出来るということだ。
それこそ、天使の羽を引きちぎれるほどには。
「ぐわぁぁぁ……!? 人間がぁ!? 俺の羽をぉぉ!」
「うっせぇ黙れ」
痛みで叫ぶ天使の髪の毛を掴み、地面に叩きつける。
ゴスン、と天使の頭が地面にめり込む。
人間なら頭蓋が割れて死んでいるだろう。
「お前は、残念なことに僕を怒らせてしまった。生きては天界に帰さんぞ」
奴が落とした剣を拾い、そのまま背中に突き刺そうとする。
だが、刺さる直前に真横からきたレーザーに直撃し二十メートルほど吹き飛ぶ。
「直矢!? 何やってんだ!」
僕にレーザーを叩きこんできたのは、三人いる天使の二人目。
メガネをかけた痩躯の天使だった。
メガネの天使は、地面にめり込んでいる天使を引き抜く。
「げほっ……悪い、澄也」
どうやら、翼が折れた天使が直矢といい、メガネの天使は澄也というらしい。
僕はレーザーで吹き飛ばされたが幸い五体は無事で、立ち上がる。
だが、立ち上がった瞬間背後からの攻撃を受ける。
その攻撃は槍で、僕の腹から槍が突き出した。
「何故あの攻撃を直撃して死なないんだ、破壊者」
今度は少女の声。
三人目の紅一点の天使だった。
奴らもまた、無から物質を作れるようで、作りだした槍で僕を刺したらしい。
「悪いね。僕は普通の人間じゃないんだ」
両手で槍を掴み、へし折る。
お腹の中に槍の一部が残ってしまったが、後で引き抜けばいいだろう。
木の棒のように槍が折れて、驚く少女の天使。
そのまま唖然としている無防備な顔に横蹴りを食らわせる。
「エディ!?」
今のもまた、普通の人間なら死んでいる蹴りだ。
メガネの天使が心配するように、少女の天使に駆け寄る。
なるほど、少女はエディと言うのか。
「貴様……許さんぞ」
メガネの天使、澄也と呼ばれる天使は、負傷の仲間を労わるように庇うと、僕と対峙する。
「それはこっちのセリフ。木風ちゃんをよくも刺したね」
「黙れ……部外者がこっちの事情に口出すな」
「確かに、僕は部外者だ。部外者だけど、破壊者である。君たちのルールなど知らない。僕は自分のやり方で、この世界を荒らしては、嵐のように去らせてもらう」
「うるせぇ!」
澄也が僕に向かって走りだしてくる。
来るのは拳。手をクロスしてガードするも、めきめきとヒビが入る音がする。
「マジか……!?」
そのまま奴は僕のヒビが入った腕を掴んで、力任せにぶん投げる。
十メートル程空を舞う。
澄也もまた空を飛び、僕の上に立つ。そのまま突き下ろす一閃。
肋骨がバキバキと無造作に折れ、地面に叩きつけられる。
そして、急降下して飛んでくる蹴り。
流石にこれは死ぬと思ったので、紙一重で避ける。
「ぜぇ、ぜぇ……やば、天使つよ」
「お前もだ。化け物か。何故生きてる?」
「人間舐めるな。本気を出せばこれくらい誰だって出来る」
人間の脳味噌は三パーセントしか使われていないとか、筋肉は三割までしか使えないとか、リミッターがかかっているとか、案外人間と言うのは潜在的な能力を隠し持っているのだ。
そして、この数秒で僕の傷は全て回復する。
折れた肋骨も、ヒビの入った腕も、槍で貫かれた腹の傷も元通りだ。
眠ると自己治癒能力が上がる。風邪を引いたら温かくして寝ればいいと言われているのもそのため。
僕はその治癒能力を睡眠中にストックし、今使ったという訳だ。
器用な物だ。
溜めるだけ溜めて、どうせ一生使わないんだろうなと思っていたのに、まさか使うときが来るとは。律儀に溜めといてよかった。
「じゃあ、今度は僕の番ね!」
お返しだ、と言いたげに僕は澄也に向かって走りだす。
両手で首を狙うが、奴は僕の攻撃を見切り両手を掴まれる。
「人間が調子に乗るな!」
そして、さっきの天使の羽と同じように引きちぎられる。
ブチブチブチ――と両手がちぎれて噴水のように血が溢れる。
でも、それも想定内だ。
「おい神! 治せ!」
『相変わらず、神使いの荒い奴だ』
神の力で、僕のなくなった腕は再生する。
神の能力は、無から物質を作りだす能力。
つまり、酸素、炭素、水素、窒素で構成されている人間の肉体も、死んでいなければ生成できるということ。
即座に腕を再生し、再び奴の首に手をかける。
そして万力のように握りつぶすと、力いっぱいに引っ張る。
するとズルズルズル――と、まるでサンマの骨を抜き取るように、首がもげて背骨も一緒に取り出される。流石の天使でもこれは死んだだろう。
一匹天使を殺すと、再びレーザー攻撃が横から直撃する。
吹っ飛ぶが、ビルの壁に着地し、壁キック。そのまま地面に戻った。
肉体は無事だが、服が随分とボロボロになってしまった。
「よくも……っ! よくも澄也をっ!」
怒りを露わにして僕に刺すように殺気を出しているのは、金髪碧眼の天使エディ。
両目からは涙があふれていた。
「仕方がなかった。あいつを殺さなければ、僕も死んでいた」
「黙れっ! 人間が私達天使に指図するな!」
「悪魔だよ、お前らは」
首の骨を折ったと思ったがやはり天使。
リミッターを外した人間の蹴りでも意識を失うことなく戦えるらしい。
エディという女天使は、自分の周りに火の玉を五つ作り出すと、それを僕に向かって放出する。
身を縮こませ、腕をクロスし、またを閉じ筋肉を一点に集中して受け止める。
熱くて、この攻撃で当たった箇所が焼けただれてしまったが、致命傷は負っていない。
「だからなんで死なないんだよ人間!?」
「ごめん、だから僕は人間じゃないの」
そのまま瞬歩でエディの後ろに回る。
そしてさっきの天使と同じように羽をもぐために、羽を掴む。
力いっぱい引き抜くと「うぎゃぁぁぁぁぁ!」と断末魔を上げ、倒れる。
頭を潰し、瀕死の最後の一人の頭を潰すと、天使は全滅する。
僕は木風ちゃんを持ち上げ、この場を去った。
『おい、お前こんなに強かったのか?』
「まぁね、伊達に破壊者やってないよ」
こうして、僕のこの世界での物語は終わりを迎える。




